脳の中の「私」はなぜ見つからないのか? ~ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史

著者 :
  • 技術評論社
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レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784774131665

感想・レビュー・書評

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  • 著者は、ロボット研究者。おそらく人工知能に深く傾倒している方だと思われる。本書では、このような研究者が、「釈迦」、「老荘」、「キリスト教とイスラム教」、「中世日本の哲学」、「デカルト」、「スピノザ」、「ヒューム」、「ニヒリズム」等の古今東西の哲学についての見解を述べる。論点は、「脳という実在以外のところに、意識は実存するのか?」。この議論は、「物理的一元論」対「二元論」に終着し、結局は、「お互いが、自分の枠組みの中では相手の矛盾を証明できない」ことを証明して終わることになる。理系の言葉で言えば、「ユークリッド幾何学とリーマン幾何学が論理的に並立する」ことと同じだ。従って、「意識は実存するか」なんてどうでも良いことになる。まさに心身一如。と、ここまでは批判的に書いてしまったが、内容自体は難解であるものの、面白いし、本書最後の著者と哲学者との対談はアカデミックな香りに包まれて、久しぶりに大学時代(純粋数学をやってました)を思い出せて、とても良かった。

  • 前著である『脳はなぜ「心」を作ったのか-「私」の謎を解く受動意識仮説』で主張している『「私の意識」とは小人たち(ニューロンのこと)が自立分散的に行った結果を自分が主体的に行ったと錯覚してエピソート記憶(ある期間と場所での出来事についての記憶)をしているに過ぎない』との説を歴史に求め、宗教から東洋思想、西洋哲学そして現代心理学などでの脳と心についての考察を行う好著です。前作ほどの衝撃は無いにせよ、脳と心をを別の方面から考えることでまたひとつ勉強になりました。

  • 科学と哲学の接点となる珍しい本である。また、これからのイノベーションのヒントたりえる。
    技術評論社という出版社の本でまさか「東洋思想と宗教」「西洋哲学」「現代心理学・科学・哲学」という章立ての本を読むことになるとは思っていなかった。
    そもそも科学と思想•哲学は相性が良くないと勝手に思っていた。しかし、科学的に証明が難しいことでも、経験的にうまくいくことはたくさんある。そもそも科学とは、かなり限られた条件の下でしか成り立たない事実でしかない。例えば今ならコンピュータが安価になったためシミュレーションという手法でその正しさを証明できるようになって進んだ科学も多い。
    ところが世の中にはそうでないことも多い。ヒトの意識、行動の予測、好みを把握してレコメンドすることなど。まぁ、レコメンデーションは、協調フィルタリングなどの手法でかなり低コスト、高い満足度で予測するようにはなってきているかもしれないが。しかし、ヒトの脳のニューロ•ネットワークをシミュレーションすることはあまりにも途方もなく、それが更に様々なヒトがいる集団ともなるとまずは無理だろう。
    だからといって科学を諦めるのではなく、先人の知見を利用するというのがこの本の趣旨だと思う。つまり、悟りを得た人、神からの啓示を受けた人、思索により思想に至った人などだ。ベスト•プラクティスを使うというのは発想の転換だ。
    オーディオ•オカルトと言われる話がある。例えばデジタル•オーディオでLANケーブルを変えると音質が変わるというやつである。私の解釈では他の機器への影響を最小にすることが主たる目的であり、良い材質を使うことは効果が無いとは言えないが、その目的達成においてはあまり意味がないが宣伝文句として使っていると理解する。
    宗教、思想を怪しく感じるのは、その分野に対する言葉を正確に理解していないことも大きいが、そもそも論じている目的が大きく異なっていることが原因のようだ。これではオーディオ•オカルトと何ら変わりはない。
    今までは並べて論じることが少なかったことを組み合わせていくことで更なるイノベーションが期待出来るのではないか。そんな事を考えさせられる本である。

  • 「意識」とは何なのか。
    そんなことを考えたことは今まで無かったので、(また、考える術を持たなかったので)本書は、自分にとって非常に大きな示唆を与えてくれた。
    意識は幻想であると言い切ってしまうと、それこそ寂しい気持ちがする。
    しかし、振り返ってみると、そう考えた方が妙に納得できることは多い。
    また、本書の考え方によれば、意識などはなから制御することなどできないのだから、逆に言うと必要以上に自分の判断に思い悩むこともないということだ。
    全ては自分の積み重ねの中から自動的に決定される。
    そう考えると、もっと気楽に、有意義に日々を過ごせる気がする。

    だが、本書の考えに沿うことは、自分が信じる「自分」などは実は無く、人間死んだら「無」に帰すのだ、という考えを受け入れることだ。
    やはり、それは怖くもある。

  • おもしろい本です。慶応大学教授のロボット博士による心の理論。

    前野教授は、受動意識仮説を提唱し、本書ではそれを哲学や宗教に絡めて論じます。

    受動意識仮説というのは要するに、心は中央集権的なものではなく分散処理的な、社会的なものであり、「私」が統治し判断しているといったのは幻想である、といった理論です。意識というのは単にエピソード記憶をするためにあるものであり、意識で判断しているわけではない。意識は小人達の判断結果を受け取る受動的なものである。

    これは納得がいきます。実は我々が大事にしている自分、意識、といったものは実は対した物ではないんじゃないか、という気がします。

    ただ、本書では東洋思想や哲学を勉強して受動意識仮説を検証していますが、本を何冊か読んで、こんなものかと自分でわかる範囲で理解して、自説と比べているという印象です。

  • 受動意識仮説の著者による、歴史や他分野のどうようの考え方に関するサーベイ。能動か受動かというところから、心身一元論と心身二元論の対立も含んでいる。
    前著で内容は把握していたため新鮮味は少なかった、サーベイもそういう風に取れるよねっていう主張が多かった。心身一元論と二元論の対立を相互に定義しあっている点を指摘した現象学の人の意見が興味深かった。

  • 冗長ないいわけがましさが読みにくいが内容はまあまあ。

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著者プロフィール

慶應義塾大学大学院教授

「2020年 『7日間で「幸せになる」授業』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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