街場の読書論

著者 :
  • 太田出版
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本棚登録 : 1030
レビュー : 108
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778312886

感想・レビュー・書評

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  • あぁ‥かっこいい。
    『街場の文体論』も読みたい。

    私には難しいかなと探るように読み始めだけれど、とても読みやすかった。(理解したかどうかはともかく)
    知らない書名、知らない人のオンパレードだった「文芸棚」「人文棚」「ウチダ本棚」の章からとにかく楽しかった。
    そして「教育棚」「著作権棚」「表現とリテラシー」には比較的身近に感じる話題について、目から鱗な話がハッキリキッパリ書かれていた。格好良かった。
    「卒論の書き方」なんて、学生の時に読んでいたら‥!と、どうしようもないことを考えてしまう。

    一番興味深かったのは著作権についての考え方。
    そして人とともに「死ぬ」言葉のこと。
    人通りの多い場所で読んでいたのに、しばらく周りの音が聞こえなかった。
    止まった時間の中で読んだようだった。

  •  ブログから書物に関するエッセイ的なモノを寄せ集めた一冊。しかし、面白い。
     内容に関わらずサクサク読めてしまい、かつ、いちいち腑に落ちる。この技法に相変わらず唸らされます。
     実は読んだ後にあんまり内容が頭に残ってないのに、なんだかわかんないけど妙にモチベーションが上がっちゃうんですよ。
     だからブログをまとめただけであっても、同じような内容を繰り返してるだけでも、ついつい読んでしまうんだなぁ。

  •  内田さんには、いつも頭と常識をかきまわしてもらうのを期待しているのだが、今回は励ましてもらった。

    (1)情報強者とは、自分に必要な情報があるときに、「教えて」といえば、「うん、いいよ」という人のところにホットラインがつながるようにネットワークが構築されている人のことである。(p366)

     復興のことで、本当の現場の情報をするためにネットワークづくりをしていた自分にぴったり。

    (2)人間がいきてゆくために本当に必要な力についての情報は、他人と比較したときの優劣ではなく、「昨日の自分」と比べたときの力の変化についての情報なのです。(p285)

     もともと強い劣等感にさいなまれている自分としては、自分自身の力を少しでも伸ばすことに価値を見いだしたい。

    (3)共同体はそのメンバーのうちで、もっとも弱く、非力な人たちであっても、フルメンバーとして、自尊感情をもって、それぞれの立場で責務を果たすことができるように制度設計されなければならないと思っているからです。それは親族や地縁集団のような小規模な共同体でも、国民国家や国際社会のような巨大な共同体でもかわりません。(p244)

     今回の本は、ちょっと心が弱っているので、励みになりました。

     参考文献。ローレンス・トーブ『3つの原理』(ダイヤモンド社)、平川克美『株式会社という病』(文春文庫)『移行的混乱』(筑摩書房)、難波江和英ほか『現代思想のパーフォーマンス』(光文社新書)

  • これは手元に置いておきたい本。

    著作権棚の章が面白かったなぁ。
    たぶん最近もやもやと考えている事柄についてだから。
    作家さんのTwitterとか見ていると、
    図書館で本を借りて読むことへの否定的な意見もまーちらほら目にする。
    で、それに対してなんだろう、なんか違和感を感じていて。
    お金を払わない読者は作家に取って不要なんだろうか。とか。
    そういうのぐるぐる考えていたので、この章が興味深かった。

    そしてここでも内田さんの論というのは、贈与がベースになっている。
    私たちの読書体験は必ず、贈られたもの、無償のものから始まる。
    あぁ、なるほどなぁって。
    すっごく個人的な感覚なんですけど、図書館で本をたくさん借りる方って、
    基本的にご自分でも本をバンバン購入しているんですよね。
    それがこの章で言われている「『無償で読む読者』が増えれば増えるほど、『有償で読む読者』予備軍は増える。」ということなのかなぁ。

    他にもいろいろ考えるところがあるので、とりあえず何度か読み返したい。

  • 教授(あ、「元」教授が正しいのか。まあいいや「教授」で)が本について語ったブログをまとめたもの。私は教授お気に入りの高橋源一郎氏がいまいちピンと来ないので、うーんそうかなあと思うところも結構あるけれど、以下の所はいたって面白かった。

    「痩我慢の説」福沢諭吉
    リアリスト福沢諭吉の「公的」「私的」のとらえ方に唸る。「国民国家なんてのはただの擬制だよ。だがね、人間というのは弱いもので、そういうものにすがらなけりゃ生きていけやしねえ。その必死さを俺は可憐だと思うのさ」。なるほどねえ。

    「ヨブ記」
    「私たちは私たちの手持ちの度量衡では考量できないもの、手持ちの言語では記述できないものに取り囲まれている。……誰かが境界線を守護しなければならない。……そのような仕事をする人のことを『歩哨(センチネル)』と呼んだことがある」
    村上春樹氏がほとんど同じことを書いていたなあ。

    「他者と死者」「レヴィナスと愛の現象学」
    ずーっと前から読もうと思ってるんだけど…。なかなか踏ん切りがつかないのだなあ。

    「若者よ、マルクスを読もう」
    なぜかつての若者達がこぞってマルクスを読み、今は読まれなくなったか。日本人は、ベトナム戦争が終わったあと、「疚しさ」を感じる相手を見失ってしまったから、と教授は言う。
    「共同体はそのメンバーのうちで、もっとも弱く、非力な人たちであっても、フルメンバーとして、自尊感情を持って、それぞれの立場で責務を果たすことができるように制度設計されねばならない」
    「共同体を作り上げ、運営してゆくためには、どうしてもそれなりの数の『大人』が必要です。(中略)その持てる資源を自己利益のためではなく、かたわらにいる弱く、苦しむ人たちのために用いなければならないと考える『大人』が必要です」
    「マルクスを読み、マルクスの教えを実践しようとすることは、近現代の日本に限って言えば、『子どもが大人になる』イニシエーションとして、もっとも成功したモデルの一つでした」
    こういう切り口で60年代から70年代の若者をとらえたものは他にないと思う。ノスタルジックな思い入れや、「未熟ゆえの暴走」的なとらえ方ではないところがとても好きだ。

    「『世界の最後』に読む物語」
    「書物はもともと商品ではない」おお!全くその通りだ。ニーチェの「ツァラトゥストラ」は自費出版で四〇部刷られ、世に出たのはわずか七部。フーコーは「言葉と物」を出版するとき、その内容を理解できる読者をフランス国内で二千人ほどと見込んでいた、などなど。
    「彼らの書物は同時代人の『あらかじめ存在していたニーズ』には対応していない。だが、その書物が出現したことによって、世界はその書物が出現するより前とは違うものになった」

    思想とイデオロギーの違いについてもたいそう頷かされた。
    「逆説的なことだが、思想の公共性を支えているのは『孤立していることの自覚』であり、イデオロギーの閉鎖性を作り出すのは『圧倒的多数が自分と同じ意見であるはずだという無根拠な信憑』なのである」

  • 読書本はただ本の紹介か感想が書いてあるだけのことが多いが、内田氏のものは、著書の論考がふんだんに盛り込まれており、色々な刺激がある。いくつか読んでみたいなという本があったので、参考にまたいくつか物色してみよう。

  • ワークショップ・デザインなどをやっていると面白い視座からの提言は必要。これからは内田さんの書籍を読み直し、読み直し、そこから発案しようと画策している。

    思考停止に陥らず考え抜くとはどういうことかを身をもって示してくれている先達だと思う。これからも是非新しいものを提供いただきたいと思う。

    内田さんのマンガの趣味が自分のと結構合うのにビックリ。是非お会いしてお話ししたい。

  • 実家にいると、家族から話しかけられたりして
    どうも没入する読書は難しい。
    だもんで、章がぷつぷつ切れているエッセイが
    読みたくなる。これもそんな一冊。

    個人的には「読書論」の本って大好きで、
    ほかにも齋藤孝さんや三谷宏治さん、
    佐藤優さんや奥野宣之さん、原尻淳一さんの
    「読書論(読書術)」を読んできました。

    この手の本の評価基準は、読後にどれだけ
    また本が読みたくなるかなんですけど、
    そう意味では三谷さんの『戦略読書』と
    この本は別格の面白さ。

    はじめの方に書いてある、
    クリエイティブ・ライティングの話は、
    前に読んだときよりも、この正月に読んだときの方が
    なんだか胸に来るものがあった。

    『街場の文体論』の補助本として読むと、
    面白い発見がありそう。

  • 脳の機能は「出力」を基準にして、そのパフォーマンスが変化するのである。
    平たく言えば「いくら詰め込んでも無意味」であり、「使ったもの勝ち」ということである。(p78)
    これからの自分の読書の仕方ということについて考えさせられた。

  • 論文とレポートの違い、
    聞き手の知性に対する敬意、
    何か新しい見解を、相手の聞きたい言葉で語る。
    リーダビリティについても、深く考えさせられる。

著者プロフィール

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。道場兼能舞台兼私塾「凱風館」館長。神戸女学院大学名誉教授。翻訳家。専門はフランス現代思想史。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ブログ『内田樹の研究室』。



「2019年 『そのうちなんとかなるだろう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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