永続敗戦論――戦後日本の核心 (atプラス叢書04)

著者 :
  • 太田出版
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レビュー : 78
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778313593

作品紹介・あらすじ

「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く-それが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。1945年以来、われわれはずっと「敗戦」状態にある。「侮辱のなかに生きる」ことを拒絶せよ。

感想・レビュー・書評

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  • 本書は漂白しようにも拭いきれないイデオロギー臭に満ちています。
    「朝日新聞書評(2013/6/16)で大絶賛された」実績は伊達ではありません。
    私も言動に問題有りだと思っている石原慎太郎ですが、本書では彼を品性の無い言葉で罵っています。
    このように感情的で下品な言い回しを活字にしている書物を絶賛する新聞社もどうかと思います。

    本書ではアジアとアメリカとで日本が戦後にダブルスタンダードな対応をとってきたことを批判します。
    しかしその批判の内容は、総じて自身のイデオロギーに反する政府の決定を「侮辱」として片づけているにすぎません。
    難しく考える必要はありません。
    日本が中国に対して敗戦を認めない理由、それは8月15日の時点で日本軍が大陸に戦線を張っていたという事実です。
    ロシア(ソ連)に対して敗戦を認めない理由、それは中立条約の一方的破棄ゆえの、倫理的に敗戦していない感覚です。
    朝鮮半島の国家に対して敗戦を認めない理由、それは戦ってすらいないからです。
    第一次大戦でドイツが禍根を残すほどに敗戦を認めたがらなかったことと状況が似ています。

    でも実際に日本は敗戦を迎えました。終戦ではなく敗戦を強調することに本書と同じく、私もためらいません。
    終戦という言葉でお茶を濁すのはやめにしようという思いに賛同します。
    敗戦を終戦と置き換えることによって、当時の日本人が当事者意識をどこかに投げ捨てたことは欺瞞です。

    だからといって敗戦という事実に則して、馬鹿正直に現代日本の行動原理をも敗戦を前提にする必要があったのでしょうか。
    こんなことを言うと、それこそ著者のいう侮辱であり、欺瞞であり、なんて不誠実な対応なんだと怒られそうです。
    しかし、その憤怒発露の理由は、著者が国際社会における客観的正義の存在を信じる優等生だからです。

    戦後日本が語ってきた欺瞞は内政に外交に大変有効でした。
    内政的には、敗戦の現実を受け入れることによる社会不安を緩和しました。
    社会主義革命や暴動などを抑えてきた実績があります。少なくともそのように見えます。
    冷静に考えればあんなファナティックな戦争の後で本土進攻がされないまま占領されたにもかかわらず、旧軍による反乱や革命が起きない方が不思議であって、イラク戦争やアフガン戦争みたいに収拾つかない方が当たり前のはずです。
    だから敗戦という事実を知りながら、敗戦といわず終戦と言ってきたのです。敗戦が人に与える鬱屈を緩和し封印するために。
    まだやれた感、勝てなかったが負けてはいない感、「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の強がり、そんなものは全て幻想です。
    今となっては欺瞞であることは百も承知ですが、敗戦直後の混乱と無政府状態を回避するため実際に強がる人をそうやってガス抜きしてきたのです。

    そして冷戦時代においてはパワーポリティクスを生き抜くため、必死でばかなふりをしてそれを終戦だと言い張ってきたのです。
    もう、敗戦という事実から与えられるダメージを終戦と置き換えることにより最小限に抑えたかったのです。
    なにしろ干戈を直接交えなかったものの、冷戦という世界戦争の最前線で戦っていたのですから。

    そんな苦しい工夫から得られた果実を戦後散々ほおばっておいて、今だれが大上段から批判できるでしょう。
    少なくとも本書のようにイデオロギー的な観点から感情的に批判するのは的が外れていると言わざるを得ない。
    また、あまりにも言い回しが扇動的すぎて、一部のそういう思想の人からは共感を得ても日本人の大勢の支持は得られないでしょう。

    しかし、その果実も時代が代わり食べどころが無くなってしまっているのは事実です。
    これからは、この終戦という用法を批判をしましょう。批判は、戦後そうしてきたように、これからの日本が生きるための建設的で国際的時流にあった批判であるべきなのです。敗戦という事実が武器にだってなりうる可能性すら考慮に入れることは、やはり欺瞞でしょうか。

  • 日本の八方ふさがりの状態を、何故こういう風になっているかの根本をわかりやすく整理してくれて、とても腑に落ちた。あとがきにある、「物事の順序を守る」とか「『真っ当な声」を一人でも多くの人が上げなければ」という熱い思いが伝わって来る。

  • 「対米従属」と「敗戦の否認」によって構造化された日本の状況を「永続敗戦」という概念で捉えなおし、社会変革を訴える本。著者は1977年生まれのまだ若い政治哲学・社会思想の研究者です。

    まず目につくのが語り口の暑苦しさでしょうか。現状に対する不満を全面的にぶちまけたような文章、ほとんどアジっているような感じに映りました。ことに「親米保守」的なものに向けられた舌鋒は鋭い。"国内およびアジアに対しては敗戦を否認してみせることによって自らの「信念」を満足させながら、自分たちの勢力を容認し支えてくれる米国に対しては卑屈な臣従を続ける、といういじましいマスターベータ―"(P.48)。個人的には「親米保守」的な論調には大いに違和感があります。同じように感じている方にとっては痛快な本といえるでしょう。ただし著者は決して単なる反米主義者ではなく、"「親米か反米か」という問題設定は斥けられるべき偽の問いにほかならない"(P.129)と述べており、問題のありかを日本社会の内部にみています。

    領土問題に関して述べている第2章は比較的マイルドな印象でした。条文を引用しながら、説得力のある整理をしています。なんでもかんでも都合のよいように解釈するのではなく、事実ベースで筋が通っており、北方領土・尖閣諸島・竹島それぞれの性質の違いが浮き彫りにされています。"実際にどのような文面に署名がなされ国家の意思が刻印されたのかを知らずして、国家の現在の主張の是非を判断することは決してできない"(P.54)。その通りだと思います。

    それから印象に残ったのは、"どれほど熱烈に国体を支持するもの(すなわち右翼)であっても、「革新」を口にした途端、その者は「左翼」と分類されるべき存在となる。してみれば、国体とは、一切の革新を拒否することにほかならない"(P.182)という文章でした。戦時中の「近衛上奏文」から導き出された結論ですが、現在の日本社会においても通じるところがあるように思われます。

    本書を手に取ったのは、どちらかというと著者の主張を知りたいというよりも、本書が提起した問題とそれに対する世間の反応を知りたいと思ったことが理由でした。外見の割に歯応えのある本ですが、議論・思考に入るきっかけとして、政治に興味がある方であれば読んで損はない一冊かと思います。

  • 大きな台風は動きが遅く
    まだ、危険がいっぱいです。
    あまり出歩かないように、お気をつけ下さい。





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    いやはや、、難しい本を読みはじめてしまった。。。
    何度か後悔しましたが、コレはどうしても読み終えねばならぬ、
    そんなふうに、難しい言葉の海をかき分けて、読了。

    超訳『日本国憲法』~の本は、読みやすく
    実に簡易な言葉で、書かれていたのですが
    この本は、ちょっと私には難しい言葉が多かった。
    がしかし、こんな私でも著者が発するメッセージは
    少しは届いた、、、と、思う。

    今、集団的自衛権しかり、
    福島原発事故しかり、
    すべての政治の動きは、
    責任をうやむやにしてしまって来た
    政治家及び、我々国民にも
    産み出す素地があったということ。
    それは敗戦から。。。

    中に書かれている言葉で、こういう一節が
    『占領軍の「天皇への敬愛」が単なる打算に過ぎない
    ことを理解できないのが戦後日本の保守であり、
    このことを理解はしても、
    「米国の打算」が国家(アメリカ)の当然の
    行為に過ぎないことを理解しないのが戦後の左派である。
    いうなれば、前者は絶対的にナイーブであり、
    後者は相対的にナイーブである。』

    敗戦国だという事実から、冷静に考えれば
    ポツダム宣言によって切り離された領土に関しての
    日本の主張。

    この時に日本国と同一だったと
    戦勝国からかんがえられていた韓国や
    当時は革命前の国だった中国は列強からポツダム宣言から
    排除され、ますます複雑に。
    そのうえ革命前と、日本に占領され解放された前の中国の
    ダブルスタンダードな主張。

    沖縄駐留と米国からの圧力でソ連(ロシア)に対して
    主張させられた北方領土。

    敗戦、原爆を受け焦土になった日本。
    これをただ、情感だけで捉えてはならない。
    勝てるはずも無い戦争をおこし、
    完膚なきまでの状況になりながら
    原爆まで落とされる。
    国民を守る為には、もっと早い見極め
    敗戦宣言をすれば、被害はもっと少なく
    防げることも多かったはず。
    戦争を起こしたことの国民に対する責任も
    反省も無く、今では敗戦した事実さえ
    ポツダム宣言の事実さえ忘れようとしてる。
    戦争を起こさせない為の憲法であったかもしれないが
    それを変える意味は、戦争を起こすかもしれないという
    可能性であるし、そんな政治家を放任していいのかという
    問いも見えてくる。

    情感で走ってしまう国民性の怖さ。
    いま、自分たちの心の中を深く見て
    戦争をしないのか、まだ、したいのか?
    どういう未来を考えているのか?
    考え直さなければいけないのかもしれない。

    敗戦したのだ、という事実。
    ここを忘れなければ、
    すっきりしない問題がだいぶ輪郭が見えてくる。
    難しい本でしたが、ある意味気持ちのいい
    すっきりとは、してる一冊でした。


    日本が大好きで
    誇れる国にしたい気持ちの国民が多いと思います。
    だから、もっと知らなければならないことも
    多いのですね。

  • 個人的には、領土問題について蒙を啓かれるところ大であった。
    それにしても、こういう著作を読むにつけ、現政権へのやり切れなさは募るばかりである。しかし、それも国民からの信があっての政権である。
    あとがきのガンジーの言葉が印象的だった。

  • 第二次世界大戦の敗戦を認めないがゆえにアメリカに従属せざるを得ない。これが永続敗戦という概念。
    しかし敗戦を否認するとどうして対米従属になるのかよくわからなかった。

  • なるほど「永続敗戦」か。半分ぐらいは同意出来たかな。それでも、敗戦から終戦に向け「何をすべきか」にもっとページを割いて欲しかった。

  • 著者の政治的信条や行動に賛同するわけではないが、本書は非常に示唆に富む分析をしており、かつそれをよく言語化している。
    感覚としては、柄谷行人の「憲法の無意識」を読んだときに近い。本作品とは関係がないが、一般に左翼的な批評のなかでよく言及される陰謀論的主張について、私は人々が多様な政治的利害、立場をもつなかで、それほど単純な因果関係が素直にまかり通るとは考えていない。一方で、政治、経済、歴史、文化などさまざまな環境の中で形成された国民大衆の「無意識」がもたらす力は相当に大きく社会を規定すると考えている。それゆえに、日本文化に限らずそうした各社会の「無意識」を分析することは重要であると思う。その無意識をうまく利用することは、希望にもなりうるし、悪夢にもなりうる。いわゆる「指導者」となるものはそのことを念頭に置いておかなけれらならないと強く感じており、この「永続敗戦論」はそうした無意識の分析に関し説得力のある主張であると感じた。

  • 終戦じゃないってこと

  • 政治に疎い私がこの本を読んで思ったこと:
    著者の主張にどれだけ根拠があるのか分からないが、日本の確固たる主権の無さに対する切実な問題意識が伝わってきた。
    今まで政治や歴史に興味がなかったが、それらを学んではじめて誇り高い人間になれると思わされた。

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