暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)

著者 :
  • 太田出版
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本棚登録 : 751
レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (440ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778314378

作品紹介・あらすじ

旧版『暇と退屈の倫理学』は、その主題に関わる基本的な問いを手つかずのままに残している。なぜ人は退屈するのか?-これがその問いに他ならない。増補新版では、人が退屈する事実とその現象を考究した旧稿から一歩進め、退屈そのものの発生根拠や存在理由を追究する。新版に寄せた渾身の論考「傷と運命」(13,000字)を付す。

感想・レビュー・書評

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  • 『中動態の世界』を読んで、筆者の他の本も気になり、雑感を適当に…

    環世界に適応しすぎる人間の運命が退屈からの逃避をひきおこす。
    人間がある環境から別の環境に適応しすぎる、その能力が過剰にあることが問題となるという視点は資本主義社会の問題点と類似している。

    資本主義社会においては生産能力の過剰がバブルと恐慌という循環をもたらし、膨大な失業者を生み出し、資本の再編によって資本の集中、そして寡占や独占という形で資本家が支配力を持つようになる。

    そうした現象の問題は生産能力が足りないことではなく、過剰だということだ。
    例えば、レオ・ヒューバーマン著『資本主義経済の歩み上下』(岩波新書)にて1929年の世界恐慌を以下のようにまとめている「西方の世界は、豊富の中の貧困という矛盾に直面した」(216頁)
    「豊富の中の貧困」というこの言葉はそれを端的にあらわしているように思える。

    本書でも経済に関してそうした指摘はあるが、それだけではない。
    現代特有の問題点を指摘している。
    それは「消費」の問題だ。
    ボードリヤールは「消費」と「浪費」は異なるとして、現代は「消費」しかできない。
    確かに現代では物がありあまっている、しかし本当に自分たちが必要な物はわずかしか生産されていない。その希少性こそが現代の特徴であり、物が足りない社会だという。
    大衆消費社会とは、観念や意味の「消費」をし続けさせる社会であり、同時に「浪費」によって人々が満足するのを妨げる社会だ。
    さらに、消費の論理は「労働≒生産」をも覆っている。
    つまり、「働くことで生きがいを得る」というような観念を労働者も消費しているという。

    ルドルフ・シュタイナーは『経済学講座』(ちくま学芸文庫)において、経済を一つの有機体として捉え、それは「生産」、「流通」、「消費」の循環という形で論じている。
    資本主義社会批判には上記の分類で言えば、
    資本の拡大再生産という「生産」に関する批判、
    生産拠点のグローバル化という「流通」に関する批判、
    そして大衆消費社会、つまり「消費」に関する批判がある。

    本書はこの「消費」から「生産」へのつながりを暇と退屈という視点から捉えなおすことで、資本主義社会の別の可能性にも触れている。

    後半の退屈の第二形式から環世界の話へとつながり、補論にてサリエンスの話へとつながっていく所は今後も気になる。
    定住革命に関するところも素晴らしい。
    技術の進歩こそが全てを解決するという単純化された人間の歴史を根底から見直すことにもなる。
    退屈の第一形式=第三形式のサーキットにおいて、一方でのテロと一方での全体主義が結びつく。
    エーリッヒ・フロム著『自由からの逃走』(東京創元社)とは異なる、自由≒退屈に耐えられない人間を描いている。

  • 退屈するとは何か、なぜ退屈に陥るのか、それは克服可能か、について論じられています。退屈は人類が定住生活を始めた頃から起きており、現代においては退屈をターゲットにした産業による消費社会が生じてより虚しくなる悪循環が起きている、という問題提起から始まります。ルソーやマルクスやユクスキュル、ハイデガーといった哲学者や他分野の学者の学説を吟味しつつ著者の持論の退屈論を展開しています。すごくかいつまんでまとめると、人間は本来的に退屈する存在であってそれを凌ぐべく気晴らしをしても結局退屈してしまう。適度に撹乱し、新たな刺激を得て今を楽しむのが大事だと僕は解釈しました。最後のほうはやや抽象的で退屈に対する処方箋がうまく読み取れませんでした。

  • 関係ないところで、一人称「俺」が引っかかったけど。

  • ワークだライフだと騒がれる今こそ、僕らは「暇と退屈」と向き合わなければならない。
    哲学の巨人たちの主張を読み進めながら、私たちが日々時間を費やしている物事の真相が浮き彫りになっていく。

  • 『退屈』という1つのテーマについて、様々な学問の視点から考え、向き合う哲学書。

    親切な本だったので、哲学とは全く無縁な自分ですが、なんとか最後まで読み進めることができました。
    (かなり疲弊しましたが…)

    なぜ退屈するのか…
    なぜ退屈は苦しいのか…
    退屈とどう向き合って生きるのか…

    この本に出会っていなければ、考えることもなかったと思うので、手に取って良かった。
    浪費と消費の違いについても、とても考えさせられました。

    少し時間を置いて、再読したいと思った一冊です。



  • 暇な状態を人は耐えられない。消費より浪費。人は観念を消費する。浪費は限界があり、満足を得られる。例えば、お腹いっぱいに食べるという行為が挙げられる。人は移動しながら、刺激を得る。人はそれぞれ違う時間感覚で生きている。世界から刺激を受けながら、心地よい安定状態を求めるのが人であるという主張だと受け止めた。心地よいことを反復し、習慣にする。それが人生。しかし、人はその習慣にさえも退屈する。退屈を取り除くためには、予想外の視点を得る気晴らし、楽しみが必要だ。

  • 暇と退屈の正体を哲学的に解釈して説明したもの。パスカル、ハイデガー、マルクス、ガルブレイスなど多分野に渡る知識人の解釈を著者が解説、評価してくれる。國分さんらしく、パキパキと音が聞こえてくるようなテンポの良さ。暇は自由でないと得られないし、ある程度先進国というか安定した環境でないと感じられない。退屈は、何かに囚われていない状態で、ある意味退屈を選択しているとも言える。囚われすぎると、何々原理主義や過激な行動に結びつくこともあるが、退屈を感じている人々は、それを羨ましく思うこともある。暇と退屈とそうでない時間を足すと人生そのものになるわけで、よい学びになりました。

  • 2017.09.12 社内読書部

  • 暇と退屈の正体を、哲学を中心に引合いに出して解釈していく。のが8割。
    その上で、それにどう取組むか、倫理学で結論とするのが2割。

    哲学本と知っていたら手を出してなかった。案の定、2割も分からない。この厚さ、フライトののお供にぴったり。

    けど、だいぶ違う見識が得られたと思う。良書

  • ●哲学っておもしろい。「退屈とはなんぞや?」という問いで、400ページを超える本を書けるというのもすごい。
    ●ハイデッガーの主張を批判的に分析することで「退屈」を哲学した内容。

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著者プロフィール

1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学経済学部准教授。哲学。著書に、『スピノザの方法』(みすず書房、2011)『暇と退屈の倫理学』(朝日新聞社、2011)『来るべき民主主義』(幻冬舎、2013)ほか。訳書 デリダ『マルクスと息子たち』(岩波書店2004)コールブリック『ジル・ドゥルーズ』(青土社2006)ドゥルーズ『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫2008)、共訳 デリダ『そのたびごとにただ一つ、世界の終焉』(全2巻、岩波書店2006)フーコー『フーコー・コレクション4』(ちくま学芸文庫2006)ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』(みすず書房2010)。

「2016年 『他の岬 [新装版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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