私はなぜイスラーム教徒になったのか

著者 :
  • 太田出版
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (271ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778314460

感想・レビュー・書評

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  • イスラームについてや中田考さんの人生についてのインタビューを手記のような形でまとめたもの。イスラーム研究者じゃなくてムスリムとして内側からイスラームを捉えてる人の見解で、外から見ていたという意識すらなかったおれに大きな衝撃を与えてくれた。彼が教わった学生たちの書いたものもあり、日本でムスリムとして生きるってのはどういうことか、イスラームの研究者として生きるってのはどういうことかってのが垣間見えた。中田さん奥さんを亡くしてたってことに絡む話も出てて、なんかそこはイスラームの論理では悲しいことではないんだろうけど悲しい気持ちになった。

  • 著者の本は難解なものが多く、途中で放り出してしまうことも多々あった。
    しかし本書は題名にもあるとおり、「なぜムスリムになったのか」が述べられており、大変読みやすかった。
    著者と妻について記述が処々にある。妻の死後、妻はどこに行ったのかと著者が考えていたというエピソードは、目頭が熱くなった。
    個人的には、非ムスリムではあるが、イスラームを分かりやすく説明する学者は、内藤正典先生だと思う。
    内藤先生の本で勉強してから、著者の本を読むと分かりやすいかもしれない。
    著者に関わった人間が著者について述べている項目もあり、興味深い。

  • 著者の半生史をつづった部分が面白い。入信したのに劇的なきっかけはなかったこと。留学時代のサラフィーの家庭教師、妻との出会いなど。
    「アラーはわれわれよりもはるかに鮮明な人格」であり、真実を追究していくと無にいたる東洋思想では理解できないという(p175)。これは、ウィルバー「構造としての神」にあった東西のさまざまな宗教や神秘思想が通底する構造を持っているとする考え方とはまったく相容れないもので、これが本書を読んでの驚きであった。
    カリフ制国家はムスリムにとってのアジール(避難所)であり、今の世界でムスリムであれば誰でも受け入れるといっているのはイスラム国しかないという。ただカリフ制が実現しても、国家の力をバックにしたグローバル経済には負け続けるだろうという。もちろんそもそも紙切れであるマネーに意味はないとするのだが。
    実質的な第二著者といえる田中真知の解説と対談が面白い。宗教には、悩みの解決、自己実現が期待されているのではないかと問う田中。悩むこと自体が病だ、来世で救われればいいのだと答える中田。自己実現に価値をおくのは、人間を個性や能力で評価することで、それはエリート主義だと。イスラームは生活に精一杯の人々をも救う万人のための宗教であると。

  • イスラームについて、初めて(だと思いますが)少し詳しく
    書かれてある本を読みました。
    イスラム国への学生の渡航が問題になった時にTVにも少し
    出ていた著者の半生(いかにイスラームになったのか)
    とか、イスラームとはとか、カリフ制についての意見が
    書かれてあります。

    イスラームについては、すべてを理解したわけではありませんが、個人的には少し違和感があり、共感できるものではないと思いました。
    キリスト教やユダヤ教との距離感よりももっと遠い感じがします。
    やはり生れた環境や歴史が、日本とは異なるので、
    日本人にとっては(私にとっては)共感できない
    ところが多いのだと思いました。

  • 15/06/05。

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