私はなぜイスラーム教徒になったのか

著者 :
  • 太田出版
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レビュー : 7
  • Amazon.co.jp ・本 (271ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784778314460

感想・レビュー・書評

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  • イスラームについてや中田考さんの人生についてのインタビューを手記のような形でまとめたもの。イスラーム研究者じゃなくてムスリムとして内側からイスラームを捉えてる人の見解で、外から見ていたという意識すらなかったおれに大きな衝撃を与えてくれた。彼が教わった学生たちの書いたものもあり、日本でムスリムとして生きるってのはどういうことか、イスラームの研究者として生きるってのはどういうことかってのが垣間見えた。中田さん奥さんを亡くしてたってことに絡む話も出てて、なんかそこはイスラームの論理では悲しいことではないんだろうけど悲しい気持ちになった。

  • タイトルの通り、著者である中田考氏がなぜ、様々な宗教や進行について学んだうえでイスラム教徒になったのか、という経緯が書かれた本。それと同時に、氏が提唱するカリフ制の復興こそ世界の安定や繁栄にとって必要である、という持論も展開されています。

    ISISが提唱しているせいで悪い印象のあるカリフ制ですが、氏によればカリフ制とは「すべての領域国民国家を廃止、国境をなくし、人と金とモノの自由な行き来を可能にする」もので、異教徒であっても人頭税を払えばその信仰が担保され、安全に暮らすことのできる制度。よって、イスラムを利用して国をまとめているサウジアラビアなどにとっては危険思想となり、そのほかにも政治家や王の支配権を是とする現在の国民国家からも受け入れられない、という制度でもあります。

    氏はカリフ制復興がすぐに成就するとは考えていません。ただ、世界の混乱や衝突を回避する妙案の一つとして、一考に値すべきものであるという確信を持っていることはよくわかりました。

    著者いわく、現状、「ムスリムであればだれでも受け入れる」というスタンスなのがISISだけで、イスラムの為政者が治める国であっても実質的には違う宗派のムスリムを受け入れず、ムスリムの精神を理解していない指導者が治める国では真面目なムスリムが生きていけないというのが問題、らしいです。そういう視点で見ると、いわゆる「敬虔なムスリム」や「居場所のないムスリム」がISISに傾倒した理由が分かります。

    同じムスリムならシーアもスンニも同じじゃないか、と考えてしまう非ムスリム&中東から遠い極東日本に住む日本人にとっては、シーアとスンニが同じ宗教内にありながら水と油ほども違うことを理解できません。お互いの相違点についても、氏は分かりやすく解説しています。
    そのうえで、価値観を共有しない者を排除するのではなく、どう対話(交渉)するかが重要で、ムスリムにおいては対立する相手でも対話や交渉は可能であると考えている、というのは面白いポイントでした。その点、思想の異なる者を「テロとの戦い」と断じて拒絶し、滅ぼすことしか考えなかったイラク戦争当時のアメリカをはじめとするキリスト教諸国のほか、それに対抗したアルカイダなどのムスリムを信奉する(ということになっている)テロ集団、いずれもがムスリムの考え方には基づいていなかった、ということになります。

    イスラム教の本は、読めば読むほどこの宗教の奥深さが分かってきます。それと同時に、いかにこの宗教が誤解されているかも。
    これまでの経緯が複雑なため、シンプルに誰かに説明するのはいまだに難しいですが、漠然と間違った知識を持ち続けるよりは、混乱してでも正しい情報を身に着けようと努めるほうがいい。日本人が知らないムスリムの考え方をいくつか、提供してくれる良い本です。

  • 著者の本は難解なものが多く、途中で放り出してしまうことも多々あった。
    しかし本書は題名にもあるとおり、「なぜムスリムになったのか」が述べられており、大変読みやすかった。
    著者と妻について記述が処々にある。妻の死後、妻はどこに行ったのかと著者が考えていたというエピソードは、目頭が熱くなった。
    個人的には、非ムスリムではあるが、イスラームを分かりやすく説明する学者は、内藤正典先生だと思う。
    内藤先生の本で勉強してから、著者の本を読むと分かりやすいかもしれない。
    著者に関わった人間が著者について述べている項目もあり、興味深い。

  • 著者の半生史をつづった部分が面白い。入信したのに劇的なきっかけはなかったこと。留学時代のサラフィーの家庭教師、妻との出会いなど。
    「アラーはわれわれよりもはるかに鮮明な人格」であり、真実を追究していくと無にいたる東洋思想では理解できないという(p175)。これは、ウィルバー「構造としての神」にあった東西のさまざまな宗教や神秘思想が通底する構造を持っているとする考え方とはまったく相容れないもので、これが本書を読んでの驚きであった。
    カリフ制国家はムスリムにとってのアジール(避難所)であり、今の世界でムスリムであれば誰でも受け入れるといっているのはイスラム国しかないという。ただカリフ制が実現しても、国家の力をバックにしたグローバル経済には負け続けるだろうという。もちろんそもそも紙切れであるマネーに意味はないとするのだが。
    実質的な第二著者といえる田中真知の解説と対談が面白い。宗教には、悩みの解決、自己実現が期待されているのではないかと問う田中。悩むこと自体が病だ、来世で救われればいいのだと答える中田。自己実現に価値をおくのは、人間を個性や能力で評価することで、それはエリート主義だと。イスラームは生活に精一杯の人々をも救う万人のための宗教であると。

  • イスラームについて、初めて(だと思いますが)少し詳しく
    書かれてある本を読みました。
    イスラム国への学生の渡航が問題になった時にTVにも少し
    出ていた著者の半生(いかにイスラームになったのか)
    とか、イスラームとはとか、カリフ制についての意見が
    書かれてあります。

    イスラームについては、すべてを理解したわけではありませんが、個人的には少し違和感があり、共感できるものではないと思いました。
    キリスト教やユダヤ教との距離感よりももっと遠い感じがします。
    やはり生れた環境や歴史が、日本とは異なるので、
    日本人にとっては(私にとっては)共感できない
    ところが多いのだと思いました。

  • 15/06/05。

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