朝鮮人はあなたに呼びかけている: ヘイトスピーチを越えて

著者 :
制作 : 崔 真碩 
  • 彩流社
4.25
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本棚登録 : 11
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779120527

作品紹介・あらすじ

いま、日本社会で生活する感覚として、
“後ろから刺される”という緊張――
 ソウル生まれ・東京育ちの著者が、自己との深淵な出会いと
自己解体を経て、訳者/役者として、言葉に耐えうる身体を求め獲得した、
あまりに研ぎ澄まされた言葉の集積による批評。
 後ろから刺されるという身体感覚を歴史化し、私の中に内在する歴史の
中の死者を見つめる。
 歴史上の朝鮮人の虐殺が、現在の北朝鮮バッシング、ヘイトスピーチに
つながっている…
ヘイトスピーチを越えて、非暴力であなたと向き合うための呼びかけ。

 (本文より)
 ヘイトスピーチを吐き出す寸前の その瞬間にある間に
 歴史と接続するか 歴史を逸脱するかのせめぎ合いがある
 カンコクジンと呼ぶか チョンと呼ぶか チョウセンジンと呼ぶか
 ほんとうはもっと激しい差別の暴力をその身体に孕むことができるのに
 自ら怖気づいてしまう あなたわたしをチョウセンジンと呼べ
 そして 歴史と接続せよ 歴史を引き受けよこの負の歴史の命脈の上で
 わたしはあなたと非暴力で向き合いたい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 光のなかからは、影のなかが見えない。影のなかからは、
光のなかも影のなかも見える。光が強ければ強いほど、光のなかからは
影のなかがほとんど見えないが、影のなかからは光のなかも影のなかもよく見える。
 このエッセイは、韓国籍の朝鮮人である私が、運命として出会ってしまった
東アジアの影たちの、そのひとつひとつを拾い集めたものである。
 影の東アジア。それはいわば、東アジアの陰画である。その意味で、
影の東アジアとは、東アジアのきわめてリアルな姿である。

感想・レビュー・書評

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  •  ずっと読みたくて、でも心身のゆとりがなさすぎてページを開けなかった本をようやく読了。力のこもった、まさに「文学」している一冊。

     日帝期の朝鮮を代表する詩人・李箱の翻訳者にふさわしく、本書の筆者は、見ようによってはシュルレアリスム的とさえ言えるのかも知れないイメージの衝突と文脈の自在な移動を厭わない。「腑抜けの暴力」としての「北朝鮮」へのバッシング(いったい今まで誰が「腑抜け」と「暴力」という二つの語を連体修飾格でつなげようとしただろうか?)。死者と共に生き死者を内在させた「私」こそが多数者である、という名乗り。そして、どこかユーモラスにも響く韻が踏まれた「近代への倦怠」という言いまわし。文学の想像力と詩的な表現力とを駆使しながら、筆者は、自らが見つめその声を聴こうとする相手に成っていく。単に耳を澄ませて、慎ましやかに言葉を引き出そうというのではない。ときに繊細に、ときに力づくで、その相手に成りおおせてしまうことが問題なのだ。
     だから筆者は、本人を前にして、大胆にも過去の金石範になってしまう。そして過去の金石範として、現在の金石範に語りかけてしまうのだ。この途方もない大胆な自由さこそが、本書の真骨頂だと言えるだろう。

     だから、この本の文章を引用することは根本的に不可能である。にもかかわらず、その声を聴き、身振りにふれて、その傍らに黙って立っていたいような言葉たちが、本書のあちこちにざわついている。何度もくり返し立ち返りたい。なぜなら、「朝鮮人はわたしに呼びかけている」のだから。

  • 朝鮮人は半島があるんだから、帰還すればいいのに、どうして日本にいるのか、今でもよくわからん。

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著者プロフィール

ちぇじんそく
1973年、生まれ。
広島大学教員。専門は朝鮮文学。
著書等に『朝鮮人はあなたに呼びかけている』(彩流社)、
『李箱 作品集成』(翻訳、作品社)、
『サラム ひと 夜光社 民衆詩叢書 (1)』
(崔真碩 著、行友太郎 解説、夜光社)ほか。

「2018年 『植民地・朝鮮における雑誌『国民文学』』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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