羽ばたき 堀辰雄 初期ファンタジー傑作集

著者 :
制作 : 長山靖生 
  • 彩流社
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本棚登録 : 42
レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (225ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784779122842

作品紹介・あらすじ

宮崎アニメにも多大なる影響を与えた
堀辰雄の初期ファンタジー傑作が、
読みやすい新仮名遣いによって甦る!

多くの人が『風立ちぬ』『美しい村』『菜穂子』などの
サナトリウム文学を思い浮かべる
堀辰雄のイメージを一新するような、
モダンな姿で若者を魅了する東京浅草などを
舞台にした作品群の数々。
新興芸術派のひとりと目されていた堀の初期の作品には、
しばしば天使や妖精が出てくる。
空を飛ぶイメージと共に、水の中を漂い泳ぐイメージを
伴う作品も少なくない。
どちらにも軽やかな浮遊感があった。
堀辰雄の初期ファンタジーを彩る幸福感は、
現実と無関係ではなく、
むしろ現実の過酷さへの順応と防禦として
形作られたものだった。

「堀辰雄」のイメージを一新する、
静謐で摩訶不思議な浮遊感の世界に、浸ってみたい。

感想・レビュー・書評

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  • 高校生時代、教科書に載っていた「花あしび」と題された堀辰雄の文章が好きだ、と口にしたのを教師に聞きとがめられ「どうも、女学生みたいな趣味だね」と言われたことを覚えている。自身も小説などを書いているようなことを聞いており、青臭い学生の議論にもこころよく応じてくれる人だった。三好達治の『甃のうへ』をローマ字書きで板書しつつ、詩の押韻について触れ、詩への関心を引き出してくれた恩人であったが、どうやら小説の好みは当方とはちがっていたようだ。

    堀辰雄といえば、軽井沢や信濃追分といった高原を舞台にしたサナトリウム文学が有名だが、ここに集められたのはそれらとは少し趣を異にする。高原を舞台にしたものも混じってはいるもののどちらかといえば、都市、それも浅草や銀座といった盛り場を舞台に取った掌編が主である。初期ファンタジー傑作集と銘打たれており、たしかに妖精や天使は登場するが、ファンタジーというよりはむしろ、どちらかといえば、フランスでいうコントではなかろうか。

    若書きといえばいいのか、文章などもまだまだ推敲の余地があると思われる、無駄の多い野暮ったいもので、のちの堀辰雄の確立されたスタイルからは程遠い。ただし、当時流行りだしていた都会風のモダニズムの雰囲気は濃厚で、初出が「新青年」という作品も一篇ある。読んでいて思い出したのは、江戸川乱歩、稲垣足穂、萩原朔太郎、谷崎潤一郎、芥川龍之介、それに佐藤春夫といった面々。

    浅草十二階や怪盗ジゴマについての言及は江戸川乱歩と共通する好みを感じさせるし、ペパー・ミント酒は、足穂の『一千一秒物語』にも出てくるお馴染みの一品だ。特に、自分の身近にある風景をどこか異国の風景であるかのように再構成して作品の中に組み込む手法は、足穂が神戸界隈を扱う手捌きに酷似する。

    堀辰雄は室生犀星の気圏に属するが、犀星の盟友、萩原朔太郎の『青猫』はたしか堀辰雄偏愛の詩集ではなかっただろうか。その萩原の詩にも登場する探偵も顔を覗かせている。『月に吠える』の中の「殺人事件」。「とほい空でぴすとるが鳴る。またぴすとるが鳴る。ああ私の探偵は玻璃の衣裳をきて、こひびとの窓からしのびこむ、床は晶玉。」をリライトしたかのような短編もある。

    谷崎の影響は、江戸川乱歩にも萩原朔太郎にもあった変装趣味、それは男性の女装、女性の男装といった異装へのこだわりが感じられるもののほかにも、直接うかがわれるものとして奇術師「ハッサン・カン」の名前が出てくることからわかる。この名前は谷崎の『ハッサン・カンの妖術』に由来するが、芥川も、足穂も自作で引用している。

    都会的で異国的、夢見心地といえば佐藤春夫の『西班牙犬の家』にとどめをさすが、堀辰雄が構築しようとした世界も、それに近いものがあったのではないか。これも直接作品名を挙げていることからして、おそらく間違いはあるまい。夢や眠りを主題にした作品が多いのは、作品世界を夢と現のあわいに置いておきたい願望もあったのだろうが、このころから胸を患い、療養生活を余儀なくされ、床に臥すことが多かったからかもしれない。

    コクトオの『大股びらき』に触発されたと思われる、裸で抱き合う二人の女性の目撃談なんていう、ドキッとさせられるものもあって、どれもなかなか面白いのだが、一つ選ぶとするなら、掉尾を飾る「魔法のかかった丘」か。妖精の目撃談を人から聞いた話として朝子という女性に話して聞かせるものだ。この朝子というのは犀星の娘の室生朝子ではないかと思われるが、どうだろう。枠物語のスタイルを借りて語りだしながら、最後は話の中の妖精物語の中に溶け込んでしまうような静謐で余韻の残るエンディングが何とも言えない。

    紙質も組版も文句なしで、遊び紙も入った本格的な造本であるのに、ファンタジーを意識した装丁なのだろうが、カバーがこれでは書店でまちがって児童書コーナーに置かれそうだ。可惜の感がある。堀辰雄ファンとしては愛蔵本に相応しい瀟洒な装丁で出してほしかった。

  • 先にコミカライズが目に留まって、必然的にこっちにも手が伸びた。気安いながら、ちょっとしたイラストや加工の入った帯、扉など、趣味がよくてとても素敵な一冊。中身も現代仮名遣いにされていて、全体に今風のお洒落っぽさがある。旧仮名遣いのままならそれもそれで好きだけど。
    「死の素描」「羽ばたき Ein Märchen」「鼠」「ある朝」「夕暮」「風景」「眠りながら」「蝶」「あいびき」「土曜日」「窓」「ネクタイ難」「ジゴンと僕」「水族館」「眠れる人」「とらんぷ」「Say it with Flowers」「ヘリオトロープ」「音楽のなかで」「刺青した蝶」「絵はがき」「魔法のかかった丘」を収録。

    実在の都市や実生活の一場面を描きながら、まったく架空の世界であるかのような詩情の自由がある。恐怖や怪奇を契機とするのでなく、現実を歩む同じ調子で明るい夢への顛倒に踏み出していくのが何やら沁みた。青年のロジックと少年のセンスが両立しているような。
    「羽ばたき Ein Märchen」がとてもよかった。母の死をきっかけに幼年期の夢から醒めるジジと、その夢を見続けたままジジを追うキキの断絶の残酷。キキがジジに彼の母の危篤を知らせに来た時、夢から醒めないのはジジのほうだったのに。キキがジジに向ける思慕が徐々に確実に強くなっていくことにも、どこか絶望的な気持ちを覚える(キキは無邪気に明るい)。「女の子のように」は直截だし、失神したのにだって、ジジの母への同化欲求があったのかなと。でもジジは夢から醒めていて、「ソドムのよう」な脅威に接近されたうえ、武器もない……。飛翔と墜落の描写が切なかった。
    視覚の混乱、ガラスの向こうとガラスに映った像が軽やかなイリュージョンを紡ぐ「蝶」もツボ。想像力のなせる蝶がさらなる想像を喚起する幻想性が美しい。語りを含めて、なんだか高橋葉介の怪奇漫画っぽいノリだと思うのだけどどうだろう。

    たまにある誤植でちょっと目が醒める。字が入れ替わってるくらいならまだしも、新仮名遣いにされそびれた旧仮名遣いは残念。

  • 主に大正末~昭和7年の間に発表された初期の作品群を収録。(と言うことは、主に作者が20代のころに書かれた作品達)
    堀辰雄が軽井沢を舞台にする作品を書く前の、浅草や銀座を舞台にしたモダン都市小説の数々はとても新鮮でした。
    川端康成の書いた浅草紅団を彷彿とさせるような「水族館」、謎の女とそれに惑わされる青年を描く「眠れる人」や「とらんぷ」、そして軽井沢で出会った某母子との実際のエピソードを彷彿とさせる「刺青した蝶」、ケルト文学の片鱗がみえる「魔法のかかった丘」とどれも短いながらにモダンで面白かった。凌雲閣やルナパークなど出てくる作品を堀辰雄も書いていたんですねぇ。
    この時期の作品群、ちょっと渡辺温を彷彿とさせるテイストが私の好みでした。

    「Say it with Flowers」の冒頭には、佐藤春夫(のペット)が出てくるよ。

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著者プロフィール

ほり・たつお
1904(明治37年)~1953(昭和28年)、日本の小説家。
代表作に
『風立ちぬ』『美しい村』『菜穂子』『大和路』など多数。

「2017年 『羽ばたき 堀辰雄 初期ファンタジー傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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