泥沼はどこだ―言葉を疑い、言葉でたたかう

  • かもがわ出版 (2012年2月1日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (307ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784780304619

作品紹介・あらすじ

ウソとのたたかい方。文学者が語る政治の言葉。「福島原発」の本質を見抜く対談も。

泥沼はどこだ―言葉を疑い、言葉でたたかうの感想・レビュー・書評

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  • アーサービナードさんの日本語に対しての繊細な観察力が発揮されている対談集。

  • ビナードさんを初めて知った。まだ若い。1967年生まれ。来日して以降日本語で詩作をしている、という。しかもイケメンだ。

    「仮に」思い描いたことを「確実」とみなした上で、もう考えないようにするのが、世の中の「想定」のパターンだ。それはつまり、思考停止への第一歩ではないのか。一方、「想像」はそんな風に区切ることは出来ない。何処まで広がっていけるか、イマジネーションの持ち主もわからずに広げていき、そして文学作品に仕上げれば、その「想像」の作業は時代を超えて、続く可能性もある。(略)せっかく生きているのだから、「想定内」の一生で終わりたくない。(「泥沼はどこだ」前書き、アーサー・ビナード)(2p)

    副題は「言葉を疑い、言葉でたたかう」。去年の5月13日の対談は当然原発問題についてであるが、その事の意味が最も分かるモノになっている。

    小森 原発問題がなぜ核兵器廃絶のように受け止められなかったかというと、(略)不安になるのがおかしいのであって、事実に即さない考えは病気のようなものだ。そう描き出して、思考停止させ、その不安の客観的な証拠をあげる人を「変わり者」のように排除してきました。
    アーサー そのために巧みに作られた言葉が「核アレルギー」です。核を従順に受け入れない者は、理性や知識に基づいて考えているのではなく、体質か おかしいんだ、そばアレルギーだの大豆アレルギーだの花粉症と同じような体質的な問題なのだ、日本人には「核アレルギー」があるのだと云うわけです。実に巧みに相手を落とし入れて論点をずらすこの言葉は、かなり効きました。(23p)

    この様に「言葉 を疑い」、

    アーサー しかも小森さんがいつも言うには、一回「なぜ」と問うだけではダメです。一回だけだと、御用専門家たちや官僚たちは、それぐらいのペテン答弁ぐらいは用意しているのです。「なぜ」と聞いて、お決まりの嘘っぱちが出てきたときに「でも、おかしい、なぜなんだ」ともう一度聞くと、向こうは必死になってまた誤魔化そうとしますから、さらにもう一回「なぜ」と問いただす必要があります。食いついて、少なくとも三回問い詰めれば、騙されないで済むかもしれません。(47p)

    「言葉でたたかう」いろんなヒントが詰まっている。

  • 言葉の達人達が、現在の核を中心とした問題を対談を通じて暴き出す、とても痛快な作品。
    但し、構成ミスが多く、明らかなもので3箇所を見つけた。
    丁寧な本作りをしてほしいものだ。

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