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- / ISBN・EAN: 9784781415369
作品紹介・あらすじ
◆百首シリーズ第六弾
――「自分」をもとめて
山崎方代のユーモアと切なさの溢れる百首
◆内容紹介
ことことと雨戸を叩く春の音鍵をはずして入れてやりたり
(『こおろぎ』)
春が来るのは待ち遠しいものだが、方代は人一倍春の訪れを楽しみにしていた。山に入って山菜が採れる、すみれなど野に咲く花に挨拶できる。それにしても普通ならば「窓を開いて」というのではないだろうか。「いえ、窓を開く前に鍵をはずさなければなりません」と言われてしまうと、ぐうの音も出なくなるのだが、でもやっぱり「鍵をはずして」はユニーク。「そう来たか」と思わず言いたくなる意外な盲点。突拍子もないことではなく、手を伸ばせば届く範囲内で意外な飛躍の着地点を見つけることができた人だ。
感想・レビュー・書評
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山崎方代の歌について、「常に私の隣に居てくれた」と表す藤島秀憲氏の解説による百首。
俵万智さんの「あなたと読む恋の歌百首」に収録されている「一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております」という一首が印象深く、歌集を読んでみたいと思っていましたが今回このような入門者にも理解し易い一冊で、思わず手に取りました。
自然と語らい、素朴な花を愛し、身の回りの手を伸ばせば届く範囲内のことを、単純に詠んでいるようで、実は非常に巧みな技を持ち、推敲に推敲を重ね、時間をかけて一首一首を発表したのだろうということもよくわかりました。
戦争で目を負傷し、右目の視力を失ったこと、センチメンタルでロマンチスト、たった一度だけ会った広中淳子さんを一途に思い続けたことや、様々な背景を知りながら最後の時まで読み続けた歌が1冊にまとめられ、一編の物語を読んだかのようでした。 -
仲人さんによって、苦手な人もだんだん好きになる。
短歌って不思議です。読み手によって歌の理解度、奥の奥の心理が見えてきたときにいままでとは違って、同じ短歌が輝きを増す。
なんとなく、とっつきに難かった、山崎方代さんの短歌のおもしろみがじんわりとわかり出してきた。大正三年生まれだったので、この自由奔放なる短歌は周りとはさぞ浮いていたことでしょう。でもこのユーモア感、私の目指す歌と相通じるものもあり、継続して注目したい歌人でおます。
素敵な歌はたくさんありましたぞ。
とぼとぼと歩いてゆけば石垣の穴のすみれが歓喜をあげる
今日はもう十一月の二十日なり桐の梢空に桐の実が鳴る
ふかぶかと雪をかむれば石すらもあたたかき声をあげんとぞする
亡き父もかく呼んでいた道ばたに小僧泣かせの花が咲いている
焼酎の酔いのさめつつ見ておれば障子の桟がたそがれてゆく
酒を売る店のおかみとたちまちに親しくなりて変えてゆく
人間はかくのごとくにかなしくてあとふりむけば物落ちている
耳の無い地蔵はここに昔より正しく座してかえりみられず
あかあかとほほけて並ぶきつね花死んでしまえばそれっきりだよ
一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
北斎は左利きなり雨雲の上から富士を書きおこしたり
ことことと雨戸を叩く春の音鍵をはずして入れてやりたり
今日もまた雨は止まない耳の穴釘の頭を入れて出しおる
死ぬ程のかなしいこともほがらかに二日一夜で忘れてしまう
くちなしの白い花なりこんなにも深い白さは見たことがない
机の上に風呂敷包みが置いてある 風呂敷包みに過ぎなかったよ
ことことと小さな地震が表からはいって裏へ抜けてゆきたり
どうしても思い出せないもどかしさ桃から桃の種が出てくる
暮れに出た友の歌集はすばらしい夏の雀は体がだるい
欄外の人物として生きて来た 夏は酢蛸を召し上がれ
丘の上を白いちょうちょうが何かしら手渡すために越えてゆきたり
藤島秀憲さんの批評から
・短歌は全ては言わない。七十で歌い。残り三十は読者に想像してもらう。
・どちらが本当の自分なのか自分でもわからなくなってくる「粗忽長屋」状態
・短歌を作るとは人生を三十一音に濃縮することだ。
・人間一人の語彙なんてたかが知れてる。自分の言葉での表現が大切。 -
平易な言葉を使いしみじみとした味わいのある山崎方代の短歌の中から百首を選んだアンソロジー。著者の藤島秀憲さんの読みがいい。姉が一人いたこと、愛した女性は広中淳子さんであったことなど新しい知見もあった。「寂しいが吾れにひとりの姉があるかなしきを打つこのときのまも」「とぼとぼと歩いてゆけば石垣の穴のすみれが歓喜をあげる」「こんなにも湯吞茶碗はあたたかくしどろもどろに吾はおるなり」「かたわらの土瓶もすでにねむりおる淋しいことにけじめはないよ」「一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております」「ふるさとの左右口郷は骨壺の底にゆられてわがかえる村」「めずらしく晴れたる冬の朝なり手広の富士においとま申す」