フェミニストとオタクはなぜ相性が悪いのか 「性の商品化」と「表現の自由」を再考する

  • イースト・プレス
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784781616124

作品紹介・あらすじ

女たちのエロスとフェミニズム。いま「問題」と感知できなくなっている性の「問題」を語る。

感想・レビュー・書評

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  • フェミニズム的な価値観を多少なりとも持ちながら、オタク(二次元やサブカルチャーを好む人という意味でのオタク)でもある女性には、ジレンマがあるんじゃないだろうか。
    AKBや美少女アニメのような「ロリコン文化」を(異性愛者でマジョリティに属する)男性に近い目線で好み、そこにいる女の子たちを値踏みしたり、応援したりすることを楽しんでいる。一方で、それが少女たちを支配し消費する暴力的な行為だという認識もあって、同じ女性である自分が荷担してしまっていることに罪悪感を覚えてもいる。少なくとも私はそうだ。
    常に頭の隅にそういう思いがありながら、二次元やサブカルチャーを娯楽にしている。そこでこの本を見かけて手に取った。

    タイトルに入った「オタク」という言葉からイメージしていたより、実際の内容は多岐にわたっている。最も紙幅を割いているのは性売買と性暴力の話題で、そこから政治の方向にも話を広げている。例として挙げられる個別の作品や商品は少ないので、オタク論のつもりで読むと当てが外れるかもしれない。
    しかし言われてみると、世の中は本当に男権主義に押し込められていて、何と居心地の悪いことだろう。現代日本においてフェミニズムが流行らなくなってしまったのは、経済が衰えてしまい、女性どころか優位にあるはずの男性すら生きづらくなってしまったせいが大きいと思っていたけれど、当の女性たち自身が目を背けたい話だからというのも大きい気がする。実際、読んでいてつらい。自己決定していると信じている振る舞いや仕事やパートナーとの関わり方を、「男性に主体を奪われている」と指摘されれば、反発したくなるのは仕方がない。だけど鈍感に、あるいは割り切ったつもりで男性に迎合していたとしても、知らないうちに心を踏みにじられて傷ついてしまうことが多いのだ。やはり無視していることがいいとは思えない。

    全体を通しては香山リカさんの後書きにあるように、「しかし、『ありとあらゆる場面、表現、文化であってもそれは絶対にダメなのか』と言われると、うなずいてよいかどうかがわからなくなる……」(p.246)というのが、オタクとして最も共感する感想。
    オタクであるからには、全部がダメとは言えなくて、これは大丈夫だと言いたくなってしまう。その見極めが難しい。自分の勝手で決めている気がして、自信がもてない。結局、まずは暴力的なものへの感度をあげて、精査する目をもつ努力しかないのかもしれない。
    どこまでが正解なのかは誰も示せない。けれど、どこにも暴力を向けることなく「性」を「愛」を、あるいは「生き方」を描き、多くの人が楽しめる作品・商品が増えていくことを祈っている。そしてなによりも、現実社会での女性への価値観が変わっていくことを諦めたくない。


    【おまけ】
    「オタク」という題材を取り上げているからには、BL(※)を好む「腐女子」たちや、アイドル・アイドルもののアニメを好む女性たちのことも分析して、女性オタクが性と表現をどう捉えているのかという話も読んでみたかった。
    ※BL(ボーイズラブ)には、フェミニズム的な価値観が見え隠れする。女性のままでは対等で安全な性愛を楽しめないという現実からBLを読む人は、自覚のあるなしを問わずいるだろう(もちろん、BLを読みたい理由は人によって様々)。最近だと溝口彰子さんの『BL進化論』が面白かった。

    表現の世界は鈍感に「女性から主体を奪う」ものばかりではない。作品を通して少しずつ世間の価値観を変化させるのではないかと希望をもたせてくれるものもある。
    たとえばアニメなら『魔法少女まどか☆マギカ』は一見「萌え」を狙っているようで、「少女にしか価値がなく、かつて少女だった女性は世界を呪う魔女になる」という男権社会の価値観に封じ込められた女性の苦しさを描いているし、ドラマなら放映中の『監獄のお姫さま』は、コミカルな表現で女性の怒り、男性に分断されない連帯を描いていて素敵だと思う。

  •  読み終わってもやっぱり、「なんでこのタイトルなの?」という疑問が消えない。北原みのりがフェミニスト、香山リカがオタクを代表して、あたかも両者が対立図式にあるかのような語り自体に、やっぱり大きな問題があるんではないのと思う。
     「あとがき」で香山リカは、自分が「男女同権」を信じる「リベラル」であるという以上に、文化の領域まで批判的な視点を向けるフェミニストと名乗れない理由を、「自分はオタクである」からだと結論づけているわけだが、わたしに言わせれば、そんなのオタクとはぜんぜん関係ない。いくつかの発言からわかる通り、香山リカにとって、セックスとはあくまでも非対称的な対の関係にある男女が行うべきものであって、その固定観念が強すぎるからこそ、人権侵害AVが「固定観念を打ち破る画期的」なものに見えてしまうのである。このひと、他人の精神分析するよりも先に自分自身の抱える抑圧にちゃんと向き合った方がいいんではないかと言いたくなるくらい、リベラルな男らしさの病にかかってるように見える。
     一方の北原みのりも、いつもなら、すべて同意はしなくとも「よくぞ敏感な部分を言ってくれたな」と共感できることが多いのだけど、この本については、ほとんど共感できなかった。特に矯風会やPAPSの活動を高く評価しておられる点に関しては、彼らの活動が善意からくるものであることは間違いないとしても、そこに支援対象を他者化する差別性をまったく見ないのは無理があるのではないか。
    とはいえ北原さんは大事な問題を何度か提起はしているのだが、香山氏との対談ではぜんぜん深まらず、むしろ2人で一緒にツルツル上滑りしていってしまう印象がある。なんで途中から夫婦間セックスレスを性暴力や性の商品化とならべて語り出すのかも不明だし。
    それでも北原さんは香山さんよりはずっと真剣に女の生き方と性的自由について考えている人だけに、今回のような対談本は、議論をていねいに伝えるよりも、むしろ乱暴なくくりをする方向になっているのではないかと、もったいない気がする。むしろ自分ひとりの声で、きっちりと何にひっかかっているのかをひもとく作業をしてくれたら、きっとフェミニストの間で議論が深まるのでは。

  • 対談みたいなのは読めないのを忘れていた。だいたいいつも何を話しているかわからん。まああんまり根拠なく勝手なことを言える、ってのではパイロットにはよいのだろう。でもまあなにやら全方向に喧嘩売ってるようだからあっぱれなのか。

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著者プロフィール



「2011年 『私はのんびり生きてきた。 : 最適化社会が不幸を生む』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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