積読こそが完全な読書術である

著者 :
  • イースト・プレス
3.43
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本棚登録 : 540
レビュー : 29
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784781618647

作品紹介・あらすじ

情報が濁流のように溢れかえり、消化することが困難な現代において、充実した読書生活を送るための方法論として本書では「積読」を提案する。バイヤールやアドラーをはじめとする読書論を足掛かりに、「ファスト思考の時代」に対抗する知的技術としての「積読」へと導く。

感想・レビュー・書評

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  • この本は、ランキングで見かけたときに、気になったのですが、タイトルが私はとても鼻についたので、一度敬遠したのですが、レビューを拝見したら面白そうだったので読みました。

    何冊かの読書についての名著を取り上げて、積読について語っています。
    主に取り上げて語られているのは、バイヤールの『読んでいない本について堂々と語る本』他です。

    そして同じことを書名をある時はショーペンハウアー『読書についいて』。モーティマー・J・アドラー『本を読む本』などに変えて繰り返し言い方を変えて述べられています。

    「予算を決めて定期的に本を買いなさい。ただし買った本のすべてをすぐに読む必要はありません。積みなさい。そして積んだ本を新陳代謝しながら、あなたのビオトープを作りなさい。大事なのは、あなたの積読環境が構築されることです」
    という結論にたどりつきます。

    まとめだけ読むと積読する必然性がわからないかもしれませんが、通してこの本1冊読むと大変よく理解できるようになっています。

    けれど私は学者でも作家でもない、ただの読書好きなので、そこまでして積読するような体系的な読書をしていないので、自分には必要ない本だったかもしれないとは思いました。
    何か勉強されている方には有益かと思いますが。

    何冊か紹介されていた、読書についての本では、若松英輔さんの『本を読めなくなった人のための読書論』が一番読んでみたいと思いました。

    • まことさん
      nejidonさん。

      お返事ありがとうございます。
      御心配いただきありがとうございます。
      レビューのことはゆる~く考えていきたいと...
      nejidonさん。

      お返事ありがとうございます。
      御心配いただきありがとうございます。
      レビューのことはゆる~く考えていきたいと思います。
      でもレビューできなくても、せっかくブクログやっているのだから、何らかの記録は残したいとも思いますが。

      今年もnejidonさんの素敵な本でいっぱいの本棚とレビューを大変楽しみにしています。
      2021/01/01
    • まことさん
      nejidonさん。おはようございます。

      ありがとうございます。
      おかげさまで『本を読む本』、無事読了できました。
      本当に真剣な読...
      nejidonさん。おはようございます。

      ありがとうございます。
      おかげさまで『本を読む本』、無事読了できました。
      本当に真剣な読書の時間をありがとうございます。nejidonさんの励ましのおかげです。

      今までの私の読書は、娯楽ばかりだったことがわかったのですが、娯楽と、この本で語られる有為な読書の中間地点くらいのところにある本はないかと考えています。
      あまりにアカデミックすぎる本は、私にはあまりに難易度が高すぎてつらいと思いますので…。
      バイヤールにも、そのうち挑戦したいと思っています!
      2021/01/08
    • nejidonさん
      ああ、こちらにお返事があったのですね。失礼しました。
      たった今「本を読む本」にコメントしてまいりました。
      難易度については、とにかく気に...
      ああ、こちらにお返事があったのですね。失礼しました。
      たった今「本を読む本」にコメントしてまいりました。
      難易度については、とにかく気にしないことが一番です。
      分かる箇所だけの拾い読みを繰り返すと、だんだん全体が分かるようになります。
      良書というのはそういうものです。
      逆に、すぐ分かってしまうのは物足りなくなります。
      バイヤールにも、ぜひぜひ!!本当に面白いですよ♪
      2021/01/08
  • この本は読み方のハウトゥーではなく(読書ノートや情報カードがどう、みたいな話はほぼない)、情報過多な現代で、いかに積読するか?が書かれている。
    自分の決めたテーマに沿ってビオトープのような積読環境をつくり、その環境も適宜見直して代謝させていく。読んで!(観て!聴いて!買って!)と訴えてくる情報の濁流にのまれず、自分が読むべき(観る、聴く、買うべき)ものを選び取ることの大切さを述べてある。
    お堅めそうな本から、流行ったこんまりさんの本まで様々な本を引き合いに出しつつ、いかに積読するかを語る著者の視点はとても興味深い。
    濁流にのまれて日々焦燥している身として、もう少し主体的に積読を構築し直そうと思います。笑

    あと、ブックデザインがとてもいい。
    中扉の積読本が崩れた感じのタイトル、天才かと思った

  • 永田希(1979年~)氏は、米国コネチカット州生まれの書評家。書評サイト「Book News」を運営し、「週刊金曜日」、「週刊読書人」、「図書新聞」、「HONZ」等でも執筆している。
    本書は、著者がかつて「時間銀行書店」を名乗って刊行した『サイコパスの読書術-暗闇で本を読む方法』を下敷きに全面的に改稿され、2020年に出版された。
    私は元来、不必要に断定的だったり、奇をてらった書名の本(「~しなさい」、「なぜ~なのか」等々)は敬遠する方で、本書も書名自体は好まなかったが、書店でめくってみると、多数の著名な読書術の本を引用しており、面白そうで購入した。
    このチャレンジングな書名について、著者は「おわりに」で次のように語っている。「人間が読んでいない状態=「積読」の状態のままで、書物は言うまでもなく完結しています。人間の読書は不可避的に不完全なものですが、積読の状態は唯一、完全性を認められる状態です。本書の書名はこの逆説に基づいています。したがって、わたしは「人間が積読をすること」が「完全な読書」をする方法であると主張したいわけではありません。人間は完全な読書を成し遂げることはできません、読書は、単に積読の一部でしかありません。人間の不完全な読書は、それ自体で完全である積読の一部で、局所的に、かりそめに展開されるだけなのです。」
    著者はまず、現代という時代は、本に限らない、動画コンテンツ、音楽、ゲーム、演劇などの様々な情報が日々大量に供給され、それを体験したり消費したりできないままに時間だけが過ぎていく「情報の濁流」の状況(「情報が積まれる(=積読)」の状況)にあるという。そして、その情報の濁流に飲み込まれないためには、無秩序に増大していく他律的な積読環境から、ある程度の独立性を持った自前の積読環境(それを「ビオトープ的積読環境」と呼んでいる)を自律的に構築する必要があると説く。
    次に、なぜ「読書」が「積読」の一部なのかについて、ピエール・バイヤールのベストセラー『読んでいない本について堂々と語る方法』をメインに、M・J・アドラーの『本を読む本』、ショーペンハウアーの『読書について』、加藤周一の『読書術』、山口周、若松英輔、小林秀雄、橘玲、斎藤孝、鎌田浩毅、小飼弾などを引用しつつ、持論を展開している。(私はそれぞれの原本のいくつかも読んでいるが、この章では、原本から著者の意図に合う部分が取られているようにも見え、それぞれの原本は別途読んだ方がいいかも知れない)
    また、後半では、積読の概念が少々拡散していく印象があるのだが、これは著者の好奇心・関心の広さ故か。
    本書で奨める実践術をシンプルにまとめると、読書において最も重要なのは、世の中にある本を手当たり次第に読むことではなく、自分なりのテーマや基準で選択し、常に中身(関係性含め)を確認しつつ入れ替えなどのメンテナンスも行う蔵書(=ビオトープ的積読環境)を持つことであり、本を読むという行為はその延長線上にあるべきということなのだろう。
    (2021年2月了)

  • ミニマリストやら断捨離を勧める人からは「悪」だと言われがちな積読だけど、してもいい…という気持ちが楽になる本。
    全部読まなくていい、読むべき時に読めばいい…
    読書に関しての書籍を読んでる人なら知ってる内容が多いので星3つ。

  •  ずっと気になってはいたけど、積読しまくっている自分がこの本を読むのは自己弁護っぽすぎないか…?と思ってチラ見するに留めていたが、ついに読んだ。

     積読を2通りに大別すると、1つは大量の本、映画、動画コンテンツ、ゲーム、メール、サブスク…など「情報の濁流」に揉まれ、インプットしたいものが次から次へとあるにも関わらずそれを消化しきれない状況。2つはそうした情報の濁流の中で独立性を保った自前の積読環境を作る「ビオトープ的積読環境」。

     本書では積読について古今東西あらゆる著者の読書術から検討を進めているが、日頃から特別に意識せずともやっていることと重複する部分も多かった。
     ほぼ毎日本屋へ行くが、それは世界では今何が流行っているのか、どういうトピックスが熱いのか等について、一番中立な情報が並んでいるメディアが本屋だと思っているからである。インターネットやSNS等ではどうしても自身の思想に与しやすい情報の方が入ってきやすいが、本屋では割とニュートラルにインプットできる。
     そこから今興味のあるテーマについての本を買うが、その時はたいてい目次や「はじめに」や「おわりに」を読んでその本の大枠は掴んでいることが多い。
     そしてその本を家に帰って一定期間積む、…ということだが、積読における私にとってのうしろめたさは買った本が読まずして死蔵されていることではなく(そういう意味では買った本の概略はもう頭の中には一度入っていて思考回路の中から取り出せる状態ではあるので、"死"蔵とは思っていない)、もっと即物的な、それは収納スペースという問題である。「本棚に入るスペースがもうないのにまた買っちゃったよ…」といううしろめたさなのだが、これは適宜本棚を見直して新陳代謝を図るしかない…。

     しかしファスト思考とスロー思考という概念を持ち出して、ファスト思考に偏らないために読書及び積読をするという話があったが、それは本を読むのが好きな私にとっては大いに賛成である。が、本を読まない人にとってファスト思考に偏らないための方法として読書以外の代替案はあるのだろうか。やっぱり読書をするって所要時間がその他メディアと比べて長いし、自分にとって有益かどうかは読んでみないと分からない(その嗅覚は読む場数によって育つし、自分に合わなくても面白い本があるという感覚も場数あってのものでは?)のにそれに何時間もかける、あるいは積読するにしてもその本に500円~数千円は払わないといけない。そう考えると読書ってエントリーコストが高いな…と思えてしまうのだが、その辺りは今後ももっと考えたい。

  • タイトルを見て、積読しても気にしなくていいというような軽い本なのかと思っていたら、かなりボリュームがあってしっかりした内容に驚きました(笑)

    いまのいろんな情報やコンテンツがあふれかえった時代に、何を読んで何を読まないか、何を積むかというのを意識的にやらないと流されてしまうというのは本当にそうだなと思いました。

    読みたい本を読んだり積んだりしながら、読めないことを責めずに今後も読書していこうと思いました。

  • 本は読まれるものでありかつ積まれるものであるため、積読は目的を達成している、という言説。
    とにかく中身がないので、9割方飛ばし読みした。それこそがこの本の目的なのかもしれないが。

  •  本書の主張は主に二つあると考えられる。
     一つは、「本は読めない」ということ。本文では色んな読書術論者が登場し、個人的にも色んな読書術の本を読み漁ってきた。どれを試してみるのもいいが、完全にひとつの本を読むことは不可能であるように、完全な読書術というのは存在しないのだ。この結論に「なんだそれ」と肩透かしを食らいつつも、「そうなのか」とどこかホッとする部分もある。読めなくていいのだ。ただ闇雲に読むのではなく、例えばテーマを決めて、リストアップしておくことが勧められている。

     もう一つは、世界がすでに積読環境であるということだ。それはもちろん出版点数が増えていることに限らず、膨大なテレビ番組、ドラマ、ラジオ、YouTube、映画、ゲームのことも含めている。「読めていない本」、「観れていないドラマや映画」、「やれていないゲーム」、どこか後ろめたさが残る言葉だが、この世界的積読環境にあっては当たり前のことであることをまず自覚する必要がある。すべてのコンテンツを消化することなどできないのだ。そのような状況において、例えばベストセラーや新書、話題の本など目の付くものに手を出していては、いつまでたっても「自分」はつくられないし、自己肯定感も損なわれるだけである(まだ読んでない、まだ観てないとか)。

     読書に関する結論としては、読む本を自覚的に選ぶべきということだろう。そのためにマイテーマを決めて、それに必要な書籍を探しておき、気が向いたら読んでみる。別に読めなくてもいいのだ。でもそれによって、自分は確実に構築され、それによって自己肯定感も得られるし、時代の潮流にも流されない。必ずしもいわゆる古典を読む必要はなく、自分にとっての「古典」を選べばいいのだ。読書は自分のためにするものだから。

     読みながらどうしても頭を離れなかったのが、映画についてだ。映画は興行収入的には増加傾向にあると思ったが、その作品数も過去に比べて増え続けている。ということはその分、質の低い映画も増えている。著者の主張を映画にも適応するならば、たとえば流行した映画や有名な映画を流されるままに観る必要はない、というか良くない。大衆に流されるだけで、自分は構築されないし、「まだあの作品を観ていない」という後ろめたさが生まれるだけだ。

     そしてもちろんすべての映画を観ることはできない。「テーマ」というのは映画にそぐわないかもしれないが、他人に流されず、純粋に自分が観たいと思えるものを観ていくこと。そしてその中に自分にとってかけがえのない「古典」になりうる作品を見つけること。それが大事ということか。それならば自分にとっての「古典」を何度観てもいいものだし、他人の評価が低かろうが関係ない。詳しく調べないと理解できない映画の解釈もそれほど深い意味はない。どんな映画を観るのも、どんな映画が好きになるのも、他人に縛られるものではない。自由なのだ。

  • 装丁が好き。積めるように、紙の本で買った。
    様々な読書術の本が紹介されていて興味深い。
    人生は有限なのに、処理しきれないあらゆる情報がどんどん積み重なっていく。
    積読を「ビオトープ」として息づかせるためには、まず自分のテーマを決める必要があるらしい。
    情報の濁流の中から、テーマに沿った本を取り上げて積む。その中から、目次や前書き、後書きを参考に、選び出し読む。面白くなければ、ほかの本を選んで読む。今まで通り、そんな読み方でいいんじゃないか、と思うようになった。

  • 『なにかを積み上げる。その意味を、真剣に考えてみようじゃないか』

    まず断っておくけれど、この本は、「読書法」の本ではない。『積読論』の本である。

    「もうこんな生活イヤ!
    積読しっぱなしなんて、あり得ない!」

    な〜んて人にこそ必要な本だ。
    つまり、何かを積んだ状態が許せない人への「特効薬」とも言うべき本である。

    今や、誰もが、何かしら「積んでいる」状態にある。本はもちろん、DVDやネット動画、テレビ番組や雑誌、スマホゲームから旅行先、食べ物や飲み物に至るまで、それこそ、「あれもやりたい、これもやりたい」状態にあるはずだ。
    ひとつ終えたと思ったら、その間にもまた多くのコンテンツが発表される。もはや、すべてをやり終えることは到底無理で、煩悩のように次々と湧き上がり続ける。

    それほどコンテンツだらけの世界で、ボクらはどう積み上がったものと付き合っていくか?

    この本には、そのヒントがある。人によっては、「積読論」だけではないこれからの人生における「何かしらの大切なもの」を掴むことも出来るかもしれない。

    ちなみに、ボクはこういうちょっととんがった本が好きだから★4つにした。
    さて、あなたは読んでどう思うだろう?

    積読に、いや、積んでいることに後ろめたさを感じている多くの現代人に、ぜひ一度読んでもらいたい一冊。

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著者プロフィール

永田希(ナガタ・ノゾミ)
書評家。1979年、アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
書評サイト『Book News』を運営。『週刊金曜日』書評委員。
その他、『週刊読書人』『図書新聞』『HONZ』『このマンガがすごい!』
『現代詩手帖』『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』で執筆。

「2020年 『積読こそが完全な読書術である』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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