夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く

  • イースト・プレス (2021年10月7日発売)
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  • 本 ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784781620121

作品紹介・あらすじ

「分断する」言葉ではなく、「つなぐ」言葉を求めて。

今、ロシアはどうなっているのか。高校卒業後、単身ロシアに渡り、日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した筆者が、テロ・貧富・宗教により分断が進み、状況が激変していくロシアのリアルを活写する。

私は無力だった。(中略)目の前で起きていく犯罪や民族間の争いに対して、(中略)いま思い返してもなにもかもすべてに対して「なにもできなかった」という無念な思いに押しつぶされそうになる。(中略)けれども私が無力でなかった唯一の時間がある。彼らとともに歌をうたい詩を読み、小説の引用や文体模倣をして、笑ったり泣いたりしていたその瞬間──それは文学を学ぶことなしには得られなかった心の交流であり、魂の出会いだった。教科書に書かれるような大きな話題に対していかに無力でも、それぞれの瞬間に私たちをつなぐちいさな言葉はいつも文学のなかに溢れていた。(本文より)

感想・レビュー・書評

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  •  この素敵な装丁とタイトルに惹かれて入手し、積読していたが、名倉有里さんはあの「同志少女よ 敵を撃て」の逢坂冬馬さんのお姉さんだったのですね。
     1982年生まれ。9歳の時に「ソ連崩壊」のニュースに両親が「とんでもないことが起こった」と騒いでいたのが「最初の世界のニュースの記憶」だった奈倉さん。
     その後、語学好きの家族の中で、親が勉強していないロシア語を勉強し、やがてロシアへの興味と元々好きだったトルストイなどの文学への興味から、20歳の時に一人、モスクワへ留学。ペテルブルクの語学学校からモスクワ大学予備科を経て、ロシア国立ゴーリキー文学大学へ。
     2002年から2008年まで奈倉さんはロシアの文学大学で、歴史図書館で、友人との質素だが心温まる寮生活の中で、文学漬けの日々を送った。
     文学、それは本の中だけのことでは無い。奈倉さんがおられた間でも常に緊迫状態だったロシアとチェチェンやクリミア、ウクライナとの関係。その空気の中での犯罪、それらに関わる地方出身の友人たちの生の声。そういった環境やその中での人の心は現代ロシア文学だけでなく、古典にも反映されている。奈倉さんのロシアでの青春を時系列で一つ一つのエッセイにしながら、毎回、そのエッセイに関わるロシア文学の中の一節を紹介されている。「この作品を読んでみたい」とそのたびに思って、翻訳がないか調べてみる。だけど殆ど出てこない。当たり前だ。ロシア現代文学なのだから訳してくれる人が少ない。奈倉さんに訳してもらうのを待つしかない。
     語学を勉強したいモチベってこういうことなのかなと思った。どうしてもその国の言葉で表されたものを読みたくて、人に訳してもらうのを待てなくて自分で勉強したい気持ち。英語の歌で、一つ一つの単語が大体分かるものでさえ、和訳を見てしまう私は足元にも及ばない。

     「文学を探しにロシアに行く」という副題が付いている。「ロシア文学を探しにロシアへ行く」では無い。確かにロシアという風土の中だから生まれたロシア文学。だけど、「文学」の中に書かれていることは遠い国の人々とも普遍的に繋がっている。
     一番、目から鱗だったのは、名倉さんがマーシャという友達のために「千と千尋の神隠し」の「いつも何度でも」という歌を露訳しているとき、「繰り返すあやまちのそのたび、ひとはただ青い空の青さを知る」という箇所が、トルストイの「戦争と平和」で、戦場で倒れたアンドレイが青い空を眺めて自らの過ちを悟る場面そのものだと気づかれた箇所だ。文学を探しに遥か遠いロシアで暮らされながら、その文学は生まれた国、日本とも世界中とも繋がっていたと悟っていかれた。
     足元で起こっていることが世界の普遍と繋がっているとしみじみ気づかれた一方で、ロシアに留学しなければ得られなかったものがあった。それは歴史のなかから今もつづく、国や民族間の紛争、崩壊、統合など、その国に住む人と人を「分断」する出来事の中で、その土地の人々と「魂の交流」をし、人と人を「つなぐ」言葉を沢山見つけてこられたことだった。

     素敵なエッセイ集だった。私の想像の中の重厚で美しいロシアの冬景色が魂の温かさで色付けされた。ロシアに行ってみたい。遠くてなかなか行けないけれど、本の中だけでももっと行ってみたい。


  • なんとなく気にかかっていた本で、図書館の返却本コーナーに刺さっていたので迷わず手に取りました。ソ連崩壊後のロシアの文学大学に入学した筆者の日々の記録。いまは彼の国も不寛容と独裁に支配されているが、せめて文学くらいは、自由でいて欲しい。

  • 引き込まれ一気に読んだが何度も読み返したい。アントーノフ先生とは師弟関係より強い縁を感じていたのでは。出会った先生方や友達との交流はまさに一期一会。青春記であり、詩の鑑賞からロシア政情や世界の紛争まで考えさせられる本。

  • ロシア文学の言葉に浸る愉しさ、学び、知ることへの喜びに溢れている!本当に好きで好きでたまらないんだろうなあ。こんなに好きなことがあって、ある意味うらやましいとさえ思う。私自身はロシアの小説や詩に馴染みがないけれど、奈倉さんが留学していた文学大学の内容を知ると、ロシアでの文学への敬意の深さにおどろきました。

    そして奈倉さんは文学を学びつつ、留学先の先生、ルームメイト、クラスメイトとの日常の交流を通して、社会情勢や文化などに視点を広げ、自身の眼で観察、考察していくところもこの本の素晴らしいところ。ロシアとウクライナの関係などについても、現地に住んでいたからこそ体感していたものが率直に書かれていて、今のニュース報道とは別の方向から考えさせられます。

  • 大丈夫、ロシア文学の知識がなくてもそこそこ楽しめた笑 ただ列車に揺られるように身を任せ、筆者の記憶の広野を渡る。

    翻訳家である筆者の自伝なんだろうけど、彼女が大好きなロシア文学で彩られた紀行文にも見て取れる。こちらが作家や作品名を知らずとも、簡潔明瞭に解説してくれるおかげで、気になる作品もちらほら出てきた。(近寄り難くなった時には本書に助けを求めよう) そのかたわらで、真面目な筆者とルームメイトちゃん達とのやり取りがコミカルで可愛かったりする笑

    文学だけじゃなくて、ロシア語をマスターしていく筆者の成長も垣間見られ、気が付けば語学に一生懸命だった頃を回顧していた。「若い」&「目的がある」の条件さえ揃えば頑張れるのは頷ける。でも学習の中で筆者に訪れたという「思いがけない恍惚とした感覚」にはまだ至れていないんだよなー笑
    現地の大学進学を経て、看板にまで文学的ユーモアを見出した時には上達の早さもさる事ながら、「ついに来るところまで来ちゃったかー!」と圧倒された。(これぞ理想的なレベルアップ…)

    「語学をはじめたときにはただの記号だったものが、実態となり、さらに実感となる」

    ガイドブックに「最も警戒すべきは警官」と書いてあるような国にハタチになりたての子が単身で留学とは…留学中にテロや最寄駅では殺人事件も発生したりしてご本人やご家族も気が気じゃなかったと思う。本当に命があって良かった。。(ご家族の反応が明記されていない…という事はしょっちゅう衝突されていたのか?と近所のオバチャンみたいに勘繰っていた汗)

    筆者がテロの脅威にもめげずベランダで詩を朗読する姿を見ていると、これまで革命やらで殺気立った世の中をサバイブしてきた人達も、こうして言葉に救いを求めたから国内で文学が盛んになったのかなと思えてくる。

    後半以降はウクライナとの紛争等政治と絡めたエピソードが所狭しで、筆者の解説にしがみついていないと簡単に読み飛ばしてしまいそうだった。こちらは彼女が見た/見ている景色をただ眺めているだけだが、向こうで出来た大好きな友人や恩師を取り巻く環境を追わずにはいられない、追うことで少しでも彼らとの繋がりを感じていたいんだろうな。

    そう解釈した途端、自分は今まで自分の「大好き」と真剣に向き合えていなかった事を痛感、筆者の前で小さくなっていたのだった。

  • 『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』素晴らしい本です!|椿 由紀(Yuki Tsubaki)|note
    https://note.com/tsubaki_yuki/n/nde84828630c2

    話題の本:『夕暮れに夜明けの歌を』 奈倉有里著 イースト・プレス 1980円 | 週刊エコノミスト Online
    https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220308/se1/00m/020/074000d

    早春は残酷な記憶 人間の根よ、目覚めて驕るな 翻訳家・文芸評論家・鴻巣友季子〈朝日新聞文芸時評22年3月〉|好書好日
    https://book.asahi.com/article/14590855

    書籍詳細 - 夕暮れに夜明けの歌を|イースト・プレス
    https://www.eastpress.co.jp/goods/detail/9784781620121

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    岩波書店 図書 2022年6月号
    <対談> 戦争文学で反戦を伝えるには
    逢坂冬馬、奈倉有里

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      女の本屋 > 著者・編集者からの紹介 > 奈倉有里・著『夕暮れに夜明けの歌を――文学を探しにロシアに行く』 ◆イーストプレス・穂原俊二 | ...
      女の本屋 > 著者・編集者からの紹介 > 奈倉有里・著『夕暮れに夜明けの歌を――文学を探しにロシアに行く』 ◆イーストプレス・穂原俊二 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
      https://wan.or.jp/article/show/10040#gsc.tab=0

      (インタビュー)ロシアの中の声 ロシア文学翻訳者・奈倉有里さん:朝日新聞デジタル(有料会員記事)
      https://www.asahi.com/articles/DA3S15314640.html
      2022/06/06
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      編集部便り〈その232〉文才に恵まれた姉弟
      「新潮新書」メールマガジン[461号] 2022年7月10日発行 | 新潮社
      https://w...
      編集部便り〈その232〉文才に恵まれた姉弟
      「新潮新書」メールマガジン[461号] 2022年7月10日発行 | 新潮社
      https://www.shinchosha.co.jp/mailmag/shinsho/shi20220710.html?shi20220710
      2022/07/12
  • なんて美しい本なんだろう。ひたひたと押し寄せてくる感動。早く読み進めたいけど、ゆっくりゆっくり味わいたい。と、おもいつつも、後半は泣きながら一気に読んでしまった。

    深い信頼とおもいやりに満ちた関係は、切ないけれども温かくて。自分自身が少しずつ生まれ変わり、いつのまにか、かつての自分といまの自分はまったくの別人というくらい内面が変わるような人に出会うということに深い感動があった。

    文学の力を信じ愛している人たちの思いにあふれた本。今この時期に読めてよかったとおもう。

  • なにかのおすすめで見て、BOOKOFFオンラインにて購入、読了。

    私は現在、duolingoという語学学習アプリでロシア語を学んでいる。ロシア語は私にとっては因縁のある言語で大学時代にいた西洋近代語近代文学学科の研究室がロシア語と一緒だった。教授陣も兼任だったので自然とロシア語を学ぶことになった。

    まずキリル文字が読めないから(яとかыとか)そこからだったし、2年学んだがアルバイトに忙しくあまり熱心に打ち込んだわけでもなかった。あっという間に卒業になり、そのままロシア語は忘れた。だが、真面目に取り組まなかったのがどこか心残りだった。なので今になって少しずつアプリで勉強している。

    だから作者のロシア語に全力で取り組む姿は私にはとても眩しく映る。そして引用される文学作品の数々。それらの作品が作者の血となり肉となる姿が感動的だ。

    今から学んでも原書を読みこなすまでになることは多分ないが、巻末に邦訳が出ている書籍一覧があったので少しずつ読み進めてみようかと思う。

    ロシアのウクライナ侵攻は決して許されることではないが、古くからのロシアとウクライナの関係やロシア人の国民性を知ることはこの侵攻を理解するために(決してロシアの肩を持つという意味ではない)、役に立つような気がする。

  • 奈倉有里さんのあまりにもまっすぐな「学び」に胸を打たれました。特に最後の「30 大切な内緒話」がとても良くて、温かな気持ちで読み終えました。本の中に出てくる詩や本が印象的でロシア文学に触れてみたくなりました。

  • ロシア文学者の著者によるロシア留学エッセイ。

    はじめに著者の言葉への愛に引き込まれ、最後にかけては目頭が熱くなる読書だった。最近(絵本は楽しんでるけど、活字の本で)特大ヒットがあんまり出てきてなかったので、余計に嬉しさを噛み締める素敵な時間でした。

    私にとっての本書の魅力の一つ目は、言葉と文学への愛。文学への愛を共有する学友との友情が甘やかに語られ、学問の喜びを教えてもらった恩師との特別な関係性が熱くそして静かに語られる。勉強にのめり込む様や、図書館に向かう情景が、自分の学生時代と重なる部分もあって胸がきゅっとした(著者ほどには熱心じゃなかったけど、それでも図書館に囲まれた木々から漏れ込む陽の光や、図書館の静けさのもたらす心地よさと、図書館で出会う書物から受ける知的興奮など、やっぱり贅沢な、良い思い出だな)。

    もう一つは、留学中の体験一つ一つから滲み出るロシアのお国柄。連邦制の時代から続く周辺国との繋がり・関係性からくる歪み、強権国家・ロシア正教を国教とするロシアの姿が炙り出され、断片的ではあるもののとても勉強になった。空気感が伝わったというか。
    『熱源』を読んで「日本のお隣さんなんだ」と気づかされたロシア、ウクライナ侵攻以降ますます「隣国としての付き合い方」を考えさせられるロシア。スローペースにはなってしまうけど、引き続き理解を深めていきたい。

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著者プロフィール

1982年東京都生まれ。ロシア文学研究者、翻訳者。ロシア国立ゴーリキー文学大学を日本人として初めて卒業。著書『夕暮れに夜明けの歌を』(イースト・プレス)で第32回紫式部文学賞受賞、『アレクサンドル・ブローク 詩学と生涯』(未知谷)などで第44回サントリー学芸賞受賞。訳書に『亜鉛の少年たち』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、岩波書店、日本翻訳家協会賞・翻訳特別賞受賞)『赤い十字』(サーシャ・フィリペンコ著、集英社)ほか多数。

「2023年 『ことばの白地図を歩く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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