ヒトの遺伝子改変はどこまで許されるのか ゲノム編集の光と影 (イースト新書Q)
- イースト・プレス (2017年1月8日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
- / ISBN・EAN: 9784781680255
作品紹介・あらすじ
難病治療からデザイナーベビーまで
生命の設計図DNAにメスが入る!
ゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」は、これまでの技術とは比較にならないほど正確かつ自在にDNAを操作することが可能となった。農業、畜産など様々な分野での利用が期待されているが、とりわけ注目すべきは医療分野だ。ゲノム編集が「ヒトの受精卵」の遺伝子改変に利用されるという、かつてない状況のなかで、われわれは「生命」「家族」をどう捉えるべきか。本書ではゲノム編集の可能性と課題を浮き彫りにする。
感想・レビュー・書評
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その日見た朝のニュースで中国での人のゲノム編集によりHIV耐性を得たという話があったので、遺伝子学の最新情報を知りたくて手にとった本。きちんと理解するには難しい遺伝子工学ですが、できるだけわかりやすく記載しようという意図は感じられます。
遺伝子選別は倫理的にOKで編集はNGなのか?
遺伝子編集のための画期的なツールが開発されているというのもこの本で知ったことだが、どこまでを倫理的にOKとするかが明確に決められなければ、遺伝子編集が行われた人間が誕生・成長するのも時間の問題(もう実験的に密かに行われている?)なのだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ゲノム編集技術の解説とその問題について。よく勉強しよう。
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いろいろとすっきりした一冊。念のために2回読んで、もろもろ脳みそに刻んでおくことにする。
「遺伝子治療」についてはよくわかっていなかった。遺伝に由来する病気を、遺伝子の問題を解決することで治すということ? しかしすでに60兆の細胞に分裂しているのにどうやって?ともやもやしていたのだ。
一つの実例が、ゲノム編集を行った「スーパー免疫細胞」を患者に投与して、内側から病気を治すというもの。実績も効果もあるという。これはすごい。名作SF「ミクロの決死圏」がすでに現実になったということか。あれはミクロに縮小した人間たちが手術不可能な場所にある患部を目指すという話だったが、現実ではゲノム編集で強化された免疫細胞が活躍する。患者と医療者の夢と言っていい。これは両手を上げて賛成する。治療不可能なガンが、注射一本で治る日がやってくるかもしれない。
もう一つは、やがて胎児へ、そして一人の人間に育っていく受精細胞のゲノム編集だ。発症する可能性のある遺伝子病を予防するのが目的なら、それは治療の範疇かもしれない。ではガンや認知症を発症しやすい遺伝子パターンが突き止められたとして、それを予防するための遺伝子改変は? 虫歯や水虫やハゲの予防は? いずれ産科医が対応可能な症状のメニューを持ってきて、「ハゲ予防のオプション入れておきますか?」みたいな時代がやってくるのだろうか? 知力とか体力とか容姿とか、そういうものも? すでに「遺伝子ドーピング」については想定されているらしい。
原子力と同様、この分野も技術力と歩調を合わせて、倫理力も強化しなければならない分野だ。もし進んだ技術が誰かに不幸をもたらすなら、それは「人間には過ぎた力だ」と言われるだろう。どこかにいる、誰かに。 -
ゲノムは生命を形作る上の設計図である。
この設計図はいつでも完璧というわけではない。時に、「欠陥」を含み、ある場合には、そうした「欠陥」が疾患の元になることもある。この「欠陥」をあらかじめ修正できないのか。
また、一部の「部品」をさらに優れた性能の「部品」に変換すれば、より優れたものが得られるのではないか。
病気になったときや不都合な状況になったときに対処するのではなく、そうならないようにあらかじめ手を打つ。
理論的には可能かもしれないが、事実上は絵空事であったことが、今や、そう遠いものではない、かもしれない。
生命の設計図であるゲノムを操作する技術は以前からあったが、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス9、cf:<A Href="http://www.honzuki.jp/book/240534/review/159333/">『ゲノム編集の衝撃』</A>)と呼ばれる技術の登場で、それは格段に容易に・正確に・安価に・短時間で行えるようになった。
当面は研究開発、農業畜産分野での利用が主になるのだろうが、見逃せないのがヒト受精卵の遺伝子改変での使用である。
本書は、ヒトの遺伝子治療の歴史、ヒト受精卵にゲノム改変が使用されうる事例、利用された場合の問題点、世界各国の状況等を、わかりやすく整理し、まとめている。
遺伝子の欠陥から生じる疾患の場合、特にそれが単一遺伝子の単一変異であるならば、ゲノムの中のその部分をピンポイントで修正することで、疾患を治療するか、あるいは予防することは可能だろう。親がそうした欠陥を持つことがわかっている場合、子供にそれが伝わらないように受精卵や配偶子の段階で欠陥を修正するのが、受精卵のゲノム編集である。
従来の遺伝子治療と異なるのは、この変化が「永続性」のものであることだ。ゲノムはその変化を、生まれてくる子、さらにはその子孫へと伝えていく。修正が概ね正確であっても、別の箇所に変異が起きる可能性はゼロではないし、また修正自体が長期にどんな影響を及ぼすかは実のところ、誰も知らない。しかもそれを背負わされる子供は、その選択を自分では行っていない。
例えば、成人してから発症するような遺伝病に、受精卵の段階で対処するべきなのか?
生物に「予測可能」な変化を導入して「改変」するということは、ある種、「神の領域」への侵入ではないのかという危惧も生む。いわゆる「デザイナベビー」だ。運動能力が高く頭もよくて容姿も整っている。そうでないよりは望ましいかもしれないが、それを「設計」してよいのか?
ゲノムには、一見、何の働きもないような「ゴミ」や「ムダ」に思われる部分が多いが、実は長い歴史の中で、そうしたものが役割を果たしていたかもしれない。いわば有事の際のストックだ。不用意なゲノム編集を行えば、そうしたものが損なわれる可能性もある。
日本では、肉親であることが重要視される傾向があり、血縁関係のない養子縁組は少ない。生殖補助医療を行うクリニック数、治療数は、世界トップだ。一方で、生殖についての議論は盛んとは言えず、法規制も整っているわけではない。生殖補助医療が即、ゲノム改変ではないが、受精卵に何らかの不具合が見出されたら、その延長線上には受精卵に対する治療があり、さらにはゲノム改変も視野に入ってくるだろう。「誰か」がそれを行ったとき、そんなことは想定外だったと驚愕する前に、社会全体で考えていくべき問題なのではないか。
その手引きとして、格好の1冊である。