きみがモテれば、社会は変わる。 (よりみちパン!セ) (よりみちパン!セ 42)
- イースト・プレス (2012年5月10日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
- / ISBN・EAN: 9784781690315
作品紹介・あらすじ
あさましい社会に承認される「いい人」なんかには、死んでもなってはいけない。「金の切れ目が縁の切れ目」のクソ社会と、いっこうにモテる気配のないきみ自身の生き方とを、徹底的に考える。学校でも家でも教えてもらえなかったリアルな知恵満載。
感想・レビュー・書評
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宮台先生がいつもどおりに辛辣で、安心しました。「すでに終わっている」日本社会で、それでも幸せになるためのヒントが眠っていました。思考停止が一番怖いですね。
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P66 日本の天皇制ファシズムを支えてきた連中は、超スーパーエリート、そうおいう連中が、空気にあらがえない、今さらやめられない、などというたわけた理由で、アメリカに対して勝てる可能性ゼロの戦争を仕掛けた。これが、日本人特有の心の習慣です。
悪い心の習慣をはてしなく再生産します。そこれでは「今さらやめられない」という、悪い心の習慣が、当然の妥当性や合理性についての議論をストップさせ、悪い共同体を存続させるのです。悪い共同体が生み出す、この思考停止こそが、環境の変化がようきゅうするさまざまな刷新を邪魔し、日本をとんでもなくたわけた社会へと墜落させてきました。
P130 そのようにして社会のメンバーの多数が、有徳=内発的なふるまいをするようになった社会こそが、アリストテレスのいう「よい社会」なのです。 -
「そうだ!その通りだ!」と思う部分が多かったです。
しかし、それを文字として読んだことはほとんどなかったので、読んでいて気持ちがよかった。
以下は、共感した部分。
・「経済良ければすべて良し」という幸福感は、幻想。
・「任せてブーたれる」=過剰な依存は、自立性のない人間を育てる。
・KYと思われることを避けようとする結果、自己同一性よりも場に相応しい行動をとるようになり、解離を選ぶようになる。
・流動性の高い社会では、自分でなければならないという唯一性が問われなくなる。
・依存から自立へ。合理性から他者性へ。
新たに「そんな考え方があるのか」と思わされたのは、
「主体は(我々ではなく)場である」というテーゼ。
さらに色々と読んでいきたい。 -
中高生に読んでほしい。幸せとは?善悪とは?豊かとは?
なぜ日本人は幸せでないのか?
この問題に対して、君たちはこのままでは幸せになれない。モテない。という身近なテーマから解きほぐしていく。
ただ、多くの成人にとっても必読書。 -
「よりみちパン!セ」っていつの間にか、理論社がつぶれてイースト・プレスに移管されてたんですね。そして、宮台先生、devil's advocateとしてずっとかっ飛ばしていらっしゃる。共同体の不可避性ということについては、私も認識は全く同じ。「個人が<自立>」するという点も同意。ポイントとして一つ異なるかなと思ったのは、「空気」の扱い。本書では、「<良い共同体>は(中略)空気主義をしりぞけて知識や科学を基盤とし、(後略)」とあるが、私は日本社会において、「空気」をしりぞける、のは至難の業だと思う。それよりは、東浩紀が『一般意志2.0』で言ってるように、「空気」をうまく利用する技術とかアイデアに目を向けた方がよい。また、「知識や科学を基盤」とするのはよいのだが、あくまでも基盤であって、「知識・科学万能主義」に陥らないように気をつけるのが大事だ。
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モテ本ではなく、社会論でした
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ただ勉強ばかりして、他者を幸せにすることができるような人になるための、人格や経験、人脈がなかったら、あさましい社会に承認されるいい人になってしまうかもしれないというのは印象に残った。モテるというのは、ルックスとか勉強ができるとかじゃなくて、内から湧きあがる「内発性」があるかであるという言葉もいいなと思った。内発性というのは、自立とか、自分で考えることや、損得にとらわれず徳を大切にすることで、自分もそうゆう考えを大事にしたいと思った。他者からの承認が幸せの条件で、他者からの承認をつくるには、自分が他者を幸せにすることだというのも勉強になった。
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日本社会についての本で持てることにはあまり言及してない
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社会学の宮台教授が、腐り切った「任せてブーたれる」日本社会に混ざるな、と説く内発性講義。