茨木のり子詩集 (現代詩文庫 第期 20)

  • 思潮社 (1969年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (144ページ) / ISBN・EAN: 9784783707196

みんなの感想まとめ

強く優しく生きることを促す詩が詰まったこの詩集は、1969年の初版以来、多くの読者に支持されてきました。詩の内容は、戦争や女性としての生き方、愛をテーマにしており、特に「りゅうれいえんの話」など、深い...

感想・レビュー・書評

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  • 臆せず怒り
    臆せず愛を叫び
    臆せず時代に向き合った人だ

  • 1969年に初版が発行され、現在に至るまで第30刷を重ねている茨木のり子の詩集。

    他の詩集よりもみっちり載せられているので、少々読みづらいがその分多くの詩を楽しめる。

    どれも強く優しく生きようと思わせてくれる詩ばかりだが、
    自分のいる日本が行った蛮行の被害者をうたった りゅうれいえんの話 だけでも買って読む甲斐がある。

    こちらも繰り返し読みたくなる詩集であった。

  •  大阪帝大卒の医者の夫を持っていて、恥ずかしいから出版しなかった詩集があるというのが良い。彼女の詩をみんなで読み会うとき、女性からの意見というものになんだか言い返せなかったのを思い出す。この人の詩を読んだ女性の感想は「絶対」であるみたいなところがあった。それが、この茨木のり子の詩の本質のような気がする。
     「民衆のなかの最良の部分」とか、そういうものならば、男でも入り込める隙間があり、くみとれるのだけれど、ほかの詩について感想を言うのは、男性が女性の登場人物を書くようなものであり、それはつまりどこまでも女装した男になる。彼女の詩を読んだ感想も、女装したものであって、で、まあそれは間違っていて言ってはいけないわけでもない。
     夫への愛、戦争への鎮魂と悲しみ、女性としての生き方。そのスタンダード、のような気がする。ちゃんとした夫がいて、愛があって、書いたものがそれに酔わないように、どこか攻撃性を装っている感じもした。
     が、それだけでもない。首吊という詩とかに、わずかに、その作者の日常の感じが伝わってくる。首吊の詩が、一番作者と読者の距離が身近なような気がする。ほかの詩からは、何か「悔しさ」のようなものを感じて、近づきがたい。自分の感受性ぐらい自分で守れというような、歯を食いしばった感じがある。ある人が「読み違いのない表現が多いと思う。読者に自戒を促したり、心を落ち着かせて、考えさせる詩が多い。詩としての魅力がある。人生の先輩から教えられる宝。自己肯定を感じる」と感想を漏らしていたが、確かにそうだと思えた。ただ、それを和らげて名品にしあげていったのは、彼女の同人達によるもみほぐしであったとは、彼女自身も「櫂」小史で書いている。

  • 真っ直ぐでしなやかにつよい。
    そんな感性と言葉で綴られた詩集。
    大好きです。

  • 凛とした、まっすぐな言葉。
    かつて逡巡として考え、確認し、結論を出してきたいろいろなものごとをすっかり忘れてしまっていたことを、思い出させてくれる。
    折に触れて自分の立ち位置を確認するために、そばに置いておきたい本だと思ったので、図書館で借りたのではなくちゃんと買いました。

    それにしても、今の生活じゃ使わない、目にしない漢字や言葉やたくさんなことに新鮮な驚き。
    こんなにも言葉の密度が濃く、吸引力が強い日本語を読んだのは久しぶりで、頭がクラクラした。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「凛とした、まっすぐな言葉。」
      読む時は襟を正します。。。
      今、世田谷文学館で茨木のり子展開催中ですが、行けそうにないのが残念。。。
      「凛とした、まっすぐな言葉。」
      読む時は襟を正します。。。
      今、世田谷文学館で茨木のり子展開催中ですが、行けそうにないのが残念。。。
      2014/06/03
  • 昔読んだ本

  • 野球に喩えれば全部直球というべきか。
    その感性に脱帽する。

  • 溌刺とした歌の中にさわやかな批判精神

     大阪の十三で生まれた詩人に、”フランスの魂”を愛した茨木のり子がいる。本名三浦のり子。一九二十六年生まれである。

     敗戦を境に自立し 詩に心翔かせる

     敗戦後の一時期、詩が流行し、誰も彼もが詩を書いて体験や意見を表現した。
     「民衆詩という言葉があるが、まさに、民衆が詩によって、新しい時代(民主主義)に心を翔かせたのだ。
     茨木のり子もこうした時期(昭25)に詩を書こうと思いたち、師も仲間もないまま、一人コツコツ書きため、紙事情の悪かった戦後に珍しく毎月出ていた詩の雑誌『詩学』に投稿する。
     この投稿に際し、本名では恥ずかしいというので、たまたまラジオから流れていた長唄「茨木」と本名ののり子を合体ざせてペンネームが生まれた。
    『詩学』に何回か入選して名前も知られてきた昭和二十八年、同じ『詩学』の投稿仲間川崎洋と二人で同人誌『櫂』を創刊。『櫂』はその後、谷川俊太郎、古野弘、友竹展、大岡信、岸田衿子など、『詩学』の仲間が続々と同人となり、現代詩壇の一大勢力となる。
     茨木のり子の詩の良さは誰にでもわかる言葉を使い、テーマも理解しやすいことがあげられよう。たとえば、
     わたしが一番きれいだったとき/街々はがらがら崩れていって/とんでもないところか ら/青空なんかが見えたりした
       (略)
     わたしが一番きれいだったとき/わたしの国は戦争で負けた/そんな馬鹿なことってあ るものか/ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた。(「わたしが一番きれいだっ たとき」より)
     この詩のテーマは明確だ。女性にとって一番きれいだった青春時代を戦争に奪われた恨みと、敗戦を境に自立して生きていこうとする強い意志が歌われ、多くの戦争経験者の共感を呼ぶことだろう。

     人間性を抑圧するものに鋭い目

     小海水二は「彼女は、戦後民主主義の最も艮質の部分を、詩の面で代表する詩人だと言ってよいだろう」と『全集・戦後の詩』の解説の中で述べている。
     こうした彼女の社会意識は人間性を抑圧するものを徹底的に見つめる。彼女の家の窓硝子に石を命中させた子どもたちを詰問する自分にアルジェリア解放運動をダブらせる(悪重たち)あるいは、洗濯の合間に読むサルトルの本によってユダヤ問題に関心を持つ(ジャン・ポール・サルトル》など、生活に基づいた明るく溌刺とした歌いぶりの中に、さわやかな批判精神が息づいている。
     そして、その批判は誰よりも目分に向けられ、彼女の青春をとらまえたサルトルやボーヴォワールの思想が日常生活の中で風化していくのを、詩人特有の鋭い感性で歌っているところに、彼女のまじめなま生き方がうかがえる。
     彼女の詩が、彼女の青春時代を追体験した大人の女性に人気があるのは、さわやかでたくましい女っぷりがあるといおうか、女性解放の匂いかするところにもよるだろう。
     シンガーソングライターの吉岡しげ美さんが彼女の詩を好んで歌うのも、日々の暮らしの中にきらめくことごとを愛しく思うとともに、その暮らしを変革し、突き破り、よりのびやかに生きたいと願う女性たちの熱い思いと重なるからではないだろうか。

  •  彼女の詩につづられる言葉のひとつひとつは、勢いのよい、かたくて丸いボールのように、読む者にむかって放たれる。
     言葉は力強いけれど、けっしてとげとげしいものではなく、爽快な衝撃をもって受けとめることができる。

     第二次世界大戦をまたぐ困難な時代に生きた彼女は、傷ついたはずの社会(あるいは自分自身)を、憐憫や釈明の装飾でつつまない。あるいは、それらに対して超然的な態度をとるわけでもない。

     そこには、まっすぐな彼女の感性しか存在しない。
     この詩集では彼女の肖像をみることができるが、知性をたたえる彼女の視線は、力強く、同時に慈しみを感じさせる。

     震災後、有効な言説を提示しえた日本人文学者は一人もいなかった。誰かの言ったとおり、日本文学は終わったのかもしれないが、茨木のり子の詩集を読むかぎり、終わったのは日本人文学者であって、日本文学ではない、と心強く感じた。

  • 『女がひとり
    頬杖をついて
    慣れない煙草をぷかぷかふかし』

    厳しくてやさしくて美しい詩集

    不器用にしか生きられない事を受け入れなくちゃいけない

    戦争の話がはじめてなんだかすんなり入ってきた

    『ああ わたしたちが
    もっともっと貪欲にならないかぎり
    なにごとも始まりはしないのだ』

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    [ 参考となる書評 ]

  • 最近茨木のり子をよく読んでる。

    「大学を出た奥さん」も好き。
    大学を出るということは、こういうことであってほしい。

  • この一編の詩の前で、私のコメントは無意味です。素敵な一時をぜひ茨木さんの詩で味わって下さい。

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    わたしが一番きれいだったとき



    わたしが一番きれいだったとき

    街々はがらがら崩れていって

    とんでもないところから

    青空なんかが見えたりした

    わたしが一番きれいだったとき

    まわりの人達が沢山死んだ

    工場で 海で 名もない島で

    わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

     

    わたしが一番きれいだったとき

    だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった

    男たちは挙手の礼しか知らなくて

    きれいな眼差だけを残し皆発っていった

    わたしが一番きれいだったとき

    わたしの頭はからっぽで

    わたしの心はかたくなで

    手足ばかりが栗色に光った

    わたしが一番きれいだったとき

    わたしの国は戦争で負けた

    そんな馬鹿なことってあるものか

    ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

    わたしが一番きれいだったとき

    ラジオからはジャズが溢れた

    禁煙を破ったときのようにくらくらしながら

    わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

    わたしが一番きれいだったとき

    わたしはとてもふしあわせ

    わたしはとてもとんちんかん

    わたしはめっぽうさびしかった

    だから決めた できれば長生きすることに

    年取ってから凄く美しい絵を描いた

    フランスのルオー爺さんのように

                         ね

  • 「小さな娘が思ったこと」
    という詩がとてもいいので、
    一読を。
    厳しさと優しさがあいまぜになった一冊。

  • こんなにも鮮烈で、こんなにも力強い、コトバがあったとは。
    読んだことはあったはずなのに、いまさら沁みた

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著者プロフィール

1926年、大阪生まれ。詩人、エッセイスト。1950年代より詩作を始め、53年に川崎洋とともに同人雑誌「櫂」を創刊。日本を代表する現代詩人として活躍。76年から韓国語を学び始め、韓国現代詩の紹介に尽力した。90年に本書『韓国現代詩選』を発表し、読売文学賞を受賞。2006年死去。著書として『対話』『見えない配達夫』『鎮魂歌』『倚りかからず』『歳月』などの詩集、『詩のこころを読む』『ハングルへの旅』などのエッセイ集がある。

「2022年 『韓国現代詩選〈新版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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