平安期の願文と仏教的世界観 (佛教大学研究叢書)

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  • 佛教大学
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  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784784213931

作品紹介・あらすじ

願文とは、法会の主催者である願主が、仏に願意を述べる文章である。従来は、定型句をつかった儀礼的な言葉に過ぎないとみなされ、その内容については分析されてこなかった。しかし、本書では、願文自体が何を語ろうとしているのか分析することで、天皇から中下級貴族・女性・僧侶にいたる人々の仏教理解や具体的信仰のあり方、所属する社会集団内部でのそれぞれの構成員が果たした公共的な役割、寺院や僧侶と世俗社会との関わり方、具体的な宗教的実践のあり方を明らかにする。
学僧の教学、在俗者たちの現世利益的傾向、ごく一部の熱烈な仏教者の存在といった、かつての信仰のカテゴリーを再検討し、新たな仏教史の視座を提示する意欲的な一書。

感想・レビュー・書評

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  •  法会の主催者たる願主は法会に際し願文に願意を述べる。仏に誓いを立て他者を利するどのような信仰をもっていかなる種類の善業利他行を行い誰をどのように救済し悟りへと導くべきか。仏に対する請願では出来もしないことを誓ったり称讃を望むような虚偽が混在してはいけない。自己完結の解脱涅槃から一切衆生とともに共生の思想へ。その社会形成力その公共性。

    『願文を分析することは、天皇から中下級貴族・女性・僧侶にいたる人々の仏教理解や具体的信仰のあり方、所属する社会集団内部でのそれぞれの構成員が果たした公共的な役割、寺院や僧侶と世俗社会との関わり方、具体的な宗教的実践のあり方を明確に理解することができると考えられる。そこで本書では、何よりも願文自体が何を語ろうとしているのかを仏教の論理を通して読み取ることに重点を置いた。それによって、従来の学僧の教学、在俗者たちの現生利益的傾向、ごく一部の熱烈な仏教者の存在といった、かつての信仰のカテゴリーを再検討し、新たな仏教史の視座を提示することが可能となると考えるのである。』緒言7頁


     栄華名利は浮雲電火に脆く儚く剃髪出家し文徳天皇が仁明天皇の為に建立した嘉祥寺に堂を建立し講会を行う母貞子死して法会は平子内親王が行うこととなった。願文は菅原道真に作成を依頼した。法会に参集する者は覚めて菩提心を起こし悟りを求め仏道修行を行うようになるだろう。法会の功徳は仁明天皇にも廻向され周遍三千世界をめぐって衆生を教化するだろう。

    慙愧する天皇──九世紀における天皇の仏教的役割


     血縁に継承された父母への現世的な孝の表現を全ての生命を持つものが前世で自分の親であったその莫大な恩愛へと転換しなさい。書写講説を以て母は報施した。母死してその願意を継承する。母の功徳は惣べて先妣を翊け奉ることへと廻向された。母の利他を母の自利へと転換したい。母の利他行は子への利他行。継承の功徳は一族を超え一切衆生へと波及するだろう。  

    摩頂する母──菅原道真の願文にみる母と子


    『ところで「不材の企つる所、普賢を造りて木を刻み貌を拝するの志と為し、匪石の思ふ所、妙法を書きて碑を立て徳を旌すの文に代ふ」は、興味深い記述である。普賢菩薩像を造って父母の生前の面影を追慕しようとしたこと、父母の生前の功績を書き記して遺徳を顕彰するかわりに『法華経』を書写したとされているからである。
     この一文によって道長は、父母は自分を教化するためにこの世に示現した普賢菩薩の化身であったと考え、また父母の言行は仏法興隆をすすめる『法華経』の教えそのものであったとみなしていたことを示唆している。』現世の栄華の為でなく──藤原道長の願文とその仏教的世界118頁

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著者プロフィール

1972年福岡生.2005年佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了.博士(文学)(2008年3月時点)

「2016年 『平安期の願文と仏教的世界観【オンデマンド版】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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