歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)

著者 :
  • 青弓社
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レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784787234322

作品紹介・あらすじ

メディアにヘイトスピーチやフェイク・ニュースがあふれ、「右傾化」が懸念される現代日本。「歴史修正主義(歴史否定論)」の言説に対する批判は、なぜそれを支持する人たちに届かないのか。

歴史修正主義を支持する人たちの「知の枠組み」を問うために、歴史を否定する言説の「内容」ではなく、「どこで・どのように語られたのか」という「形式」に着目する。現代の「原画」としての1990年代の保守言説を、アマチュアリズムと参加型文化の視点からあぶり出す。

「論破」の源流にある歴史ディベートと自己啓発書、読者を巻き込んだ保守論壇誌、「慰安婦」問題とマンガ、〈性奴隷〉と朝日新聞社バッシング――コンテンツと消費者の循環によって形成される歴史修正主義の文化と、それを支えるサブカルチャーやメディアの関係に斬り込む社会学の成果。

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酒井隆史さん(大阪府立大学)、推薦!

なぜ、かくも荒唐無稽、かくも反事実的、かくも不誠実にみえるのに、歴史修正主義は猛威をふるうのか? いま、事実とはなんなのか? 真理とはなんなのか?

真理や事実の意味変容と右傾化がどう関係しているのか?

「バカ」といって相手をおとしめれば状況は変わるという「反知性主義」批判を超えて、本書は、現代日本の右翼イデオロギーを知性の形式として分析するよう呼びかける。キーはサブカルチャーである。わたしたちは、本書によってはじめて、この現代を席巻する異様なイデオロギーの核心をつかみかけている。この本は、ついに現代によみがえった一級の「日本イデオロギー論」である。

感想・レビュー・書評

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  • メディアに表れる保守言説を、「何が語られたか」ではなく「どこで/どのようにして語られたか」に注目して分析した書物。90年代に焦点をあて、雑誌による読者を巻き込む仕掛け、「ディベート」や漫画の使われ方、新聞報道分析とイメージの定着(「朝日の捏造報道」など)を図る手法などを通して、コンバージェンス文化(複数メディアの収斂、人々の参加、集合的な知の形成)が立ち上がる過程を描く。

    「アマチュアリズム」と「参加」が、商品化したメディアとの相互作用により、特定の知が総合的に立ち上がる様を描いた、見事な現代メディア論。

  • サブカルに主義・思想を持ち込んだのは、確かに小林よしのりの功績であろう。
    しかし、昨今は商売で保守もどきをやっている、自称保守派という文化人?が多すぎる。
    安倍(的)なものを称賛し、ニッチな箇所から金を吸い上げているのが、個人ではギルバートやテキサスなどの河原乞食外人グループ(嘆かわしいことに、特に保守派思想の持ち主に欧米人の言説を持ち上げる人間多し)、WillとかHanada等の太鼓もち雑誌、あと無闇に日本礼賛するムック本等々である。
    私自身、それなりに愛国者だと自認しているのだが、この風潮は気持ち悪いとしか言えない。

  •  一貫して見落とされてきたことは、「どこで語られたか」「どのような方法を用いて語られたか」である。政治研究が「内容」に。歴史研究が「事実」に関する分析や批判であるとするならば、メディア研究はまず「形式」を分析する。この点に着目することで、ある思想が「どのように存在・構築・普及(媒介)されてきたか」という本書を貫通する全体の問いに答えらえると考えている。そして、その結果、学問とは異なる「ゲーム」のあり方を解明できるはずだ。(p.27)

     なぜ彼らの主張が「論破マニュアル」へと先鋭化していくのか。より踏み込んでいえば、なぜ「論破」や「説得性」が重要な証拠や証言の重みを無視して、イデオロギー闘争の恍惚感を与えるのか。おそらく、その理由は、第1章で指摘した「アマチュアリズム」にある。アマチュアは、専門家ではないからこそ、適切な歴史資料を調査する責任(や労力)を負わなくても「専門家ではない」と言えば免責される。アマチュアであるかぎりは、論戦に必要な知識だけあればよく、対抗するイデオロギーの「論破」さえできればいいからだ。(pp.110-111)

  • 討論のテーマそっちのけで相手を悪魔化して攻撃する現状の根元に迫っていた。著者の見方には違和感はあるが小林よしのりを学術的に解剖した点は新鮮だった。ネトウヨはよしりんの劣化コピーに過ぎない。

  • 本書は歴史修正主義の「知」のあり方をメディア文化論の観点から実証的に考察している。保守/右派を取り上げる学術研究は日本ではまだまだ少ない。本書は「メディア」に着目していることで様々な興味深い知見を提示し得ていると言える。対象時期を90年代に限定しているためインターネットについての言及はほとんどないが、今後の研究に期待したい。

  • 倉橋耕平『歴史修正主義とサブカルチャー』読了。今日に蔓延る歴史修正主義者の源流を90年代の保守言説とそれが語られたメディア文化に着目して読み解く。歴史修正主義者やネトウヨ諸氏との対話不可能性の分析の説得力を感じた。「相対主義」の絶対化をいかに乗り越えるが、それを考えていきたい。

  •  話題の一冊をさっそく読了。やや議論として大づかみという感は否めないが、現代日本のサブカル・ナショナリズムの直接の起源が「1990年代」にある、というコンセプトにはまったく同感。だが、「なぜ歴史修正主義を支持するのか?」というカバーの惹句は、ややミスリードではないか。本書の中では、ある主体や社会的なグループが「いかにして歴史修正主義者になっていくか」が問われるわけではないし、その種の主張にシンパシーを感じていく動機や同調・参加のプロセスが掘り下げられているわけでもない。
     むしろ、本書のポイントは、メディア論的な消費財としての「歴史修正主義」言説が、どんなメディアの力学の中でプレゼンスを獲得していったのか、矛盾と破綻だらけに見える「歴史修正主義」言説の枠内では、どんな内的な整合性が担保されていたのかを内在的にあとづけたことにあるだろう。そして、その限りでは、『新ゴーマニズム宣言』の「書籍扱いマンガ」という独特な位置が担った効果や、「歴史修正主義」の言説がしばしば、「仮想ディベート」的な劇場型パフォーマンスに特徴づけられる点など、有益な示唆が多く含まれていたように思う。

  • 内容は,よくまとまっていてわかりやすかったが,もう少し砕けた表現で書いた方が,普通の読者には伝わるかなぁ,と.
    あと,結局,解決策についてはなんとなくボカして逃げた感じが残念.
    明確で具体的肯定的な草の根的運動の提言があっても良かったと思う.

  • 東2法経図・6F開架 361.45A/Ku51r//K

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著者プロフィール

1982年生まれ。関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。立命館大学ほか非常勤講師。専攻は社会学・メディア文化論・ジェンダー論。共編著に『ジェンダーとセクシュアリティ――現代社会に育つまなざし』(昭和堂)、共著に『現代フェミニズムのエシックス』(青弓社)など。

「2018年 『歴史修正主義とサブカルチャー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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