〈メガイベントの遺産〉の社会学 二〇二〇東京オリンピックは何を生んだのか
- 青弓社 (2024年10月30日発売)


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本 ・本 (348ページ) / ISBN・EAN: 9784787235473
作品紹介・あらすじ
私たちは東京大会というメガイベントとどのように向き合ったのか。オリパラの現代的な構造や役割を押さえ、大会の理念、政治、インフラ、都市、競技場、ボランティア、ホストタウンなどの事例から、正負両面のレガシー(遺産)を多角的に検証する。
感想・レビュー・書評
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概要
本書は、社会学的な視点から二〇二〇年東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京大会)が社会、都市、文化、政治など多岐にわたる領域に何を生み出したのか、その遺産(レガシー)を多角的に分析した論集である。単なる大会の記録や評価に留まらず、過去のオリンピックとの比較、メガイベントとしての特性、開催に至るまでの経緯、そして大会後に残された様々な影響について、具体的な事例やデータに基づき詳細に考察している。
主要テーマと重要アイデア・事実
本書は複数の章で構成されており、各章が異なるテーマに焦点を当てている。以下に主要なテーマとそこで議論されている重要なアイデアや事実をまとめる。
第1部:メガイベントとしてのオリンピックと東京大会の特質
オリンピックのメガイベント化: 近代オリンピックの起源から、商業主義化、巨大化が進む現代のメガイベントとしてのオリンピックの変遷を概観。オリンピックが単なるスポーツの祭典ではなく、開催都市や国家にとって経済、社会、文化、政治に大きな影響を与える存在となっていることが強調される。
東京大会開催の経緯と構造的な諸問題: 東京大会の招致から開催決定、そして準備段階における国立競技場やエンブレムの問題、組織委員会のガバナンスの問題、さらには新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる延期と無観客開催に至るまでの複雑な経緯を分析。
エンブレム問題では、「疑惑と説得の衝突」という視点から、制作者側の意図とインターネットユーザーの評価軸のずれが指摘される。「制作者や組織委、専門家はデザインの『使い方』を直視して原点ロゴとの違いを説明しようとしたのに対して、インターネットユーザーは酷似かどうか(盗用かどうか)にしか興味がなく、評価軸にズレがみられたのである。」
組織委員会の構造的な問題点として、多様な専門知識を持つ人材の集まりである一方、守秘義務などによる情報共有の難しさ、トップダウンではない合議制による意思決定の遅さなどが指摘される。
メガイベント開催に伴うコストとリスク: オリンピック開催には巨額の費用がかかること、そしてその費用が当初の予算を大幅に超過する傾向にあることが、過去の事例とともに示される。また、招致段階での過度な楽観視や、決定後の計画拡大、予期せぬ事態によるコスト増加のメカニズムが分析される。
「立候補時は開催都市の住民や国民の理解を得ようと予算を抑えるため、招致決定後の計画は拡張される傾向にあること、大会準備に想定外の経費が必要になることなどを指摘する。」(アンドリュー・ジンバリストの指摘として引用)
第2部:開催地域が生み出した遺産
都市再生とインフラ整備: 東京大会を契機とした都市の再開発、交通インフラの整備(例:環状第二号線)などが論じられる。ただし、1964年大会のようなハード面での目玉となる整備は少なかったとの指摘もある。
バリアフリー: 東京大会に向けたバリアフリー化の取り組みが、単に障害者向けのものではなく、「すべての人のため」のユニバーサルデザインという理念に基づき推進されたことが強調される。観光分野におけるアクセシブルツーリズムへの展開も示唆される。
「バリアフリーからユニバーサルデザインへの変容は、『高齢者や障害者のため』の取り組みから、『すべての人のため』の取り組みへと、その目的や対象を大きく転換・拡張させたことを意味するためである。」
ボランティア: 大会ボランティア(フィールドキャスト、シティキャスト)の募集・育成、活動内容、そして「ボランティアレガシー」の可能性について考察。ボランティアの動機や大会後の活動への継続性などが議論される。
アンケート調査の結果から、大会ボランティアの経験者の多くがスポーツ関連の活動への関心が高い一方、まちづくりや福祉関連の活動への参加は限定的であることが示される。
ホストタウン事業: 世田谷区のホストタウン事業「うままち」の取り組みを事例に、大会を契機とした地域活性化、国際交流、共生社会の実現に向けた可能性が示唆される。大会後も地域に根差した活動として継続されている点が評価される。
第3部:価値の変容/社会の変化
「幻の復興五輪」と被災地: 東日本大震災からの復興を掲げた「復興五輪」の理念とその実態について検証。復興との結びつきが招致活動の推進力となった一方で、被災地の現実とのずれや、復興政策への影響などが批判的に考察される。
「『復興五輪』は大会招致に対する社会的な批判をかわし、招致を勝ち取るための『方便』にすぎないと厳しく批判されてきた。」(笹生心太の著書から引用)
ニュースポーツの採用: スケートボード、サーフィンなどのニュースポーツがオリンピック競技に採用されたことによる影響について、競技の普及、競技団体への影響、ジェンダー平等の推進などの側面から分析。
ジェンダー平等: 東京大会を巡るジェンダーに関する議論、特に森喜朗元組織委員会会長の「女性蔑視」発言とその後の対応、スポーツ組織における女性理事の割合の変化などが取り上げられ、ジェンダー平等に向けた課題と進展が示される。
森元会長の発言「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」が引用され、その問題点が指摘される。
オリパラ教育: 大会招致決定以降に推進されたオリパラ教育の現状と課題について考察。学校種別による学習内容や意識の変化、共生社会の理念の浸透などが議論される。
プライドハウス東京コンソーシアム: LGBTQ+の権利運動と、大会期間中に設置されたプライドハウス東京コンソーシアムの意義、活動内容、そしてその遺産について紹介される。
「記憶」と「記録」: 東京大会を巡る「記憶」がどのように形成され、語り継がれていくのかについて、過去のオリンピック(特に1964年東京大会)との比較を通じて考察。大会の成功という表層的な記憶に隠蔽されがちな問題点や負の遺産を「記録」として残すことの重要性が強調される。
1964年東京オリンピックの記録映画『東京オリンピック』が、大会に対する人々の見方や「記憶」を形成する上で大きな役割を果たしたことが指摘される。
「二〇二〇年大会の混乱の記憶は競技の成功をもって上書きされてしまう危険性を内包している。」(石坂友司の過去の指摘として引用)
第4部:イベント・インフラのネットワーク的基盤と都市経済再編
イベントの特性: イベントの創発性、一時性・突発性、構造からの転換としての側面が論じられ、オリンピックを単なるスポーツイベントではなく、社会変革の契機となる可能性が示唆される。
イベント産業複合体: オリンピック開催を巡る広告代理店、メディア、スポンサーなどの関係性を分析し、イベント産業複合体の構造と影響力について考察。電通グループの契約金額などが具体的に示される。
観光への影響: 東京大会が観光分野に与えた影響について、パンデミックによるインバウンドの激減という負の影響と、その後の回復、そして長期的な観光政策や都市再生との関連性が議論される。
パンデミックによる訪日外国人観光客数の激減、観光関連産業の経営悪化の状況がデータで示される。
一方で、JNTOによる訪日プロモーションの効果や、2023年以降のインバウンドの急速な回復についても言及される。
競技会場の計画と後利用: 東京大会の競技会場の配置(ベイエリアゾーンとヘリテージゾーン)、仮設施設の是非、そして大会後の施設利用に関する課題が議論される。コスト削減のために既存施設の使用も検討された経緯も紹介される。
仮設競技会場をベイエリアに集中させたことに対し、都心部の歴史的ランドマークを背景に開放型の会場を設営すれば、より東京の魅力を発信できた可能性が指摘される。
政治的レガシー: 東京大会が政治に与えた影響について、石原慎太郎、小池百合子両都知事の支持率との関連性を分析。大会招致や開催に関する評価が一部の政治家の支持に影響を与えた可能性はあるものの、都政全体の評価に比べるとその影響は限定的であったとの分析が示される。
「石原と小池という二人の都知事に関する限りではあるが、この二人の都政全体を都民が評価するとき、東京大会に関する事柄はそれほど大きな比重を占めていない。」
結論と今後の展望
本書は、東京大会を多角的な視点から分析することで、メガイベントが社会に与える複雑な影響を明らかにした。成功の裏に潜む問題点、パンデミックという未曽有の事態への対応、そして大会後に残された有形・無形の遺産について、詳細なデータと考察に基づいて議論を展開している。
今後の展望として、本書は以下のような点を指摘している。
東京大会の遺産は、現時点ではまだ評価が定まっていない部分も多く、今後10年以上の時間軸で検証を続けていく必要がある。
オリンピックのようなメガイベントは、経済効果だけでなく、社会の変容、文化の創造、人々の意識の変化など、多岐にわたる側面から捉える必要がある。
過去のオリンピックの経験(特に1964年東京大会)を教訓とし、成功物語として語り継がれる一方で忘却されがちな負の側面や課題にも目を向ける必要がある。
本書は、今後のメガイベント研究、都市研究、スポーツ社会学研究にとって貴重な資料となるだろう。また、今後のオリンピック招致や開催を検討する都市や国にとって、多くの示唆を与える一冊と言える。 -
配架場所・貸出状況はこちらからご確認ください。
https://www.cku.ac.jp/CARIN/CARINOPACLINK.HTM?AL=01435874 -
【本学OPACへのリンク☟】
https://opac123.tsuda.ac.jp/opac/volume/722454
著者プロフィール
石坂友司の作品





