芸能人寛容論: テレビの中のわだかまり

著者 :
  • 青弓社
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本棚登録 : 198
レビュー : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784787273918

作品紹介・あらすじ

EXILE、石原さとみ、堂本剛、ベッキー、宮崎あおい、星野源……回り道を重ねて芸能人の生態を観察し、テレビの向こう側に私たちが感じるわだかまりを力の限りで受け止める。現代社会の「空気」をつかみ取り、テレビと私たちの緊張関係を取り戻す。

感想・レビュー・書評

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  • 「テレビを見ていて感じた芸能人へのわだかまりを、じっくり炙って可視化し、精いっぱい受け止める。頼まれてもいないのに、力の限り寛容する。」
    白でも黒でもない、グレーな部分の面白さが存分に感じられる芸能人論。初めて書店で見つけて即気に入り、買ってすぐに読み始めたものの、結構読了まで時間を要した。それはいい意味でね。じっくり咀嚼することでじわじわと味わい深くなり、ニヤニヤしながらチビチビと読んでいった。
    石原さとみ、織田信成、紗栄子、中山秀征、小堺一機、aiko、西島秀俊、西野カナ、加藤浩次、吉田羊、神木隆之介、夏目三久、星野源…俎上に載せられる芸能人は実に様々。いくつになってもテレビが大好きなので、毒と愛が絶妙に混じり合った解釈に大いに共感したり、そういう見方もあるのねと感心したり。
    そして、ハセガワシオリさんによる「ほのかな悪意を込めたことがわかる」(と、武田氏があとがきで述べていた)イラストもまたツボで、似顔絵に添えられた一言に、時々噴いた。
    スパスパッと斬っていくコラムも痛快でいいけれど、このように「迂回に迂回を重ねていく手法」も、なかなかにたまらないものです。いやー、テレビウォッチがますます楽しくなる。

  • 「テレビを見ていて感じた芸能人へのわだかまりを、じっくり炙って可視化し、精いっぱい受け止める。頼まれてもいないのに、力の限りで寛容する。」(「まえがき」より)

    インターネット情報マガジン「cakes」での連載、「ワダアキ考 〜 テレビの中のわだかまり」の中から選りすぐりの記事を書籍にまとめたもの。
    「cakes」の、武田さんのこの連載は大好きでたまにチェックしていたのだけれど、有料会員登録をしていないので、一部期間限定で無料公開されていたものを除けばほとんどの記事が全文を読むことができずにいたもの。まとめて読めるのは嬉しいし、楽しみにしていた。が…、なんだろう、途中でおなかいっぱいになっちゃった感じ。テレビを長時間見過ぎた時みたい。なんなら胸やけを起こしそうな予感さえしてきたので、結局パラパラと斜め読みしてしまった。
    やはり、もともと週に1本くらいのペースで読むべきものなのかも。

    武田さん、仕事とはいえこんなにテレビをたくさん見ていて気持ち悪くならないのかなぁ、と心配になった。(そういう私は仕事でもないのに見てるけど。)
    4〜5ページの記事が53本。日本に住んでいるほとんどの人にとって、名前と顔が一致する程度には著名な芸能人たちがずらりと「餌食」になっている(笑)。だって各人のファンの方が読んだらかなりご立腹になられるであろうほどに、スパイスの効いた記事ばかり。

    まず、のっけから登場するのはEXILEである。EXILEの放つ「外からは何も言わせねぇよ感」を危惧し、論考する。そして、ベストセラー『嫌われる勇気』で繰り広げられたアドラー哲学と対比させ、「闇雲な団結でこんな世界を愛そうと一糸乱れぬダンスを踊る集団」のメンタリティーは、「世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない」とするアドラー哲学と相反する、という結論を導き出す。「誓わなければ粛清される国家ではないのに、こんなにも平和なのに、意思確認の頻度が高い」、「絶対的な忠誠心が前提となっている」集団意識って、大丈夫かい?と問う。

    EXILE以上に危惧されているのは、ファンキー加藤だろう。反知性主義の一歩先を行く、「無知性至上主義」。「彼にはアンチテーゼという心根は少しも備わっていないし、インテリジェンスは敵ではなく、はなから存じ上げていないものだ。そんなもの知らないよ、でもアツいんだぜオレは、で走りきる堂々さがある」と。(辛辣!でも笑ってしまう…)
    「必死に前を見ようとしている人に、こぼれ落ちんなよ、それに、落ちても大丈夫だからな、オレがついているからな」と、「汗をかきながらポジティブな歌詞だけ続けてくる姿に対して、勇気をもらいました、マジで泣けましたと返礼する」ようなコミュニケーションが成立している世界は、「やりがいの搾取」が横行するニッポンの労働環境と関連して考察することができるのではという問題提起。ファンキー加藤的なメッセージは、やりがいを錯覚させることで低賃金・長時間労働を許容させる働かせ方を強引に認めさせる市場で暗躍しているのではないか、という仮説を立て、引き続き要考察としている。
    私自身、ファンキー加藤の音楽をまともに聞いたことがなくて、正直どんな歌を歌っている人なのかもわからない。何年も前の大晦日に紅白歌合戦を家族で見ていたらファンキー・モンキー・ベイビーズが出ていて、熱唱する彼らを見ながら、父が「こういう元気ソングって大っ嫌い」と言い出し、私はなんだかどう反応したらいいのかわからなくて、ただ「あぁー、ねー、うん」とか言っていたというエピソードを思い出した。

    その他、ほとんどの記事は、皮肉ったり茶化したりしつつもその芸能人の魅力を引き出しているものが多い。比較的好意的なものもあれば、悪意の度合いによっては相当エゲツないものもある…。(その方が読むものとしては面白い。)
    ストレートに好意・敬意を示しているのは、黒柳徹子、柳沢慎吾、なでしこの宮間あや、町田樹、くらいのものか。

    個人的に気になった記事は、「ウイスキーを作るべきは華原朋美」かな。スナックが似合う歌姫、華原朋美へ、もっともっと場末感を出していけ!という、好意と悪意が絶妙なバランスで配合された応援メッセージを読みながら、武田さん、本当にうまいよなぁと、笑いをこらえることもせずに感心するばかり。「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」と提唱する雑誌「VERY」の元カバーモデル井川遙と対比させつつ、高級ワイン VS 場末のスナックで流し込む安ウイスキーというメタファーに持ち込むあたりは実にうまい。そこから見えてくるのは、女たちを相変わらず「勝ち組」と「負け組」という格付け構図に当てはめ、分断し、二項対立図式の価値観で縛り付けておこうという「世間」の欲求。あえて「負け」であることを押し出してこそ「勝ち」、いや、すべてを超えて自由になれるということなのか。

  • 今TVで、『毒舌』と言われているらしき芸能人たちを見ても
    ちっとも毒を感じない。
    闇雲に毒を撒いているようで、実は撒くことを許された相手に適量の毒をまいたあと
    解毒剤をたっぷり処方しているような人ばかりだ。
    では、この本の著者である武田氏はどうだろう。
    たぶん、ご本人は毒(それも猛毒)を所持してらっしゃる方だと推察されるのだけれど
    今の世の中、本気で毒を撒き散らしたらどんな目に合うか熟知している著者は
    そんなヘマはやらかさないのである。
    スパッと切り込むようなディスり方はせず
    遠回しにチクチクと悪口を言ってるような言ってないような、
    でもやっぱりよく読んでみると、相当酷いこと言ってるんじゃなかろうか?
    ・・・と、読む者の心にそっと気づかせる程度の切り込み方なのである。
    そのまどろっこしさがこの本の一番の面白さかな。。。
    モノ言えば炎上の今の世の中、
    ナンシー関のような人はもう現れないんだろうなぁ・・・と思うと
    ちょっと淋しくなったのでした。

  • コラムで読んでいたのだけれど、書き下ろしもあるとのことで今さらの購入。
    淡々とした語り口がとても心地よい。
    自分では言語化できていなかった芸能人に抱くモヤモヤを「こういうことだったのか!」と言葉にしてくれる喜びがある。
    もちろん、自分の意見とは違うこともあるのだけれど、押し付けがましい口調ではないので「こんな見方もあるんだな〜」と素直に受け止められた。
    一番のお気に入りは町田樹くんのコラムでした。

  • 芸能人に関する評論を読もうと思ったのは、ラジオによる影響が大きい。
    特に、「東京ポッド許可局」。そこでこの本が取り上げられた訳でもないのだけど。
    新宿のブックファーストに平積みにされていた本書の隣に「芸人最強社会ニッポン」という新書があり、セットで買った。

    「芸人」と「芸能人」、漢字一文字を加えるかどうかで印象が全く変わるこの言葉だが、ここ数年その二つの存在は互いに近づいているような気がする。

    「芸人最強〜」の論旨の一つはコミュニケーションの達人としての芸人の存在がますます重宝され、〇〇芸人化もしくは専門家の芸人化が起きているという流れを提示していた。

    だから、今まで「芸能人」の中に「芸人」が収まっていた構図が、逆に芸人的なふるまいを求められる芸能人という形になっているのではないだろうか。大衆とコミュニケーションする上で芸人化せざるを得ない状況の進展により、上手く芸人化できる要素を持つ「芸能人」が残っていく。

    この本のサブタイトルに「テレビの中のわだかまり」とある。この本の中には一部芸人が出てくるものの、昨今芸人が多くテレビに出ているにもかかわらず、松本人志、ネプチューン名倉潤、森三中、加藤浩次と4つのタイトルだけであるというのは、「芸人最強~」の論旨を補足しているように感じた。
    つまり、わだかまりを与えない円滑な大衆とのコミュニケーションを果たすのが芸人であるという特性上「芸能人」のわだかまりを語る上で、そのひっかからなさを浮かび上がらせてしまった。
    本書の面白さとは別の側面で感想を書いたが、同じタイミングで買った本と妙なマッチングをするものだと感じた次第だ。

  • <目次>(略)
    <内容>
    新進気鋭の評論家の芸能人分析集。内容はともかく、今日芸能人を分析するのは大変だ、というのが感想だ。なんせ本に立ちの本、CD、NV、SNSなどをくまなく目を通しておく必要もあるし、編集者自身が、誰かのオタクである可能性も(著者の場合aikoが…)。もちろん、さまざまな視点での批判ができるようにTVも見なくてはならないし、新聞や雑誌にも目を通すのだから、ケツが痛くなるに決まっている。


    逗子市立図書館

  • 笑ったー笑ったー( ´ ▽ ` )
    面白かったぁー‼︎
    TRFとか涙出るほど笑った(^○^)‼︎
    知性を感じるユーモア好きだ‼︎

  • ジェンダー

  • 利害関係のない部外者が漠然と抱いている印象を文章にしてくれた、という本。
    なので仲間内でのおしゃべりとか、SNSなんかでは散々見かけるけど、印刷物とかでは読んでなかったな!これ出して良かったんかwwwという感想。
    そう、でもよくぞ言ってくれた!感も強い。
    私女芸人さん苦手な人多いんだけど、セクハラを受け入れてネタにしてる人がダメなんだよね〜。
    いや、ほんとに乳揉んだら逮捕しよう…

  • 芸能人評。取り上げているうち、わからない人、興味ない人に関してはもちろんわからないし興味ないんだけど、知っている人に関してはわりと自分の認識と一致するかな。でも、何だか論説にはしり過ぎというか、人物の一点を取り上げてそれに論説を合わせるところに紙幅を割き過ぎな感じ。
    1編目でしっかり読んだせいか、わりと最近同様の論(ライブのMCが敬語など妙に行儀がいい)に触れていたせいかEXILE論にはなるほど。彼らはヤンキー系のようだけど、「暴力団」から「暴力」を取れば「団」であるように長幼を大切にする秩序だった集団・グループなのだということ。こういう人たちが世の中ウケするということと最近の日本の空気って重なるなあと思った。自分の意思とかあまり大切にせず、集団のなかで目立たずぬくぬく恩恵を享受していこうという感じ。

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著者プロフィール

1982年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年よりライターに。著書に『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論――テレビの中のわだかまり』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』(晶文社)などがある。

「2019年 『往復書簡 無目的な思索の応答』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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