宮本常一と土佐源氏の真実

著者 :
  • 新泉社
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784787763310

作品紹介・あらすじ

民俗学者宮本常一の、土佐に生きた博労の男の生と性の遍歴を描いた名品『土佐源氏』(岩波文庫『忘れられた日本人』所収)には、隠された原作が存在していた。秘密の地下出版物として、著者不詳のまま世に出た『土佐乞食のいろざんげ』である。土俗の性文学の傑作ともいうべきこの原作と、学的な装いをととのえて我々の前にある民俗誌の名作『土佐源氏』の間には、宮本の"文学への夢"と民俗にかかわる、どのような心の真実と闇が秘められていたのであろうか。

感想・レビュー・書評

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  • ・今年1月、坂本長利の一人芝居「土佐源氏」が初演から50年、公演回数は1170回になるといふ記事(『高知新聞』)があつた。その記念公演が行はれたのはつい先日の3月末、地元檮原町のゆすはら座であつたといふ。これは、つまり、この一人芝居が地元に受け入れられてゐることを示すのであらう。そんなことを思ひながら井出幸男「宮本常一と土佐源氏の真実」(梟社)を読んだ。巻末に資料が2篇載る。その一つが「下元サカエ媼聞書」である。これは一人芝居の原作たる宮本常一<土佐源氏>の語り手の老人の末娘に対する聞き書きである。この中にこんな質問がある。一人芝居「『土佐源氏』では迷惑を被っていますか?」(334頁)媼の答の要点、「皆あんまりよろしゅう思わんで。子どもが怒るけん。いまはもうなれたから、怒りやせんけんど。」(335頁)更に、坂本から「高知までいま来ておるが、そっちへ行くけに、お墓もあったら参らせてくれ、お寺さんへも法要もしてあげてくれと、電話がかかったことがあるが。」しかし、「もう来てくれるなと。」(同前)断つたといふ。墓参りを断るのだから、これはもう相当なものである。従つて先の問の答はyes、遺族は一人芝居に迷惑を被つてゐるのである。正直なところ、私はこれに驚いた。遺族も受け入れてゐるからこそ地元での公演もできると私は思つてゐた。ところがさうではないのである。「土佐源氏」の記念公演が所縁の檮原町で行はれたのは、むしろ遺族の神経を逆なでしたことになるのではないかと思つて聞き書きを読んだのであつた。
    ・では、なぜこんなことになるのか。それは、宮本常一の〈土佐源氏〉に事実でないことが多いからである。本書はそれを証するために書かれた。全三章、 「『土佐源氏』の成立」「『土佐源氏』の欠落ー強盗亀・池田亀五郎の語るもの」「『土佐源氏』の実像ー学ぶべきは何か」、ここに資料2篇、2は先の聞き書 きである。第一章だけで、宮本が〈土佐源氏〉を聞いた事実そのままを書いたのではないと知れる。しかも、そこにはかなりの記されなかつたこと、いや記され ても削除されたことがあつたとも知れるのである。第三章の結論、「『土佐源氏』は間違いなく宮本常一が生み出した『文学』であり、『土佐源氏』の主人公の本当の実像、それはほかならぬ宮本常一その人に通じるものということになろう。」(249頁)極端な言ひ方をすれば、あれは宮本の創作なのである。宮本に話をした盲目の老人はゐた。山本槌造といふ。確かに檮原の川のほとりに住んでゐた。しかし、乞食ではなかつた。家もあり、家族もあつた。食ひ物を恵んでも らふこともなかつた。先のサカエ媼は、宮本が槌造に話をきいた家で語つた。その頃、槌造当時の水車小屋の遺構が床下に残つてゐたといふ。ここまで書いただけでも一人芝居の台本たる「日本残酷物語」土佐檮原の乞食との違ひは明らかである。そもそも話し手の設定が違ふ。なぜ乞食なのか。これは宮本個人の嗜好の問題であると著者は論ずる。そして、「残酷」以前に〈原本〉があつたといふ。それが資料1「土佐乞食の色ざんげ」である。これは今で言ふポルノである。著 者は「“原作本”を地下秘密出版物として、暗がりの中に放置しておくことはできない」(267頁)からここに載せた。もちろん宮本の作である。これを「当時の出版事情で一般に公刊できるところまで整理したのが「残酷」本であつた。本資料には校異もある。配慮の跡は明らかである。かうなると、資料としての宮本の〈土佐源氏〉の見直しが必要となるのかもしれない。たとへさうではあつても、といふより、だからこそ本書はおもしろい。

  • 宮本常一さんが、土佐源氏の世界を自らの漂泊の旅に重ね、自分自身の女性との実人生での関係を告白するかのようにこの「作品」を書いたという心情がビビッドに伝わってきた。D・H・ロレンス「チャタレー夫人の恋人」そのものの世界であり、そこをモデルにした創作性を感じるのは当然だと思う。「土佐乞食のいろざんげ」という「忘れられた日本人」所収の土佐源氏の原資料を詳しく追究し、モデルとなった人物・山本槌造の娘へのヒアリングも含まれる。宮本氏が民俗学者だけでなく、文学者としても非常に優れていた人であることは、確かにこの作品から痛切に感じるところである。

  • 宮本常一氏の代表作である『忘れられた日本人』の中に収められている『土佐源氏』に描かれた乞食の老人は、宮本氏の心の中で創りだされた人物像という側面が大きく、『土佐源氏』は民俗誌であるというより”文学”であると結論付けている。 確かに学的資料としては取材対象の実態と離れ、正確性を欠くのであろうが、『土佐源氏』は全くの空想だけでは生まれるはずもなく、やはりその地方の人々の生業や慣習や風俗が反映されているのだろうから、一般読者としてはその時代の人々の生活の雰囲気が味わえただけで満足できるのではないだろうか。

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