単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜

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  • 新曜社
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レビュー : 35
  • Amazon.co.jp ・本 (450ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788505285

作品紹介・あらすじ

民族というアイデンティティをめぐる考察。多民族帝国であった大日本帝国から、単一民族神話の戦後日本へ。台湾侵略から100年、戦後50年のいま、明治から戦後までの日本民族についての言説を集大成。

感想・レビュー・書評

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  • ぼくが歴史に詳しければ、もっとちゃんと読み込めたと思うけど、日本の戦前に混合民族の思想があったのは知らなかったので驚いたのと、単一や混合も含めた同胞意識の変な方向の肥大化には、人の善意が暴走した怖さも感じた。

  • 大日本帝国は単一民族の国家でもなく、民族主義の国でもない…我々の遠い祖先が或はツングウスであり、蒙古人であり、インドネシア人であり、ネグリイトであることも学者の等しく承認しているところであるし・・・・
         1942年 総合雑誌

    日本民族はもともと単一民族として成立したものではない。
         1942年 文部省社会教育局
    p3

    1895年に台湾を、1910年に朝鮮を併合
    総人口の3割におよぶ非日系人が臣民として大日本帝国に包含されていた。

    一億火の玉の「一億」は、朝鮮や台湾を含めた帝国の総人口であり
    p4

    国際法学者 大沼保昭
    『単一民族社会の神話を越えて』
    ①江戸時代には藩や村の一員という意識はあっても「日本人」という意識はなかった。そういう意識は、明治維新以後のもの。
    ②日本民族の誕生そのものがユーラシア大陸と南方の島々の種族の移住、混血、雑婚の産物
    p6

    不特定多数の意識を研究したものとして、ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を例に、社会学と歴史学のアプローチのちがいを述べたい。
    p9

    本書は、社会学者からみれば細かすぎ、歴史学者や思想史家には大風呂敷の空論にみえるかもしれない。
    だが、アメリカ社会学会長でもあったI・ウォーラーステインの世界システム論、E・サイードのオリエンタリズムなど、分野をこえて評価をうけているものは多数ある。
    p12

    ジュール・ヴェルヌ『八十日間世界一周』日本人は顔色も容貌も多様である。
    ブルーノ・タウトの日記にも、日本人がきわめて多様な容貌の集合体と書かれている。
    p23

    日本の多くの論者が混合民族論を受け入れたのも、家族制度における血糖のあいまいさと無関係ではないかもしれない。そこでは、イエとしての祖先が連続しているかぎり、血統は二次的である。系譜の長さを誇る名家でも、祖先に養子が入っていることは家計の傷にならない。祖先の評価基準は、血統よりも、どれだけイエに貢献したかである。
    p382

    本書の結論はいたって単純だ。神話に対抗するためには、神話から脱却すること。
    ・・・・
    異なる者と共存するのに、神話は必要ない。必要なのは、すこしばかりの強さと、叡智である。
    p404



    本書は、著者が1994年に提出した修士論文。
    p449

  • 明治中期から戦後までの日本民族論の変換。単一民族論は戦争末期に浮上した論調であり、それまでは先住民族や大陸からの帰化人が融合した混合民族論が主流だった。これを国体に取り込み、朝鮮台湾支配の同化政策を正当化する。なんという身勝手さ。戦局が不利になると途端に単一民族論へ、象徴天皇制論へと翻る。学説の殆どが記紀から派生し、フィクションととるかノンフィクションととるかでどうにでも捻じ曲げる。学者は政治に巻き込まれる。資料の羅列で面白味に欠けるが有意義な読書だった。大日本帝国と同じ轍を踏まぬよう心掛けねばならない。

  • 単一民族という虚構について語るというよりは、殆どが日鮮同祖論についての話です
    多少資料の恣意的な取り上げ方はあると思うが、類書の少なさからいって、出来れば一度は目を通してみるべき本だと思います

  • そもそも、40代でこれだけの論文を書けるものなのか。

    日本人は単一民族か、それとも混合民族か。二つの自画像がどこでどのようにして生まれ、いつ誰に意図され、醸成し、そして「神話」へと成り下がっていったのか。その過程を、著者は膨大な資料を通して丁寧に解いていく。

    「マイノリティの擁護のため生み出されたものが、結果として侵略の論理となるという悲劇があらわれている」

    進歩のナショナリズムが、後に抑圧のナショナリズムになるという矛盾。この矛盾に挑む作業において、あえて主義に染まらず分析に徹した小熊の手法は、単一民族のアンチテーゼとして混合民族論を掲げるような、安易な二項対立では決して到達できない地平からのメッセージである。

    「異なる者と共存するのに、神話は必要ない。
    必要なものは、少しばかりの強さと、叡智である」

    個人レベルではともかく、国というバックグラウンドを背負っての健全な相互関係を模索する上で、これほど示唆的な言葉はない。

  • まるで子供のようだ。日本に到着し、始めて日本人に接した時の、マッカーサーの言葉だ。この言葉の通り、日本人が文明開化をしてからの議論、またその論調の中に、いかに、このことが顕れているかが、この本を読んで理解できた。

  • 「日本人はどこから来たのか?」「日本人のルーツは?」
    「日本人は単一民族か混合民族か?」の言説がどのようにして生まれて、
    どのようにして世論・一般論として形成されて、
    そして常識となって定着して、どのように歴史に影響したかを膨大な資料から検証した本。

    彼の著書に一貫してみられる、
    「過去の人物の言動を、現在の視点から断罪することを避ける」
    スタンスに好感が持てます。

  • タイトル通りの内容です。
    「歴史」は「神話」と親和性を持つことを物語る内容は、とても興味深いです。聞くところに寄ると、この本は著者の博士論文がベースとなっているようです。そのためか、ガツガツと歴史資料が並べ立てられ、取っつきにくい印象があります。ただ、たたみかけるような後半の考察は、とても面白く読めました。なるほど、と。
    近現代日本史、または歴史そのものに興味ある方、どうぞ。

  • ★人間は自分の望む主義主張を信奉し、その時々に応じてまったく正反対の理屈さえこねる。自分を正当化し、自分の行為を強引に肯定するために。戦前から現在に至るまで、この国にずっと一貫しているのは、ありもしない「理想的な自画像」を思い描くためにあらゆる事象を都合よく捻じ曲げていこうとするナルシスティックな傾向が見られるということ。
     ……しかしこれで修士論文だってのもすごいな。去年編纂させてもらった某大大学院の修士論文集の中身のなさとは雲泥の――げふんげふん!

  • 2014.10記。

    日本は単一民族国家ではない、多民族国家である(あるいは日本人は混合民族である)、という思潮はむしろ国家としての版図の広かった戦前のほうが強かった。民族主義的な観点から「日本人は単一民族」と主張した学者の著作は発禁処分になってしまった。
    そして、戦後の一時期、この学者の主張は「軍部の弾圧に耐えながら日本は単一民族国家だと主張した」と解釈され、左派系知識人から大いに支持されたらしい。

    一見自明とも思える「日本人とは何か」、について、江戸時代の新井白石に始まり現代に至るまで、その時代時代において現在の「感覚・常識」とは異なる多くの主張が展開されていたことに驚きを覚える。

    恐ろしく大部だが、興味深い一冊。

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著者プロフィール

1962年東京生まれ。東京大学農学部卒。出版社勤務を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。学術博士。主な著書に『単一民族神話の起源』(サントリー学芸賞)、『<民主>と<愛国>』(大仏次郎論壇賞、毎日出版文化賞、日本社会学会奨励賞)、『1968』(角川財団学芸賞)、『社会を変えるには』(新書大賞)、『生きて帰ってきた男』(小林秀雄賞)、A Genealogy of ‘Japanese’ Self-Imagesなど。

「2019年 『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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