〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

著者 :
  • 新曜社
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レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (966ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788508194

作品紹介・あらすじ

今回は、太平洋戦争に敗れた日本人が、戦後いかに振舞い思想したかを、占領期から70年代の「ベ平連」までたどったものです。戦争体験・戦死者の記憶の生ま生ましい時代から、日本人が「民主主義」「平和」「民族」「国家」などの概念をめぐってどのように思想し行動してきたか、そのねじれと変動の過程があざやかに描かれます。

 登場するのは、丸山真男、大塚久雄から吉本隆明、竹内好、三島由紀夫、大江健三郎、江藤淳、さらに鶴見俊輔、小田実まで膨大な数にのぼります。現在、憲法改正、自衛隊の海外派兵、歴史教科書などの議論がさかんですが、まず本書を読んでからにしていただきたいものです。読後、ダワー『敗北を抱きしめて』をしのぐ感銘を覚えられこと間違いありません。

感想・レビュー・書評

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  •  かなりの力作。いままでの政治思想史では左翼(革新)が民主主義、右翼(保守)が愛国=ナショナリズムを担ってきたというのが定説だった。しかし筆者は50年初頭までは民主と愛国は決して分断された物ではなく、統合された一種の「ナショナリズム」が存在していたという。その代表例が今日では批判的に見られる丸山眞男だったという。
     進歩的知識人、戦中派知識人、戦後知識人で代表的な人物の思想を克明に描き出すことで日本の政治思想の軌跡を描き出すことに成功していると思われる。

  •  戦後日本の思想の流れをまとめた本。「民主」と「愛国」。2つがどうくっつき、どうはなれていったのか?どのようにナショナリズムを形成していったのか?丸山、江藤、吉本、小田などの戦後思想人の分析からつぶさにみていく。
     これらの思想対立は各人の戦争の体験の有無(またはどのような状況下で戦争を体験したか)によってかわっていくことが明らかになった。
     戦後思想の言葉はその時代には適したのかもしれない。しかし、現在はどうであろうか?意味が違うものになってくるはずだ。ここからテクストを読み替え、新たなナショナリズムの意味付けをしていく必要がある。
     靖国、憲法9条、在日、新しい教科書...今日、いろいろな問題が渦巻くが、本書からそのヒントを得られるかもしれない。
     この辺の部分は学校の社会科では飛ばされることが多いので、若い人は特に読んでほしいところ。

  • 子供を育てる中で「イヤなことは無かったことにする」文化に突き当たり、それが何に由来するのか探っていたら「戦後」に辿り着いた。
    自分の暗部を直視して消化することを続けなければ、同じ情景を何度でも繰り返すことになる。

  • 以前挫折したが(長すぎる…)もう一度チャンレンジ。それでも結局1ヶ月くらいかかって読んだ。途中で何度も挫けそうになった。

    55年までの「第一の戦後」の誤解…という理解は、かなり面白かった。「第二の戦後」にあたる人が、自分の生きている時代の言葉に拘束されて過去を批判することに無自覚である、という指摘は、痛快でもあるし、身につまされるものでもあるなあ。気をつけたい。

    多種多様な戦争体験をそれぞれ重視しつつ、なおかつひとつのその時代の「心情」に迫ることは、とても難しいことだと思う。とはいえ、各人バラバラな体験を、追体験していくことの困難さを「第二の戦後」世代の批判として向けつつ、「第三の戦後」世代である著者は、「第一の戦後」世代と「第二の世後」世代の追体験を敢行しようとする。要は、著者が吉本や江藤に「戦争体験がないじゃないか」と批判することは、著者に対しても「お前も戦争体験してないし、安保も体験してないじゃないか」と同じ刃を向けられることを意味していないのだろうか。

    ただ、そういう批判があったとしても、「追体験しようとする営み」そのものが大切なのかな、とは思う。人間の認識は不完全、と著者も書いていたけどそれはまったくその通りで、だからこそ、諦めてしまうのではなく、努力を続けることが、他者とのつながりを生む上でも重要になってくるんだと思う。

    そういうことを書いていたような気もするが、なにせ読むのに時間がかかったので、内容をまるで理解していないのだった…。

    それにしても、史料がたくさんですごい。史料が体系化・理論化されているのかどうかはよくわからんが、とにかくなんだかよくわからんがすごい迫力で迫ってくることは間違いない。鋭利な刃物でスパっと切られる、というより、鈍器でボコボコに殴られる、という感じかもしれない。

  • 丸山真男、竹内好、加藤周一、江藤淳…。「戦後」日本の代表的な知識人の言説のありようを辿ることができます。読後、壮大なストーリーを踏破したような充実感を覚えます。

  • 戦後75年ということで、手に取った
    戦後の思想家たちの群像劇ともいえるだろう。戦争に参加したといっても、内地で食事にも困らない日々を過ごした人もいる。慰安婦の世話や上官の自殺、東京裁判に出頭したものもいる。空襲にあったといっても、本当に空襲を受けた人もいればのと、それを見ていた人でも実感が全く異なる。ただ、戦争参加した人々は戦争中のことを伝えていなかった。それが戦後の人々へ共有されなかったことが歪みを生み、いまにも続いていることが実感できる。
    また構成としては最後の章で鶴見俊輔という知の巨人と小田実という行動派の小説家をとりあげているが、著者が最後にこの二人を紹介することには、明確な意思を感じる。それはこれからの歴史に対しての希望を持ちたいとも考えていたのだろう
    さらに、最後のあとがきを読み終えたとき、この著書にまるで血が通うかのような感覚を覚えた

  • 世代間で原体験がこれだけ異なり、思想や行動にこうも影響を与えてしまうとは、単純に驚きだった。一つ導き出される教訓は、共通の基盤があるとは、単純に思わないことであろう。
    また、言説分析については、初めて良質な実践例を見たように思った。

  • 民主と愛国が同居し、そして対置される。

    それを中心に戦後思想を巡る本。重厚だけど読みやすく、読んでよかった。

    言説という概念は大学のゼミで聞いたことあったけど、なんとなくで卒業したあと、これを読んで腑に落ちた。我々は今ある社会の言葉でしか語れない。そして、第三の戦後である今、民主と愛国、ナショナリズムといったなんとなくで語りがちな概念に、新たな言説を生み出せるのか。

    この本が出されて15年近く。まだその概念に新たな言説は生み出されていない。それとも過去になった時点で、生み出されていたと気付くのだろうか。少なくとも、何となくで使いがちな言葉を鵜呑みにする姿勢では、社会の在り方は掴み取ることは出来ない。

    ベ平連の部分は、社会を変えるには、で読んだ、市民運動のあり方の原型だった

  • 大変に重要かつ素朴なことが二つ描かれている。
    ひとつは、戦後思想は総じて各人の戦争体験に基づいているといこと。
    もうひとつはその戦争体験について、本人の属するジェネレーションや戦争との関わり方の相違により、極めて多種多様であること。他者の戦争体験を無視するがごとく自説を振りかざす姿は、それだけ各人にとっての個人的な戦争体験がヘビーであったことの裏返しである。

    本書は民主と愛国を対置するが、民主と民族へと読み替えたほうが分かり良いのでは。
    本書で述べられていることは、敗戦後の民族の前に、天皇も軍部もアメリカも歴史も、時には国家すら相対化された事実ではないだろうか。

    長らく民主と愛国を対置させてきたのは革新勢力と右翼勢力であるが、唯一民主と愛国を調和しえた勢力は広い意味での保守思想だったように感じた。

  •  考えてみれば、この本が世に出てもう、20年近くたっているわけだけれど、この本が検証した内容なしで、憲法や沖縄を語ることはできないと思うが、レビューがもう2年も3年も書かれていないことに驚いた。
     戦後文学、思想について、かなり網羅的に調べて書かれている労作。分厚いけれど、読みはじめると読み進めることは難しくない。近代史や、現代史に関心を持つ若い人に読んでほしい好著。

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著者プロフィール

1962年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。
専攻は歴史社会学。著書に『単一民族神話の起源』、『〈日本人〉の境界』、『〈民主〉と〈愛国〉』、『1968』(いずれも新曜社)、『社会を変えるには』、『日本社会のしくみ』(いずれも講談社現代新書)など。

「2020年 『日本は「右傾化」したのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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