書物の日米関係―リテラシー史に向けて

著者 :
  • 新曜社
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本棚登録 : 16
レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (406ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784788510364

作品紹介・あらすじ

戦前から戦中・戦後にかけて、大量の日本語の書物がアメリカに渡りました。 それらはどういう経路をへて、今ある場所にたどり着いたのでしょうか。その 移入を担ったのはどういう人だったのでしょうか。彼らの日本語リテラシー (読み書き能力)はどのようにして獲得されたのでしょうか。このような問題 意識から、多くのアメリカの大学や図書館に足を運び、多くの人々への聞取り から、書物をめぐる人々の記憶を掘り起こします。日米開戦、日系人捕虜収容 所、米軍日本語学校、占領下の日本語図書購入、困難な目録化、収蔵と電子化 の問題などの目眩く新事実を「リテラシー史」という斬新な手法によって発掘 し、書物と読書をめぐる分野に新風を吹きこむ力作です。

感想・レビュー・書評

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  • 2011 12/19パワー・ブラウジング。筑波大学図書館情報学図書館で借りた。
    id:negadaikonさんのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/negadaikon/20111112/1321110664)で紹介されているのを見て手にとった。
    戦前、戦中、戦後を通じいかにして日本の書物が米国の図書館に購入、収取されていったか、「日本の書物を読む環境がいかに生まれてくるか」(p.42)を明らかにすることを目的とする本であり、「リテラシー史」の本。
    扱われている内容そのものも興味深いが、それ以上にそれを通じて浮かび上がる「リテラシー史」の試みに興味を持って読み進んだ。
    実体としての「本」の移動・集積とその経緯、結果として生まれる環境に着目する、というのは面白い。色々なアプローチがありうるなあ。

  • 買ったけど、まだ読んでない!

    *2009年7月、著者の講演を聞く*
    <以下はmixiから引用>
    先日、『書物の日米関係 −リテラシー史に向けて』という本の著者の講演を聞きに行った。
    即売会もやっていたので、買ってみた。
    チャリーン。 本体価格4,700円!!
    たっっっか!げっそり(←普段平気で10万円の本とか売ってるくせに、自分が買うとなると2000円以上は高く思うヤツ)

    値段が値段なだけに、本書はプロによるプロのための専門書。内容、濃い濃い。手元にあるものの、まだ全然読めてない(><)
    でもすっっごく面白いテーマなので、ちょっとだけ当日の講演と本の内容を、本人消化不足ながらご紹介。

    これはですね、アメリカの図書館にどれだけの日本語書籍があるかを調べて、それを切り口に、その入手経路、関わった人物や時代背景を探るというものです。他に研究してる人のいない、新しいテーマですね。 なんだろう、国際図書館学史、とでもいうのかしら。

    さて、アメリカにある日本書籍。
    どれくらいあるのでしょうか。
    じゃん。
    議会図書館には、中国語書籍が97万冊、日本語書籍が114万冊あるんですって。(その他にも有名大学、例えば日本研究のさかんなカリフォルニア大、コロンビア大の図書館にもかなりの蔵書があるのだけど、中国語の書籍より日本語のそれが多いというのは議会図書館だけのよう。うぐう)

    なぜこれだけの本がアメリカにあるのかというと、

    一、戦争中、敵国である日本について情報収集をするべく、大学内に陸軍の日本語学校が設置され、そこで学んだ人達が戦後大学図書館の司書や研究者になり、研究の土壌が形勢された

    ニ、戦前から、日系人教授が在籍あるいは日本学(Japanology)講義がある大学が参考図書として輸入していた

    三、GHQの占領時代に、かなりの図書が日本から接収された

    もちろん各大学によって背景は違って、この3つの要因以外にも事情があり、様々な流通ルートを通じて、いろんな職業の人や会社が関わって販売、輸出、はたまた蔵書を行っているのだけど。(例えばロックフェラー財団なんかはかなり投資したらしい)
    おおよそ、おおよそね、こういうことらしいのです。めっっちゃ講演の内容と本の解説を端折ってますがあせあせ(飛び散る汗)

    何が面白いかは、まだまだここからの話。
    なんと、もしかしたら中にすごいお宝が眠ってるかもしれないんですって!
    三井コレクションなんかは多くが戦前、アメリカへ渡ってしまったし、占領時代にGHQによって当時の書籍はかなり接収されてしまった*ために、もう日本には存在しない貴重な資料が所蔵されているらしい。例えば、ジョン万次郎が書いたとされるナントカって本(←バカ丸出しw すみません)が、どうやらアメリカにある、とか。
    ちなみに、70年代まだ当時強かった共産党が、実はアメリカ政府宛に手紙を出してこれら書籍を返還するよう求めているんですね。(結局は失敗したのだけれど)

    しかし、せっかくのお宝(かもしれない)日本語書籍の蔵書を、きちっと書誌を取って蔵書データとして目録を作成できるところってまだまだ少ないから、一体どんなものが、どこにあるのか、まだ情報の整理がついてないんですって。
    そりゃそうだ。アメリカに日本語書籍を扱える図書館司書が何人いるんだって話よ。現代の書物ならまだしも、これが近代以前となると、ネイティブにだって難しいんだから、さらに限られてくるでしょ。
    そこでGoogleブックス。
    http://books.google.com/intl/ja/googlebooks/agreement/
    最近騒がれてますね。アメリカの大学図書館の本を、日本語だろうがなんだろうが、全部スキャンしてネット上で公開するぞ、というサービス。
    (関連業界はカンカンに怒ってるけど、私は、個人的にはそれほど悪いことじゃないと思っている)
    これが始まったら、どうなるのかしらん。
    少しは各大学に眠る日本語書籍の整理が進むのかな。
    しかし、プロの司書でも頭を悩ませる日本語書籍、しかも中には古代のものまであるのを、Googleはさばけるのか?!
    読めないからって、逆さにスキャンして公開しやしないか?
    書誌情報なんか素人がまとめられるのか!?

    何はともあれ、一体どこに何があるのか、その情報が整理されて、人々に伝わる、そして人々がその本と出会って知識を深める。
    学術界にとってこれ以上にメリットのあることはないのだから、どんどん蔵書整理が進むといいですね。

    最後に、参加者の一人の言っていた言葉を引用。

    「日本の書籍なんだから返せ、というのは違うんじゃないか。
    アメリカに渡ったからこそ、保存され、確かに現存しているんじゃないか。もしその本が戦後のどさくさに日本にあったら、果たして今日まで存在したかどうか?
    返還を求めるよりは、今日まで保存してくれたことに感謝し、どこが所蔵する、しないを問題にするのではなく、どこに何があるのかという所蔵状況が公開され、閲覧を可能にする、そこにこれからは力を注いで行くべきだ。
    本は何語で書かれようと、どこの国に収められようと、全人類共通の財産なのだからぴかぴか(新しい)」
    ステキステキハート達(複数ハート)

    そして、我思う。その所蔵情報を合理的に伝達し、閲覧することを可能にするのがインターネットでありGoogleであるのなら、これは歓迎すべきではないか?

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著者プロフィール

1965年、高知県出身。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。著書に『読むということ』(ひつじ書房、1997年)、『メディアの中の読者』(ひつじ書房、2002年)、『書物の日米関係』(新曜社、2007年)、『越境する書物』(新曜社、2011年)、『読書の歴史を問う』(笠間書院、2014年)など。

「2014年 『五十嵐日記 古書店の原風景』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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