管理される心: 感情が商品になるとき

  • 世界思想社教学社
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  • Amazon.co.jp ・本 (323ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784790708032

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  • サービス労働における労働者の感情動員という問題を、「感情労働emotional labour」という語によって初めて提起した画期的研究とされる。
    生産労働においては、労働者が生産するものは生産物の目に見える状態であるが、20世紀に著しく増大したサービス労働においては、労働者が生産するのは、顧客の満足という心の常態である。そのような労働において、労働者は相手の感情を操作するとともに、自分自身の感情をもまた適切に管理することを求められる。
    サービス労働のこの側面を詳しく研究するために、ホックシールドが主な観察対象とするのは、航空会社の客室乗務員たちである。そのほとんどが中流階級以上の白人男性である顧客の好みに適合するように、会社は「優雅な礼儀作法と人間的なもてなし」を兼ね備えた理想像として南部の白人女性のイメージを宣伝し、それに沿って労働者を採用し訓練する。彼らが私宅の応接間で女主人に迎えられたと感じられるように、客室乗務員たちは「心からの」笑顔で対応するよう求められるのである。ホックシールドは、客室乗務員たちが、航空会社が顧客に売り込む幻想と、顧客からの身勝手な期待、競争激化による過重労働、会社による管理統制という矛盾する要求に対応し、あるいは抵抗するために、いかに自身のアイデンティティも使いこみながら、他人と自分の感情を操作しようとするかを詳細に描き出している。
    さらに、相手の中に恐怖や動揺を引き起こすようふるまう集金人の事例も検討される。これは客室乗務員とは対極にあるが、会社の統制下において、自己の感情を管理しながら他人の感情を操作する、ある程度マニュアル化された対人サービス労働を行うという点では同じである。ホックシールドによれば、保育士や医師、弁護士、外交官といった専門職もまた感情労働を行うのであるが、彼らは雇用者の直接的統制に服すかわりに、非公式な職業規範と顧客からの期待を参照しながら自己統御を行っている点で異なるという。
    ホックシールドの議論における重要な点は、サービス産業における感情労働の組織化に先立って、人々は私的領域において、階級やジェンダーによって異なるかたちで、感情管理の技術をある程度発達させているという指摘である。ホックシールドはこれを「贈与経済」のモデルで説明する。すなわち、人々はたんに集団のルールに沿って感情をやりとりするのではなく、権力や権威の不平等な配分に応じて、感情をやりとりするのである。権力を持つ者は自己の感情を抑える必要なく好きなままにふるまったり、あるいは他人を自己の権威に服従させるような感情の操作を行うだろう。一方、資源と権力を持たない者(その多くは女性)は、経済的援助と引き換えに自己の感情を資源として利用せねばならず、時には自分の深層感情を変容させようとさえする。他人から自身の感情を尊重されないことに慣れること、地位の高い相手に適切に表敬するために女性たちが私的領域で身に着けた技術は、自然な「女らしさ」として公的労働の領域に流用され、サービス産業の資源として利用されるのである。客室乗務員の女性に「ハラスメントに対する我慢強さ」が想定されていたという指摘は、同じ時期、生産労働の新国際分業の展開において、途上国の女性たちの「器用な指」が自然化され、動員されたという指摘を思い起こさせる。「資本主義が、感情を商品に変え、私たちの感情を管理する能力を道具に変えるのではない。そうではなく、資本主義は感情管理の利用価値を見出し、そしてそれを有効に組織化し、それをさらに先へと推し進めたのである」(P.213)。
    この議論では、資本主義による組織化に先立って、人々はすでに私的領域において。自己の感情を管理し操作する主体として現れている。だが一方で、ホックシールドは、感情労働に従事する親が、その規則に則って子どもを教育するとも述べていた。中流階級の子どもは、自分が他の人にとって重要な存在であり、したがって感情規則に従って自己の感情を管理することが成功への道であることを教え込まれるのに対し、下層階級の子どもは、自分が他人にとってとるに足らない存在であり、感情の管理よりも行動の管理が必要であることを教わると。こうした主体化のプロセスは、アルチュセールが指摘したように、すでに近代資本主義の中に書き込まれているとは言えないだろうか。
    ホックシールドの専門は社会心理学なので、サービス産業や資本主義の変容にはあまり注意が払われておらず、私的領域における感情管理についてもやや自然化しすぎているのではないかという気もするのだが、高度資本主義社会と主体化という観点からも、非常に興味深い。
    1983年に原著が出たこの研究は、主に1970年代のアメリカにおけるサービス労働を対象としていたが、資本主義はいっそう個人の主体の統制を深めてきている。多くの著作も出ているが、その原点にあたる本著は、今でも読む価値がある。

  • スタニスラフスキィの「俳優修業」が出てきたのには驚いた。が、演技の見事さ、美しさ(コクラン派)からイマジネーションを訓練し、感情から滲み出る演技をシステム化した彼の手法は今でも標準的な演劇手法として用いられており、ここに出てきても不思議では無い。

    接客において、感情を一定に調整される事が求められる実態の報告書。それを分かりきっているサービス業で、感情労働から来る問題にどう対応するべきかのレシピはこの本には無い。ただ、下記の文からその深刻さは分かるのではないだろうか。
    「工場労働に携わる少年の腕は、壁紙を創る機械の部品のように働いていた。雇い主は少年の腕を一つの道具とみなし、その速さや動き方を制御する権利を主張した。この状況では、少年の腕と精神との間には、どのような関係があるのだろうか。彼の腕は、ほんとうに彼自身の腕だと言いうるだろうか?」

    さて、職場で適切な「感情」が教育される時、人は表面上の感情からその空虚さに耐えられず、内面の感情自体まで調整する(顧客の態度に苛立った時、きっと相手にも嫌な事があったに違いないと想像してみるとか)。それが一つの商品として行われるなら、少年の腕よりパラドックスは深刻ではないか。つまり、あなたの感情は本当にあなたの感情だと言えるのだろうか。その時、アイデンティティに危機を覚えない人がいるだろうか。

  • 感情労働→何のために働くのか?
    ケア 
    感情は外的要因に左右されるという認識はただしいのか?

  • 感情労働を理解するには必須

  • 心をこめたサービス提供を受けていると客に感じさせるために、サービス提供者が自分の心理を操作する。操作方法についての聞き取り調査結果など。遺族も世間に対して「平気な顔」を作る必要がある場合には心理を操作する。しかし、サービス産業のように外部からのプレッシャーというわけではない点で異なる。

  • 「感情」を社会学の視座から見つめなおした現代古典の一つ。読むのに疲れる><

  • ちょっと見てみたい。

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