災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)

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  • 世界思想社
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784790715412

作品紹介・あらすじ

原発存続vs.原発廃止-国民的合意形成は可能か。「絶対安全」と言われたフクシマ原発事故の原因は、技術体系と責任制度のミスマッチにあった。技術の暴走はなぜ起こり、どうすれば止められるのか。原発事故の原因究明から復興の倫理まで、未来世代への責任という視点から原発問題を考える。

感想・レビュー・書評

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  •  3.11を経験した哲学者が,これまでの安全性工学に欠けていた視点を明らかにしてくれます。
     これまでに読んだ,震災関連,原発事故関連の本とは違った視点で語っているところが,哲学者らしいです。が,加藤さんたち哲学者は,これからの日本の進むべき道を教えてくれるのだろうか…と考えると心許ないです。学者たちに働きかけて欲しいなと思います。
     個人的には,板倉聖宣さんの名前が出て来たのにビックリしました。

  •  例えばロシアンルーレットというゲームで、あなたは1/6の確率で死ぬが、生き残った場合に1億円がもらえると想定しよう。ゲームの条件としてあなたの命を1千万円としたとき、期待利益は8,166万円となる。数字だけ見れば、このゲームは絶対に得である。だがだからといって、あなたはこれを進んでやろうとするだろうか。
     これは、確率論が人間の実際の生活態度とは一致しないという一例だが、工学における安全評価には、この確率論が著しく重用されている。「確率論的安全評価システム」は最高度の合理的予測であり、安全技術の基本概念であるが、このシステムそのものに事故の原因を見出せることが、福島原発事故の本質ではないかと本書は問う。
     相反する要素がせめぎ合う原発問題という袋小路で、それでも視野を公平に、透明に保とうとする著者は、「現代技術は、技術が自然のバランス維持機構そのものを破壊する形で成り立つように」なり、「破壊されても元どおりに戻る力を、もはや自然はもっていない」と焦慮しつつ、「確率論的安全評価」の、その先を見据えようとしている。

  • 推薦理由:
    環境倫理学が専門の哲学者である著者が、東日本大震災による福島原発事故について、技術や体制など様々な問題点を考えてその原因を追求している。安全をどう捉えるか、事故と責任についてどう考えるかなどが論じられており、原子力発電の問題について色々な視点で考えることができる。

    内容の紹介、感想など:
    福島第1原発の事故はなぜ起きたのか。事故直後に繰り返し発言された「想定外」とはどういうことか。
    日本の原子力関係者、電力会社、行政機関、研究者などは、「事故が起きる確率はゼロではないが非常に小さくなるように設計されているので、日本では大きな原発事故は起こらない」と予測していた。この「確率論的安全評価」の考え方は、安全対策のコストをなるべく低く抑えるため、小さなリスクのために多くの安全対策をとるべきではないとする危険な傾向がある。この考えに従えば、数百年1度の地震、起こる確率の低い大事故などは「想定外」ということになるだろう。
    原発事故のような過度の損害を与える「異常な危険」には無過失責任(故意や過失が無くても責任を問われる)を適用するという法律論で、事実上リスクゼロにするように要求されているにもかかわらず、原子力発電所の安全の設計原理には確率論に基づく概念が使われている。この点が、福島原発事故の制度的な原因であると著者は述べている。
     著者は、原子力発電のコスト問題、安全性評価への疑問、原子力ムラの異常な体質、国家と原子力の関係、情報の操作や隠蔽などのコミュニケーションの問題などについてどのように考えるかを、哲学者の立場から提示している。そして、原子工学と確率論、刑法過失論、地震学などの異なる学問分野の間の関係を繋ぎ、社会生活にとって重要な問題について理性的な国民の合意形成が行われる条件を追求するのが、現代における哲学の使命だと述べる。最終章「復興の倫理」の、「東日本大震災が、まず困っている人、弱い人を無条件に助けるという原則を日本人の中にもっと強く根付かせる結果になってほしいと思う」という著者の言葉が印象的である。
     著者の意見を参考に、福島第1原発事故がどのような社会構造によるものなのか、これからの日本はどうするべきなのかを考えてみて欲しい。

  • (2012.03.27読了)(2012.03.16借入)
    【東日本大震災関連・その64】
    東日本大震災の際の福島原発事故に関連して、関連する諸学問(確率論、警報過失論、地震学、合意形成論、倫理学)と原子力工学についてどんなことを明確にしていかないといけないのかをスケッチ的に概観した本だろうと思います。

    【目次】
    まえがき
    第1章、自然の合目的性について
    第2章、原子力発電のコスト
    第3章、確率論的合理性の吟味
    第4章、「安全」と「安心」の底にあるもの
    第5章、過失責任と無過失責任
    第6章、「原子力ムラ」の存在
    第7章、国家と原子力
    第8章、情報とコミュニケーション
    第9章、原子力問題に関する国民的合意形成は可能であるか
    第10章、復興の倫理
    参考文献
    あとがき
    初出一覧
    索引

    ●避雷針問題(11頁)
    避雷針問題という論争がフランクリンの時代にあった。「落雷は神の人間への懲罰であるから、それを避けることは神の意志に背く」という主張をめぐる論争である。今日的には、神=自然の究極の合目的性という代入を施して議論することができる。「洪水は自然の究極の合目的性の現れであるから、それを防止することは自然の究極の合目的性に背く」という議論を今日でも持ち出す人がいる。そこに「落雷」「地震」「津波」「生物種の絶滅」を代入して、同様の議論を語ることができる。
    ●カントの地震論(12頁)
    リスボンの地震(1755年11月1日)があって、「人間のおごりに対する神の懲罰だ」とか、さまざまな意見が飛び交ったときに、地震の因果性を科学的に説明し、神学的には「地震から神の意志を知ることはできない」という議論を組みたてて、世論の健全な方向づけに貢献した。
    (2011年3月14日、石原慎太郎都知事が「大震災は天罰」と発言。)
    ●三陸の鉄道(15頁)
    私(著者)が東北大学に在籍していた頃、三陸地方を旅行したとき、明治三陸津波の後に鉄道ができたので、津波の被害を避けるために海岸線から高い位置に線路が作られたという話を聞いた。
    ●「偶然とは何か」(51頁)
    いま読まなければならない一書は、竹内啓『偶然とは何か』である。確率論の示すモデルと現実に遭遇する事実とはどういうずれ方をしているかという観点から、偶然をとらえている。
    竹内は原子炉事故だけでなく、大型コンピュータや情報システム、全面核戦争、金融危機でも「確率を事実上ゼロにすること。「許容リスク」はゼロ」を主張している。
    ●自由主義(70頁)
    大人が馬鹿なことをやっても放っておけ。他人に迷惑をかけることは規制してよい。他人に迷惑をかけない限り、何も言うべきではない。
    ●安全と安心(74頁)
    「安全は技術によって保障される客観的状態であるが、安心はコミュニケーションによって獲得される主観的状態である」
    ●安全性は専門家に(80頁)
    「危険と安全は経験的にほとんど判断することができない。食品の安全、家屋の安全、大気の安全など、あらゆる安全性は専門家による測定によってしか判断できない。安全の情報依存性が基本的な特徴となっている。したがって、専門家による正しい情報を提供することは、国家の国民に対する完全義務である」
    ●原子力工学と地震学(108頁)
    地震学者や防災学者には、原子力工学者が非常に無理なことを行っているように見える。一方、原子力工学者からすれば、地震学をどれだけ信用してよいかわからない。地震学は変化の激しい若い学問である。
    ●東海村はアテネ型民主主義(125頁)
    「東海村の実態は上と下が全く別々だということです。まるで奴隷制度の上に民主主義を築き上げたアテネのようなもので、下請けの企業では、従業員に満足な安全教育をしないで危険な作業をさせている。」
    ●事故調査委員会(135頁)
    航空機・鉄道の事故に関して、事故調査委員会を設置することによって、法律的な取り扱いとは別個に、技術的原因の解明に当たるという制度が既に発足している。原子力発電事故に関しても、事故調査委員会制度を発足させるべきだという意見は、非常に多く語られてきた。
    ●未来世代のリスク(167頁)
    受益者負担の原則というのは、「リスクは、それを生み出した行為の利益を受けるものが負担しなければならない」という内容である。単純に考えれば、原子力発電で利益をえていない未来世代の人々にリスクを負わせることは許されないということになる。

    ☆関連図書(既読)
    「21世紀の倫理を求めて」加藤尚武著、NHK人間講座、2000.07.01
    「安全と安心の科学」村上陽一郎著、集英社新書、2005.01.19
    「原発と日本の未来」吉岡斉著、岩波ブックレット、2011.02.08
    「緊急解説!福島第一原発事故と放射線」水野倫之・山崎淑行・藤原淳登著、NHK出版新書、2011.06.10
    「津波と原発」佐野眞一著、講談社、2011.06.18
    (2012年3月29日・記)

  • 書名に「フクシマ」を冠していないため、手に取る人は少ないかもしれないが、リスクと科学と社会の合意形成の問題としてフクシマを捉えている人であれば、必読すべき本だと感じた。哲学の専門書のごときたたずまいの本に見えるが、著者は、倫理学をやさしく表現することで定評があり、本書も叙述は平易であり一般向けの啓蒙書といえる。
    ただし、諸処に書かれたメモあるいはエッセーのオムニバスであるため、統一的な視座を欲する読者には物足りないかもしれない。

    一読した感想。知性というものを信ずるのであれば、フクシマについて乱立する素人談義や俄専門家気取りの粗製濫造本を100冊読むよりも、フクシマ問題の切り口と論点をクールに提示しているこの1冊を読むべきだ、。

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著者プロフィール

京都退学名誉教授

「2012年 『科学・文化と貢献心』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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