現代思想 2019年7月号 特集=考現学とはなにか ―今和次郎から路上観察学、そして〈暮らし〉の時代へ―

  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (230ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791713837

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  • "私は普段漫画を描いているが、故郷であるこの辺りの景色を作品の舞台にすることが多い。記憶のなかの場所を多少無理矢理に具体的な形にしていくという意味では、この文章と漫画の作業の内容は共通するところがある。"[p.81_架空の通学路について]

    「架空の通学路について」panpanya

  • 考現学の意義、歴史、そして今(将来)。石川さん、佐藤さん、飯田さんの論考にいろいろ考えさせられた。

  • (01)
    考現学が学術でなかったとすれば、どのような技術であったのか、と問うたとき、それは魔術ではなかったか、と応答したい誘惑に駆られる。
    本特集は考現学への再考、あるいは再再考を促している。考える角度は様々で、社会学、歴史学、民俗学、建築学、服飾学、文学(*02)など多方に及ぶ。今和次郎や吉田謙吉の考現学がセンセーションを巻き起こした界隈というのが、そもそもアカデミズムへのカウンターでもあったのであるから、本特集でも「学」ではない分野からの批評、すなわち、趣味的で遊戯的な分野、食や録音、コミックから投稿写真まで、切り口はいろいろに考えられている。
    今がたどったその後の展開について、バラック装飾社、家政学、生活学への発展は、いたって真面目なものである。そこには、よい意味での他愛のなさが残っていないだろうか。いたいけなさ、生真面目さは、幼児の遊戯のようでもある。考現学が魔力を放っているとすれば、その根っこには始原児、恐るべき子どもが蟠っているようにも感じられる。今和次郎が、まだ郷里にあった頃、格子を描くことに夢中になっていたエピソードが知られているが、その格子は、彼がその後にたどる軌跡で描いていたタブロオ(絵様)のフレームであったようにも思える。

    (02)
    文学あるいは詩を家政学とあわせて論じた野崎氏の論考や、祐成氏による英国の1930年代のMO(マスオブザベーション)を考現学に並列した論も興味深い。
    人間が人間を記述できるのか、記述できるとすればどのように可能なのか、考現学は近代における人間記述の試みのひとつでもあった。その際の、人との距離、非参与的な観察については、本特集でも何人もの論者によって指摘されている。
    厳密な症例としての離人症ではないのかもしれないが、いわゆる離魂病という状態へどのようにトランスすればよいのか、という試みが少なくとも今和次郎個人において実践されていたようにも思える。それが、彼が青森時代に抱えこんだ個別な事情にも関連するのかについて、今後、新たに論述されることもあるのだろう。
    考現学が夢の記録のような外形を呈し、シュルレアリスムのオートマティスムとも通じるとすれば、そのあたりの今の事情を汲んでおく必要はあるように思える。また、panpanya氏の試論は、このあたりの情況を表しているようにも読んだ。

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著者プロフィール

建築史家、建築家。東京大学名誉教授、工学院大学特任教授、東京都江戸東京博物館館長。1946年長野県生まれ。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。1986年赤瀬川原平、南伸坊らと路上観察学会を結成し『建築探偵の冒険・東京編』を刊行(第8回サントリー学芸賞)。1991年〈神長官守矢史料館〉で建築家としてデビュー。2001年〈熊本県立農業大学校学生寮〉で日本建築学会作品賞受賞。著書に『日本の近代建築』(岩波新書)、『藤森照信の原・現代住宅再見』全3巻、『藤森照信建築』(TOTO出版)ほか多数。

「2019年 『茶室学講義 日本の極小空間の謎』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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