ジョン・ケージ小鳥たちのために

制作 : 青山 マミ 
  • 青土社
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  • レビュー :17
  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791750825

感想・レビュー・書評

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  • 知り合いのサウンドアーティストの方からのおすすめで。
    ジョンケージのサイレンスは禅から来ていたのか…と思うと感慨深い。

  • ユングやロジャーズ、レインをさらにさらに過激に推し進められたら思想はかれが音楽家だったからだろう。芸術のカナリア性を強く受け止めた。

  • 音楽家ジョン・ケージの対談集。禅をはじめとする東洋思想や茸を研究し、自然や環境を思想する深遠な哲学。難解な発言もあるし、音楽の専門的な内容もわかりにくいが、これは、何度も再読したくなるような深い本。

    多少、日本びいきに思える箇所もあるが、ケージがどのように日本を観てるのか、彼の音楽や人生にどんな影響を与えたのかを知ることはとても興味深い。

  • 【目次】

    序にかえて

    ジョン・ケージとの問答
     構造と素材:方法と形態 若い時代の作品 プリペアード・ピアノ 沈黙(サイレンス)の役目 音楽への禅の適用 表現性の彼方へ:偶然の使用 音楽への禅の適用 表現性の彼方へ:偶然の使用 時間の解放 『易経』 いくつかの偶然の出来事(アクシデント)について 関係について 組織化から残るもの 瞬間、持続、反復 自己の超克 エレクトロ・アコースティック技術と〈ライヴ・エレクトロニック・ミュージック〉 空間の重要性〜『ミュージサーカス』 ハプニングの正しい使い方について アナーキーと有用なもの(ユーティリティ) 最近のいくつかのコンサートについて 反政治  討論


    ジョン・ケージとの十の対話
    第一の対話
    第一歩:ビューリック、カウエル、シェーンベルク 時間の重要性について フィッシンガーと騒音の問題 ヴァレーズに対する隔たり エレクトロ・アコースティック音楽について ソルフェージュの概念についての議論 実験音楽とアナーキー 関係の批判 不確定性とその不安定さ 生成しつつある世界

    第二の対話
    ヴァージル・トムソン 静と動〜どこへも向かわずに 生活としての芸術 生の哲学への反論 スタシスと目的の不在 弟子達 大学 マクルーハン:存在するものへの開かれた態度 無秩序への意志 無心の好機について 円融無礙 無の問題 フラーと3という数 偶然について 鈴木大拙と『荘子』 『易経』について:道教と近代科学 騒音と無為に関する議論 存在するものすべてに対する責任 有用なもの(ユーティリティ)の重要性 豊かさと不敬 自由と実在

    第三の対話
    インドの美学思想と感情理論 普遍性への道〜受容 クーマラスワミへの敬意 マイスター・エックハルト アラン・ワッツについて:極東の正しい使い方 バックミンスター・フラー賞讃 マルクス主義からの異議 討論:アナーキーの意味  ソローの例 牢獄批判 詩的生活の必要:ノーマン・ブラウン 技術に対する態度 言語に適用された不確定性:『ソロー・ミックス』 『デュシャンに捧ぐ』 文字主義(レトリスム)について 〈無限の可能性を秘めた詩〉 『サイレンス』から『ア・イヤー・フロム・マンデー』まで 文字におけるモザイク形態または偶然 ジョイスの意義 声による音楽:キャシー・バーベリアンと『ソング・ブックス』 非-線形(ノン・リネアリティ)

    第四の対話
    デイヴィッド・テュードア:演奏家と作曲家 テュードアとの演奏旅行 作曲における自己の排除 『ヴァリエーションズII』の仕事 時間を解放する方法として考案された記譜法について 演奏者の蜂起 空間の意味:重視された作品と非-線形(ノンリネアアリティ)的構造 録音についての批判:『ヴァリエーションズIV』 『カートリッジ・ミュージック』について 対象物(オブジェ)から過程(プロセス)へ ライヴ・エレクトロニック・ミュージック:構想と演奏に関する問題

    第五の対話
    『HPSCHD』:レジャレン・ヒラーとの合作 プログラミングの難しさ コンピューターにかけられたモーツァルト 『チープ・イミテーション』 『ピアノのためのコンサート』について:異なったものの集積 サーカスの状況 クセナキスについて 開かれた状態〜偶発性 会話と伝達 ラ・モンテ・ヤングとフェルドマンについて:対象物(オブジェ)-音楽  過程(プロセス)の謎 言語の音楽家 テリー・ライリーについて クリスチャン・ウォルフ賞讃 コンセプチュアル・アートのこと 経験を選り分けることはできない〜『ヴェクサシオン』の逆説 ヴィトゲンシュタインを巡って

    第六の対話
    画家との関わり:ラウシェンバーグとマーク・トービー カリグラフィズム 書法技術の変遷 『記譜法(ノーテーションズ)』:水族館 マース・カニンガムとの共同作業 空間:共存と同時性 ブラック・マウンテンでの最初のハプニング アルトーと音楽の演劇化 ハプイングのいろいろな種類 カプローとヒギンズ 白南準 『レユニオン』とゲームの思想 『三十三と三分の一』 観客参加:『ニューポート・ミックス』『ローツァルト・ミックス』『ヴァリエーションズV』 ジャズとフリー・ジャズ サン・ポート・ド・ヴァンスでの『ミュージアム・イヴェント』について〜『カンフィールド』 ロック賞讃

    第七の対話
    『チープ・イミテーション』:不確定性の消失? 音楽における他者の存在 デヴィッド・テュードアへの敬意 自我(エゴ)を超えた多数のために フランスでの状況について ピエール・ブーレーズとの交際 個人主義 愛と落着き サティへの愛着 『ソング・ブックス』の主題:サティとソロー ストーニー・ポイントでの生活 菌類学 麻薬と同胞愛

    第八の対話
    視覚的効果と映画音楽 『HPSCHD』における音と映像 『HPSCHD』の録音 パリでの『ミュージサーカス』と組織の意義 秩序と無秩序:シュトックハウゼンとクリスチャン・ウォルフ クセナキスについて 日本と日本の音楽 徳への招きとしての音楽芸術について 聴く修練 フラー式大学へ向けて 経済と営利に逆らって 〈行為〉と生産性のもたらす害

    第九の対話
    〈ゼロの時間〉と沈黙(サイレンス) 作品とゲーム 規則に逆らって〜〈祝典(レセプション)〉 これからの作品 秩序と無秩序の両立について 『易経』と分子生物学 豊かさ〜量と質 世界に住む 金銭の役割り すべてはすでに考察された 多領域にわたる交流について 灰皿に内在する生〜『ヴァリエーションズVII』について エレクトロニック・エンツァファログラフィー音楽 シュールレアリスムとダダイズム リズムと非整合性

    第十の対話
    ケージにもっとも感銘を与えた10冊の本 ノーマン・ブラウンの重要性 性の問題 新道家思想について 音楽と環境(エコロジー)の一致 環境(エコロジー)と体制 音楽、均衡、事物の調和 アンリ・プッスールの改良主義について 主観性の超克 音楽の世界化 革命とシナジー


    あとがき
    ジョン・ケージ年譜
    訳者あとがき

    *****

  • 【目次】

    序にかえて

    ジョン・ケージとの問答
     構造と素材:方法と形態 若い時代の作品 プリペアード・ピアノ 沈黙(サイレンス)の役目 音楽への禅の適用 表現性の彼方へ:偶然の使用 音楽への禅の適用 表現性の彼方へ:偶然の使用 時間の解放 『易経』 いくつかの偶然の出来事(アクシデント)について 関係について 組織化から残るもの 瞬間、持続、反復 自己の超克 エレクトロ・アコースティック技術と〈ライヴ・エレクトロニック・ミュージック〉 空間の重要性〜『ミュージサーカス』 ハプニングの正しい使い方について アナーキーと有用なもの(ユーティリティ) 最近のいくつかのコンサートについて 反政治  討論


    ジョン・ケージとの十の対話
    第一の対話
    第一歩:ビューリック、カウエル、シェーンベルク 時間の重要性について フィッシンガーと騒音の問題 ヴァレーズに対する隔たり エレクトロ・アコースティック音楽について ソルフェージュの概念についての議論 実験音楽とアナーキー 関係の批判 不確定性とその不安定さ 生成しつつある世界

    第二の対話
    ヴァージル・トムソン 静と動〜どこへも向かわずに 生活としての芸術 生の哲学への反論 スタシスと目的の不在 弟子達 大学 マクルーハン:存在するものへの開かれた態度 無秩序への意志 無心の好機について 円融無礙 無の問題 フラーと3という数 偶然について 鈴木大拙と『荘子』 『易経』について:道教と近代科学 騒音と無為に関する議論 存在するものすべてに対する責任 有用なもの(ユーティリティ)の重要性 豊かさと不敬 自由と実在

    第三の対話
    インドの美学思想と感情理論 普遍性への道〜受容 クーマラスワミへの敬意 マイスター・エックハルト アラン・ワッツについて:極東の正しい使い方 バックミンスター・フラー賞讃 マルクス主義からの異議 討論:アナーキーの意味  ソローの例 牢獄批判 詩的生活の必要:ノーマン・ブラウン 技術に対する態度 言語に適用された不確定性:『ソロー・ミックス』 『デュシャンに捧ぐ』 文字主義(レトリスム)について 〈無限の可能性を秘めた詩〉 『サイレンス』から『ア・イヤー・フロム・マンデー』まで 文字におけるモザイク形態または偶然 ジョイスの意義 声による音楽:キャシー・バーベリアンと『ソング・ブックス』 非-線形(ノン・リネアリティ)

    第四の対話
    デイヴィッド・テュードア:演奏家と作曲家 テュードアとの演奏旅行 作曲における自己の排除 『ヴァリエーションズII』の仕事 時間を解放する方法として考案された記譜法について 演奏者の蜂起 空間の意味:重視された作品と非-線形(ノンリネアアリティ)的構造 録音についての批判:『ヴァリエーションズIV』 『カートリッジ・ミュージック』について 対象物(オブジェ)から過程(プロセス)へ ライヴ・エレクトロニック・ミュージック:構想と演奏に関する問題

    第五の対話
    『HPSCHD』:レジャレン・ヒラーとの合作 プログラミングの難しさ コンピューターにかけられたモーツァルト 『チープ・イミテーション』 『ピアノのためのコンサート』について:異なったものの集積 サーカスの状況 クセナキスについて 開かれた状態〜偶発性 会話と伝達 ラ・モンテ・ヤングとフェルドマンについて:対象物(オブジェ)-音楽  過程(プロセス)の謎 言語の音楽家 テリー・ライリーについて クリスチャン・ウォルフ賞讃 コンセプチュアル・アートのこと 経験を選り分けることはできない〜『ヴェクサシオン』の逆説 ヴィトゲンシュタインを巡って

    第六の対話
    画家との関わり:ラウシェンバーグとマーク・トービー カリグラフィズム 書法技術の変遷 『記譜法(ノーテーションズ)』:水族館 マース・カニンガムとの共同作業 空間:共存と同時性 ブラック・マウンテンでの最初のハプニング アルトーと音楽の演劇化 ハプイングのいろいろな種類 カプローとヒギンズ 白南準 『レユニオン』とゲームの思想 『三十三と三分の一』 観客参加:『ニューポート・ミックス』『ローツァルト・ミックス』『ヴァリエーションズV』 ジャズとフリー・ジャズ サン・ポート・ド・ヴァンスでの『ミュージアム・イヴェント』について〜『カンフィールド』 ロック賞讃

    第七の対話
    『チープ・イミテーション』:不確定性の消失? 音楽における他者の存在 デヴィッド・テュードアへの敬意 自我(エゴ)を超えた多数のために フランスでの状況について ピエール・ブーレーズとの交際 個人主義 愛と落着き サティへの愛着 『ソング・ブックス』の主題:サティとソロー ストーニー・ポイントでの生活 菌類学 麻薬と同胞愛

    第八の対話
    視覚的効果と映画音楽 『HPSCHD』における音と映像 『HPSCHD』の録音 パリでの『ミュージサーカス』と組織の意義 秩序と無秩序:シュトックハウゼンとクリスチャン・ウォルフ クセナキスについて 日本と日本の音楽 徳への招きとしての音楽芸術について 聴く修練 フラー式大学へ向けて 経済と営利に逆らって 〈行為〉と生産性のもたらす害

    第九の対話
    〈ゼロの時間〉と沈黙(サイレンス) 作品とゲーム 規則に逆らって〜〈祝典(レセプション)〉 これからの作品 秩序と無秩序の両立について 『易経』と分子生物学 豊かさ〜量と質 世界に住む 金銭の役割り すべてはすでに考察された 多領域にわたる交流について 灰皿に内在する生〜『ヴァリエーションズVII』について エレクトロニック・エンツァファログラフィー音楽 シュールレアリスムとダダイズム リズムと非整合性

    第十の対話
    ケージにもっとも感銘を与えた10冊の本 ノーマン・ブラウンの重要性 性の問題 新道家思想について 音楽と環境(エコロジー)の一致 環境(エコロジー)と体制 音楽、均衡、事物の調和 アンリ・プッスールの改良主義について 主観性の超克 音楽の世界化 革命とシナジー


    あとがき
    ジョン・ケージ年譜
    訳者あとがき

    *****

  • ジョンケージについては今まで名前や音のない曲の作曲家として知っていたが、あくまでも現代アートのジャンルに繋がる少し奇抜な人物だという印象を持っていた。本書においてはジョンケージによる対談の内容によって厚生されているが、実に興味深かく内容ある一書でありジョンケージの印象が改まった。
    ジョンケージの説く内容は表面上の音楽よりもさらに幾層も深い音楽領域の話、裏付けとなるものが東洋の禅の影響などが深く関係し既存の音楽領域よりも新たな領域の発見となっている。ジョンケージという人物は一部の音楽好きや現代アートファンのみに認識される人物だが、本書は音楽を少しでも聞く人間にとっては確実に新たな発見をもたらしてくれる一書だ。

  • 時代が時代なのか、禅やら荘子やらの哲学の話から果てはマルクス主義やら政治の話にまで右往左往する内容で、いささか取っつきにくいなーという感触の対談本です。
    ジョン・ケージの応答は終始一貫して「音そのものを聴く」ことをひたすら説いており、読み進めていくうちに意味するところが掴めるかと思います。通読した後には「4分33秒」などの作品も なんとなしに理解できる...気がします。

  • もう一度読む。

    何回も読む。

    一度読んだだけではもったいない本だ。
    ものを作る人にとってはあらゆる示唆に富んだ本であり
    音楽を鑑賞する側からみても興味深い。
    あらゆる読み方ができるしどの読み方をしても面白い稀有な本。

    というわけで私もまたもう一回読みます。

    全然飽きません。

  • 別に音楽好きでなくても、好きな事にこした事はないんだけど
    楽しめると思う 別に音楽に限定して物事を考えてないjohn cage の思想がそのまま、その辺りに表れている様に思う
    ぼくは、彼の言う時間と空間の概念がとても好きだ
    それは、彼の友人である フラーやマクルーハンも自分が好きだからとも言えると思う。
    表現とうものは、一方的に私たちに届いてしまう
    構築的に順序立てて作られたものは、その順序通りに読み取ることしかできずに、一方向的に私たち届いてしまう
    しかし、彼はその考えを変える事を提案する。

    文字はちょっと小さめだけど、全部対談だから 意外と時間がかからないで読めるので、ぜひ
    ちなみに、この本の題名 john cage pour les oiseaux (ジョン・ケージ 小鳥たちのために)はちょっとした言葉遊びになてるらしく、cage とは鳥籠を意味する単語らしいのです
    で、荘子が道の体験を説明する時に
    私たちの根源的な姿への回帰と言うこの体験は『小鳥を鳴かせずに鳥籠にいれる』ような事だと言ってるらしく、そんでこの言葉も言葉遊びになっていて、
    [『名が余計であるところに還る』、つまり沈黙に、自明の王国に還る事。名と事物が一体になっているところに還る事、名付ける事が存在する事である王国に還る事、詩へと還る事]ということも意味する
    で、題名に戻ると 『小鳥たちのための鳥籠』とも理解でき、それは上記に繋がる
    この題名には、そのような意味が備わっているようです
    そのあたりからも、この本が音楽のみを語る本でなく
    彼の思想を語る本である事が表明されているのです。
    そして、それゆえにほかの芸術概念の基礎に
    この人の思想があるといっても過言ではない
    でも、mozartになりたかったらしいけどね
    だから、mozartのほうが奥深いのか?

  • もうずいぶん昔に読んで、すごく印象的で自分にとってのエポックメーキングになった本のひとつです。また、読み返してみようかと思います。ただ、読み返してみるのが怖い気もします。

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