免疫の意味論

著者 :
  • 青土社
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  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791752430

作品紹介・あらすじ

「非自己」から「自己」を区別して、個体のアイデンティティを決定する免疫。臓器移植、アレルギー、エイズなどの社会的問題との関わりのなかで、「自己」の成立、崩壊のあとをたどり、個体の生命を問う。

感想・レビュー・書評

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  •  でたらめな思い込みや陰謀論が跋扈しているのが社会の実相だと思いますが、ワクチン接種について考える時に、まず読み直すべき名著にして基本文献です。文章も素晴らしい。落ち着いて「免疫論」の基本に戻る時期になっているのではないかとぼくは思います。

  •       ―20081023

    自己と非自己を識別するのは、脳ではなく免疫系である。「非自己」から「自己」を区別して、個体のアイデンティティを決定する免疫。臓器移植、アレルギー、エイズなどの社会的問題との関わりのなかで、「自己」の成立、崩壊のあとをたどり、個体の生命を問う

  • 1993年発行でその後新しい事実も発見されているだろうが、非常に興味深い内容であった。全12章、伝染病の感染から身を守るしくみである免疫系が「自己」と「非自己」を区別する仕組みを中心に書かれている。第一章は人工キメラ動物の脳が免疫系から攻撃される話、つまり精神的自己(脳)が身体的自己(免疫系)によって排除されることを論じている。臓器移植のハードルについても詳しい。要するにヌタウナギあたりから自己の細胞と非自己の細胞を区別するしくみがあり、細胞の表面にMHCと呼ばれる標識の分子があって、これで免疫系が自己と非自己を分けており、移植はMHC(ヒトの場合はHLAという)が適合しても免疫系を生涯にわたって弱らせないと成功しないそうである。第二章は非自己を認識するT細胞などの話、T細胞は「胸腺」で教育され、自己と反応するものは厳しく排除され97%は「胸腺」からでてこないそうである。T細胞はマクロファージなどがとりこんで表面に提示した抗原をみつけ、骨髄由来のB細胞につたえ、B細胞はプラズマ細胞に変化し抗体をつくりだすそうである。この際に遺伝子が特殊な使われ方をしているそうだ。第三章は、イェルネという学者が提唱した免疫のネットワーク説の話である。第四章は白血球の間で情報を媒介するインターロイキンの話で、免疫系だけに話が収まらず非常に広範で「混沌」ともいえる化学物質のネットワークができあがっている話。第五章は著者の視点である「超システム」としての免疫系である。つまり、変化しつづける自己を参照し、自己を更新していくシステムのことだと思う。「動的ゆらぎ」と似ていると思う。第六章は老化と免疫系、基本的には免疫系の制御がにぶり、自己を攻撃していくのが老化だそうである。第七章のテーマはエイズである。エイズが細胞に自己を複製し、頻繁に変化しながら免疫の攻撃をさけ、最終的に「自己」の境界を崩壊させるまでを書いている。第八章はアレルギーである。免疫が過剰に攻撃を行うのがアレルギーなのだが、大人の喘息にはアレルゲンが特定できないものがたくさんあること、プラスティックや夫の精液で全身症状がでるなど、痛ましいアレルギーの例が紹介されている。第九章は消化器と免疫系のかかわりである。胃腸は解剖学的には身体の外部で、外界が通過する場所である。そこを免疫系がどう守っているのかということが書かれてある。免疫系は臓器をもたないが、消化器と関わりが強いようだ。このあたりは中国医学の現代医学に対応臓器がない「三焦」をイメージした。第十章は自己免疫症つまり免疫が自己を攻撃する病についてである。たとえば牛乳を直接血管に注射すると強いアレルギーがでて、死にいたることもあるが、消化器からとりいれれば免疫系は「寛容」になるそうである。牛乳のアレルゲンであるタンパク質は最終的に血液中に相当量あふれるのに消化器から取り込めばアレルギーは起こらない。この不思議な「寛容」のしくみはまだ分からないそうである。第十一章はガンやナチュラルキラー細胞の話で、ガンがいかに免疫の攻撃をかわすかが書かれている。ガンは胎児の細胞のようにHLAという標識をなくし、免疫から逃走するそうである。最終章は免疫系の行動としての自己、HLAをどう認識しているのかという話である。免疫の行動が自己の境界をさだめているが、その境界は非常に限定的だという結論である。全書をつうじて難しい内容が興味深く語られており、名著だと思う。また、人体の不思議に改めて驚嘆した。

  • 科学の先端と文学の接点を書いた本としては古典に近いこの本。多田先生の講義を殆どサボっていたこともあり、20年くらい積読になってたんですが、自炊して読みました。さすがにちょっと古いですけど、それでもまあ面白かった。この領域の最近の作品を読みたくなったのがいちばんの収穫かもしれません。

  • 恩師の著書です。
    20世紀の終わりごろ、複雑系、生命科学などがはやりました。生命科学の中でも、脳、ヒトゲノム計画、免疫はHOTな分野でした。当時はまじめな学生ではなかったのですが、あらためて読み直し、当時を懐かしく思いました。

    免疫系の正常な機能は、それぞれが担当する細胞が分子レベルで自己・非自己を認識することにありますが、自己は「カチ」としたイメージのものではなく、あいまいなものな様です。
    特に「ネットワーク説」は、興奮して読みました。

    免疫学の教科書とはまったく違った、本です。

  • 学生の時読んで歯が立たなかった本。なんでこんな平明な本に難渋していたのか、自分の愚鈍さには驚くけど、そんなものですよね。古い本だけど、今読み直しても学ぶことは多い。それは免疫の「意味」を問うているからで、「こと(データ)」を語っていないからだと思う。

  • 中村修先生推薦

    人間の体の神秘さが科学的な裏付けをもって語られている名著です。脳と対立することもある免疫システムのことや「女性は存在そのものであるが、男性は現象に過ぎない」という達観が印象的でした。人間はまだ未完成で本質的な欠陥を数多く持ち合わせている存在であることに不気味さも感じました。

  • 免疫学の第一人者である著者の1993年の著作。
    免疫とは「自己」と「非自己」を見分けて非自己を排除する営みであるということを出発点に、免疫機能の仕組み、HIVウイルス(免疫不全症候群)、アレルギー、老化現象、自己免疫、寄生虫や癌のこと等々に話は至る。
    まるで哲学書でも読んでいるかのような深淵さに雑誌「現代思想」の連載をまとめたものと知ってなるほどなと。
    我々の体内の小宇宙とも呼ぶべき驚くべき現象世界にワクワクしながら読み進んだ。本書にはノーベル賞学者の利根川進や本庶佑も登場し、当時の日本免疫学界の充実ぶりもうかがえる。
    読み通してあらためて思うことは、人間(生物)が自身では全く意識することなしに、このような驚くべき生体組織を進化させてきたということだ。このような精密で複雑で合理的な営為(不可思議で非合理的に見えることもあるとはいえ)はやはり人間の想像力構想力を遥かに超えていて、創造主の意思、所業としか思えない。医療や科学に限らず自然科学は何かを全く新しく創造するというよりは、自然世界の原理法則を発見してそこに応用を加え未知の技術を開発していくものだと思うが、そういうダイナミズムも感じられて読んでいてワクワクさせられ、また哲学的で文学的な語り口が大いに好奇心を刺激してくれる。ただ少々古い本なのでアフターコロナの最新の知見も得たくなった。

  • どのようにして免疫細胞が自他認識をしていくのかという内容です。免疫細胞は異物や細菌、ウィルスに対して排除しようと攻撃するのはもちろんですが、自分の細胞を誤って過剰に攻撃してしまうことがあります。自己との境界線を付けられず、あるいは境界線の引き方次第で、外部から入ってきた無害なものや自分にまで過剰に反応しようとしてしまうのは、人間関係やこの社会にもどこか似ていると思います。

    【紙の本】金城学院大学図書館の検索はこちら↓
    https://opc.kinjo-u.ac.jp/
    図書館・請求記号 491.8/Ta16/イ

  • 知的好奇心を刺激するってことで読み始めたものの、電車の中で読むにはいささか難解すぎた。でも得るものが多い。こんな成果を上げた多田さんも他界してしまった。命っていったいなんだろうね。

    ・身体的に「自己」を規定しているのは免疫系であって、脳ではないのである。
    ・「胸腺」こそ、「自己」と「非自己」を識別する能力を決定する免疫の中枢臓器なのである。
    ・人間一人の中には、約二兆個の免疫細胞があり、ほぼ1キログラムの重さになる。脳の細胞の総数より多い。~すなわち一千万種類もの異なった交代分子の有機体として免疫系は存在するのである。
    ・プラトン的に言えば、我々が認識できるものは、我々がすでに知っているものに限られる。知らないものを認識できるはずがない。そうだとすれば、認識の起源は何か。それは「自己」をしることである。
    ・造血幹細胞は骨髄細胞中に計算上十万個に一個の割合で存在する。しかし~造血幹細胞を完全に区別することは未だに不可能で、依然として幻の細胞である。
    ・変容する「自己」に言及しながら自己組織化をしていくような動的システムを超システムと呼びたいと思う。~それを正確に規定することが出来れば、生物学の基本原理のひとつになるのではないかと思う。
    ・老化の悪性なところは、生体機能の様々な部分が一様に低下していくなどと言う生やさしいものではないことである。~ある機能は低下し、ある機能は突出して高く、しかも両者が相互依存的に動く。
    ・それならば、老化動物に若い動物の胸腺を移植すれば老化を防止できるだろうか~しかし、移植された胸腺はまもなく老化動物のそれと同じように退縮してしまう。胸腺を退縮させる老化のプログラムが老化動物の中で密かに働いているのである。それはどこに書かれているのだろうか。~その所在は今のところ全くわからない。
    ・人間はどこまで「自己」なのか。「自己」と「非自己」の境界は明確なのか~「非自己」は「自己」の延長線上にいる。~その曖昧な「自己」を保証するものは何だろうか。生命は基本的にこの曖昧さから逃れられないのだろうか。
    ・「自己」は免疫系の行動様式によって規定される。そうすると「自己」というのは「自己」の行為そのものであって「自己」という固定したものではないことになる。

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著者プロフィール

多田富雄(ただ・とみお、1934-2010) 
1934年、茨城県結城市生まれ。東京大学名誉教授。専攻・免疫学。元・国際免疫学会連合会長。1959年千葉大学医学部卒業。同大学医学部教授、東京大学医学部教授を歴任。71年、免疫応答を調整するサプレッサー(抑制)T細胞を発見、野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞など多数受賞。84年文化功労者。
2001年5月2日、出張先の金沢で脳梗塞に倒れ、右半身麻痺と仮性球麻痺の後遺症で構音障害、嚥下障害となる。2010年4月21日死去。
著書に『免疫の意味論』(大佛次郎賞)『生命へのまなざし』『落葉隻語 ことばのかたみ』(以上、青土社)『生命の意味論』『脳の中の能舞台』『残夢整理』(以上、新潮社)『独酌余滴』(日本エッセイストクラブ賞)『懐かしい日々の想い』(以上、朝日新聞出版)『全詩集 歌占』『能の見える風景』『花供養』『詩集 寛容』『多田富雄 新作能全集』(以上、藤原書店)『寡黙なる巨人』(小林秀雄賞)『春楡の木陰で』(以上、集英社)など多数。


「2016年 『多田富雄のコスモロジー』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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