彼女の「正しい」名前とは何か―第三世界フェミニズムの思想

著者 :
  • 青土社
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レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791758418

作品紹介・あらすじ

西洋フェミニズムの「普遍的正義」の裏に、異なる文化への差別意識がひそんではいないか-。女性であり、かつ植民地主義の加害者の側に位置することを引き受け、「他者」を一方的に語ることの暴力性を凝視しながら、ことばと名前を奪われた人びとに応答する道をさぐる、大胆にして繊細な文化の政治学。

感想・レビュー・書評

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  • 著者:岡真理(現代アラブ文学)

    【メモ】
    ・出版社PR
     “「他者」の呼びかけに応えるために  西洋フェミニズムの「普遍的正義」の裏に、異なる文化への差別意識がひそんではいないか――。女性であり、かつ植民地主義の加害者の側に位置することを引き受け、「他者」を一方的に語ることの暴力性を凝視しながら、ことばと名前を奪われた人びとに応答する道をさぐる、大胆にして繊細な文化の政治学。”

    ・著者(出版社HPより)
    岡真理(おか・まり)
    1960年生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。カイロ大学留学、在モロッコ日本大使館専門調査員、大阪女子大学専任講師などを経て、現在、京都大学教員。専攻は現代アラブ文学/第三世界フェミニズム思想。著書に 『棗椰子の木陰で』(青土社)『記憶/物語』(岩波書店)などがある。

    【目次】
    序章 彼女の「正しい」名前とは何か 
      ある 「出会い損ね」 をめぐって 
      オリエンタリズムと二重のジェンダー化 
      女性であること、パレスチナ人であること 
      「サバルタン」 と表象の暴力
    序章付記 他者の「名」を呼ぶ、ということ 

      I 「第三世界フェミニズム」 とは何か
    1.1 「第三世界」と「西洋フェミニズム」 
      「西洋フェミニズム」の罠 
      第三世界の第三世界化
      「先進的」 世界の野蛮さ
    1.2 カヴァリング・ウーマン、あるいは女性報道 
      「支配」としてのクリシェ
      語られる女たち
      二重のプロジェクト
      ホスケンによる「女性割礼」批判の植民地主義
      「抑圧的なイスラーム」という抑圧的言説 
      「ことば」を聞き分けること
    1.3 「女性割礼」 という陥穽、あるいはフライデイの口 
      他者を物語ること
      自らの身体をめぐる抵抗
      アリス・ウォーカー『喜びの秘密』の没歴史性
      記号化される女性と抵抗の「文化」
      他者に代わって語ることへの禁欲
      フライデイ/ショアー ――表象不能の真実
    第I部付記 文化という抵抗、あるいは抵抗という文化 

      II 発話の位置の政治学
    2.1 「文化」をどこから語るか 
      「ニュートラルな語り」は存在するか
      「『ナヌムの家』は日本人を糾弾してはいない」?
      「女性割礼は文化ではない」?
    2.2 「グローバル・フェミニズム」の無知 
      「普遍的人権主義」は普遍的か
      私たちは何を知らないのか
      「同じ女」であるということ
      自己の加害性を問わずに「連帯」は語れるか
    2.3 置き換えられた女たち 第三世界の女のエクリチュール ――トリン・T・ミンハを中心に 
      「第三世界の女のエクリチュール」と私たちの視線
      位置を明確に意識しながら、差異を生みつづけること
      置き換え=移動の戦略の可能性と危険性
      他者にとどく声をもつ者ともたない者
    第II部付記 ポジショナリティ 

      III 責任=応答可能性
    3.1 蟹の虚ろなまなざし、あるいはフライデイの旋回 
      なぜ刑事は引き金を引いたのか
      被害者としての同一化
      空虚さの回避
      フライデイとともに
      秘められた声
    3.2  Becoming a Witness ――出来事の分有と 
      「共感」のポリティクス
      二つの「共感」
      「慰安婦」への共感と国家への共感
      他者の苦痛に同化すること
      アーレント――他者の苦しみの証人となること
      非力さにおける共感
    3.3 転がるカボチャ、あるいは応答するということ 
      小説という形式の植民地主義的欲望
      カナファーニーとパレスチナ難民の実践的関係
      テクストの誤配、そして対価なき応答としての贈与
      不意うちのメッセージ
      呼びかけられた者が書く主体になること
      『ナヌムの家2』――「撮る/撮られる」関係の転倒 
    第III部付記 〈出来事〉の共振 

    終章 「他者」 の存在を想い出すこと 

    あとがき 
    引用文献 

  • (まぁ半分ぐらいしか読んでないのだけど、半分読めば、後は大体同じような話しが出てくるのでお腹いっぱいになってしまう)

    いわゆる「第三世界フェミニズム」というものについて、(その呼称の問題点も含めて)論じている本。特に、いわゆる「女子割礼」について批判を加える「西洋フェミニズム」の独善性や暴力性を、ポストコロニアリズム的視点から批判的に論じている。

    著者の明晰、かつ文学的な文章が堪能できる良書。

  • 「私」とはなんなのか。
    この本を読むと、発話の位置を巡る不断の問いかけにさらされる。
    とりわけ、第Ⅲ部責任=応答性(レスポンシビリティ)の章が興味深い。
    他者の言葉を「代弁」によって奪うことなく語ることは確かに困難だ。
    片方の手で他者の口を塞ぎ、もう片方の手を自分の口に添えて声をあげる人間の姿を妄想した。
    言葉と発話の位置の権力性について、私はもっと思考を練らなければならない。

  • ハッとして、ドキッとして、読んだ一冊。

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著者プロフィール

1960年生まれ。京都大学教授。専攻はアラブ文学、第三世界フェミニズム思想。著書に『記憶/物語』(岩波書店)、『彼女の「正しい」名前とは何か』『棗椰子の木陰で』(以上、青土社)、『アラブ、祈りとしての文学』(みすず書房)など。

「2012年 『火によって』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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