網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティ

  • 青土社
3.25
  • (6)
  • (14)
  • (50)
  • (5)
  • (1)
本棚登録 : 208
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791760091

作品紹介・あらすじ

爛熟した消費社会の申し子たる『オタク』という特異な主体の在り様をめぐって、東浩紀と各界の最強の論者が繰り広げる言論のバトルロイヤル。ネット∴ライヴ∴書籍とメディアを横断して展開された妄想と闘争の記録。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • オタクややおいを巡ってのヒリヒリするような鼎談が実に面白い一冊。15年近く前の本なのでどうかな、と思ったが、現代日本社会のセクシュアリティを考える上でとても刺激的。

    サブカルってきっと、感情やセクシュアリティに直結していて、語るのが難しい。でもだからこそ、著者の東浩紀が言うように、社会状況を反映させてもいるはず。

    この本を読むと、95年以降に青年期を迎えている人たちはみな、ジェンダー・パニックをうちに秘めているのではないかと考えさせられて、自分のジェンダー違和感も、実は大部分の人がサブカルに逃げ込んだ要素を現実に生きてしまっているだけなのかもしれない、という気さえしてきた。

    現代日本のジェンダーに関する議論をもう一度洗い直す必要性を強く感じる一冊。

  • 拾い読み。オタク言説が女性にまつわる言説と似ている、という小谷さんの指摘と、斎藤環のラカニアン言説の胡散臭さと、セクシュアリティと暴力の問題と、あと腐女子はn個の性にいき、男の子のオタクは0個の性にいく、というはなしがおもしろかった。あずまんの性に関するアプローチは一貫して生殖を基盤にしており、それを見ながら、自分の性に関するアプローチの角度がどんなものか考えていた。いずれにせよ、興味深いところは多々あれ、上の世代のオタク論には(論者の性別を問わず)あまり共感できない、ということを確認。

  • 全体は2部で構成されており、第1部には2001年のシンポジウム「網状言論F」でおこなわれた発表を記録が、第2部には東浩紀、斎藤環、小谷真里の鼎談が、収められています。

    第1部では、東浩紀、斎藤環、小谷真里のほか、永山薫、伊藤剛、竹熊健太郎の3人が文章を寄せています。編者の東によれば、このシンポジウムは「斎藤氏と編者のような抽象に流れがちな論者の立場に、オタク系文化の最前線で活躍される人々からのナマの声をフィードバックしよう」とする試みとのことです。こうした試みが真摯な意図に発していることはもちろん理解できます。ただ、永山のような人たちには、東や斎藤らの理論的な試みに対する応答ではなく、彼らが現場で培ってきた知恵を、直接語ってほしかったという気がします。

    他方、第2部の方はおもしろく読めました。この鼎談を企画した東の意図は、小谷にジェンダー論の観点から東と斎藤に対する批判を語ってほしいというものだったようですが、じっさいには小谷と斎藤が東に対峙するという構図になっているように思えます。ただ、この鼎談を通して、東の「動物化」の概念の射程、とくにセクシュアリティの問題を直接に扱わないことがどのような意義を持つのかということを、把握ことができたのは収穫でした。

  • 何度目かの再読。
    今関心のある、表現規制についての部分を中心に拾い読みをしています。

    ・P69『・・・もちろんアニメファンにして~遥かに低い数値になるでしょう。』の辺り、今読み直すと『ゼロベクレル』を目指すはなしと似たものを感じる。「ゼロ」であるべきなのに目指さない事からして悪い、と信じる人に「それは科学的な正しさとは違う」という事を、なんと言ったら納得してもらえるのだろう。納得されなくとも折り合う点を見つけることが出来るのだろうかと、考えてしまった。また、自分も親としての立場に戻った時に、どんな言葉なら折り合えるのかと考えると、何も見つけられなくて立ち止まってしまう。
    ・「倒錯はファシズムに対する抵抗」というテーゼとか、理解したいけれども頭が追いつかない場合はどうしたらいいのでしょうかね(涙目)誰かに聞くにも、雑な質問であるのは自分が理解しているからこそ、何とか自力で理解を深めたいのだけれども、先ずどうしたらいいかの手掛かりが見つからず途方に暮れたまま放り出しそうです。放り出すわけにはいかないので何とか読み解きたいと思いますが。

    この本に限りませんが、関連書籍とかの紹介が欲しいなあと思う本にボチボチ出合います。引用や参考文献、ではなく、アノ章のソレについてならコレ、の様な手引き的な案内があるとありがたいな、と。

  • 個人の思考が低下する、全体主義的な流れが動物化?
    ポストモダンはデータベース的。
    インターネット。世界のどの部分を読み込むかによって小さな世界像をいくらでも作れる。

    物語の優位からキャラクターの優位へ、作家性の神話から萌え要素のデータベースへ。

    大塚氏の物語消費

    データベース消費。一方に設定や要素のデータベースがあり、他方でそれらを適当に組み合わせて小さな物語を作るという二層構造。

    小さな物語に一喜一憂。
    孤独でコミュニケーションがない。
    同時に大きなデータベースを介して柔軟にコミュニケーションをとる。

  • ”おたく”について6人が各々別の角度から分析、考察したもののまとめ。おたくとはなんぞ、またおたくにはたらいてる心理ってなんなのかなど、自らの経験なども含め話されている。のだが、ある程度の哲学的考えだったり、おたく用語(といってしまっていいのかわからないが)、漫画・アニメ・ゲーム知識がないとついていけず、簡単においていかれてしまう(苦笑)

  • やろうとしてることはわかるけど、うまくいってないねえって感じ。
    結局何がいいたいかったんだ?

  • ヲタク・やおいとセクシャリティとの関係、ポストモダンというもの、についての勉強になった。

  • 社会的コンテクストからみたオタク・オタク文化

  • 東浩紀の「動物化するポストモダン」及び、斉藤環の「戦闘美少女の精神分析」によって切り開かれたオタク論について様々な意見を論じたもの。

    途中難しい表現、特に小谷真理のフェミニズムに立脚した論はわかりにくいところがあったがおおむね理解できる部分が多かった。しかしながら、私自身がきちんと読んでいないせいか納得はできるものの、だから?と思ってしまった。
    私にとっては思ったより発展性がない領域かもしれない。

全12件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

東浩紀(あずま ひろき)
1971年東京生まれ。批評家・作家。ゲンロン代表。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。
著書に『存在論的、郵便的』(サントリー学芸賞思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞受賞作)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015受賞作)ほか多数。『ゲンロン0 観光客の哲学』は第5回ブクログ大賞人文書部門、第71回毎日出版文化賞受賞作。

東浩紀の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
村上 春樹
有効な右矢印 無効な右矢印

網状言論F改―ポストモダン・オタク・セクシュアリティを本棚に登録しているひと

ツイートする