魂の労働―ネオリベラリズムの権力論

著者 :
  • 青土社
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (293ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791760688

作品紹介・あらすじ

リストラ、ワークシェアリング、賃下げ、雇用不安…。資本が最優先され、個人が弱体化するこの競争社会をいかにして生き抜くか。グローバリゼーション、ネオリベラリズム、公共圏、管理社会、介護など、現代思想の最重要キーワードを軸に、消費社会の権力ゲームがはらむ様々な矛盾をえぐりだし、まったく新しい労働論を打ち立てる。

感想・レビュー・書評

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  • 決して良文ではないが示唆に富むフレーズを含む。

    ○産業労働者が自己の労働を自己の感情とは切り離すことにできる商品として扱うのに対して、介護労働や感情労働に従事する者は、介護される側(顧客)との長期的・短期的な信頼関係にコミットしているがゆえに、十全にその感情労働を商品化することができない。

    ○些細なことながら、患者からの依頼を繰り返し受け入れるならば、慣行化し労働強化につながる。他方、患者の介護の質を尊重するなら、単に切り捨てることもできない。
    ‐労使関係に顧客との関係が介在するため、感情労働に従事する者は、労働を自己から切り離したり労働条件を改善するために対決するインセンティブが削がれる。

    ○検査で品質は作れない。品質は工程で作り込め、という「精神」

    ○アンダークラスの社会的排除「否認」 ゲーテッドコミュニティ

    ○生産者社会から消費社会へ
    消費が審美的価値を得て新たな美徳にさえなる。
    →この消費社会において貧困であるとは何を意味するのか
    「消費者の天国には独特の手ごろな地獄が待ちかまえている」
    労働倫理が支配的な社会では、何かしら忙しそうにすることで取り繕うことができたが・・・
    「貧困の犯罪化」貧困それ自体が悪とされ排除される

    自己責任‐リスクを受け入れよ−のスローガンとともに若者に向けられるメッセージは、明らかに矛盾したダブルバインドのメッセージ。
    「あらゆる長期計画を放棄せよ」
    「不確実な未来を臨機応変に積極的に切り開く人間たれ」
    →結局、宿命論に流れざるを得ない

    アンダークラスの状況−リフレキシビリティの喪失

    身体管理における自己責任論の出現
    健康に対するリスクは外からやってくるものだったのが、今や内側からやってくるものとみなされつつある。
    →予防的な行動を取るという個人の能力を反映しているのだ。
    もはや、自分自身ですら、本質的に安全で確かな場所ではなく、リスクの源泉、あるいはリスクそれ自体であるとすら言える。

    正規雇用層と非正規の不安定雇用層との階層分化
    非合理な格差という以上に、この非合理性を基盤としてかろうじて保たれている「正規」の自己肯定の揺らぎと不安。
    −自分たちの労働には価値はなく、むしろ遊んでいる者の労働のほうに価値があるとしたら??
    怠け者のほうが生産的であるとすれば??
    …まじめな者たちに実存的不安を引き起こす。

    しかし、限りなく怠慢と勤勉の境界はあいまいになってきている「遊び」が生産的となりうるから。

  • 十年ぐらい前に出て話題になっていた本。で、なんとなく読む気が起きて読んでみたのだけど、なるほどと思った。

    ここで、述べられていることは、現在読むと、ある意味で当たり前の議論になっているところが少なくないように思う。この本の後で出てきた諸々の「新自由主義批判本」では、こうした内容がまずもって踏まえられていることが多いように思うし、先にVOL界隈の本を読んでいたので、本書の内容はあまり違和感がない(もう少し言うと新規性がない)。それはつまり、今でもこの本に書かれている内容がアクチュアルだということでもある。

    「現代思想」に寄稿された論文が元になっているせいか、(結論部が)やや難解なものがあるが、決まりきった議論で落ち着いてない分、刺激的でもある。

  • 読了:2010/08/04 図書館

  • 図書館

  • 「私たちは働くべきだ」というネオリベラリズムのワークフェア言説は、若者にじっさいに勤労意欲を喚起させることを本気で狙っているわけではない。やりがいのない、しかも低賃金の労働を若者が率先して行うなど、いったい誰が本気で信じるだろうか。 

    こういった考えは、往々にして食えない。
     この本を手に取った理由は「自己実現」「労働の喜び」「やりがい」これらのポジティブ啓発系の価値観に、自分は決して馴染めないという意味で胡散臭さを感じていたから。題名の通り、本書は労働概念に関する左向きの内容だ。世界は変えられないにしても、自分の位置から見える世界が一体何者なのかは知っておきたい。
     なぜ胡散臭いかっていうと、それがネオリベの策略だから。何でもかんでも自由化で民営化すると、僕らの生活全てが商品としての価値を持つ。介護だって家事だって趣味だって。全てが交換価値を持つとその活動は「労働」となる。介護労働、家事労働、自己投資だって回収を意図している点で立派な労働だ。生活全般が労働概念に覆われるとどうなるか、割り切れなくなるのだ。例を挙げるとサービス業だ。そこには感情労働と単なる労働という両義性が常にある。そしてそこでは「対人ストレス」などの金に換えられるコストがコストとしてではなく、やりがいや充実感といった「特典」として解釈される。ここでポジティブ啓発系が顔を出し始めて仕事として割り切れなくなってしまう。
     この感情労働と単なる労働の両義性は第三次産業にあたるような無形財を扱うビジネスでも顕著になる。(ちなみにクリエイティブ系も含まれる)つまり無形財ビジネスだらけの今では「仕事だから」と割り切ることは生きる事を放棄するのと同じ意味として扱われる。仕事にやりがいを求めず人生に怠惰する人は、社会から疎外される。(製造業の感情労働と顧客主義との面白い関連
    もあるけどめんどくさいから省く)
     「自己実現」「労働の喜び」「やりがい」これらが巷に流布するのは
    ・生活全てに商品価値を与えて、労働概念を作り変えるため
    ・社会から「非生産的な怠け者」を排除して100%労働者を作るため
    ここまでくると、やってられなくなる。全ては右向きの人のルサンチマンでひがみだと著者は看破する。でも著者は異なる労働概念の可能性も指摘している。それが「怠惰ながら勤勉な労働」であり「ポッセ」だ。
    左向きで食えない考えだけど、すこぶる面白いのだ。

  • まず標題の論文がおもしろい、というか、一労働者として考えさせられる。「仕事/プライベート」という二分法が次第に無効化されていく中で、労働者の「労働」はいったいどこに〈搾取〉されていくのだろう……? まさか〈搾取〉がなくなっていくわけではないし、そのあたりの言語化が必要だなあ、と拙く感想を抱いた次第。もっとも、読了からひと月くらい経つので、印象が薄れてしまったのですが……(苦笑)(20071106)

  • ★旧『酔生夢誌』で一度取り上げた覚えがあるけど、ここんとこ訳あってまた読み返しているんで再掲。

  • ゼミの指導教官の書いた本。

    が、まだ読んでない。
    先生ごめんなさいww

  • 分類=経営・経済・労働・新自由主義。03年10月。

  • 烏兎の庭 第一部 書評 1.13.04
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto01/yoko/tamasiiy.html

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