後期近代の眩暈―排除から過剰包摂へ

制作 : 木下 ちがや 
  • 青土社
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本棚登録 : 81
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (426ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791764334

作品紹介・あらすじ

テロリズムへの不安、移民、暴動、厳罰化。仕事やコミュニティや家族の急速な変化。セレブリティとワーキングプア-『排除型社会』で社会的排除を尖鋭に描いた社会学者が、経済的・社会的な不安定さと剥奪感をもたらす「過剰包摂」の問題を摘出し、新たな政治への理論基盤を提示する。

感想・レビュー・書評

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  • 鈍重で安定した労働環境が家族と結婚とコミュニティの安定的構造に支えられながらも均衡を保っていた一見不変の世界。そこからリキッドモダニティへ。規範や制度、社会的カテゴリの流動性。←大量移民、ツーリズム、労働のフレキシビリティ、コミュニティの崩壊、家族の不安定化、文化のグローバル化の進展の一環として仮想現実と準拠点がメディア内部に出現したこと、多量消費社会の衝撃、個人主義と洗濯の自発性の理想化。

    エリック・ボブズボウム『20世紀の歴史』、20世紀後半は未曾有の文化革命を経験した。アメリカンドリーム:あからさまな快楽と物質的成功ではなく、自分探しと自己表出、達成よりも変化と自己実現。高報酬の激務よりも新たな自発性と表出性。

    衝撃の中心軸(3つ)
    日常生活の脱埋め込み。価値多元主義の覚醒。自己実現の達成こそが理想だとする個人主義。

    人間のフレキシビリティと再創造の多大な可能性とともに存在の不安を生み出す。仕事、家族、コミュニティはかつては堅い基礎要素だったが、あてにならない不確かなものとなった。アイデンティティがそして発展と発見の物語を構築することがこれほど重んじられたことは歴史上ない。しかも物語を構築するための材料は極めてうつろいやすく、空虚。

    とりわけ仕事への失望。能力主義、努力に釣り合う報酬と社会移動という観念の拠点だが、これが実現されない。仕事は自己実現の源泉と思われているが、概してそれはひどく退屈なミルである。仕事は自己実現と幸福を喚起して消費主義に大きく貢献するが、虚ろな感覚と果てしない消費を絶えずもたらすもので、その商品は絶えず欺瞞に満ちており、失望をもたらす。本物までもが紛いものに移る。

    矛盾し、逆説的な状況。
    マスメディアは権力の現状を正当化する支配的メッセージを伝えるが、ニュース記事のフィクションでは、世界の眼に余る波状や不正への注意をしきりに喚起する。
    文化のグローバル化はハリウッドの虚飾と価値観を喧伝する一方で能力主義、平等、女性解放の観念をも伝える。他方、それはグローバルに行き渡り内破することで経済的、社会的な境界を超える世界の相互作用と共通性とを際立たせる役割を果たしている。

    脱埋め込み(=流動性)は規制制度の本質を見抜き、現状を正当化する権威への尊重、また富と社会的分業の伝統を放棄する可能性をもたらす。

    アイデンティティー基礎要素が実質を著しく欠いて信用されない社会では、自己啓発、自己発見と個人的成就の理念は成り立ち難い。ーー人々はフィクションの物語に頼るように。メロドラマ、推理小説、ロマンス小説の世界には起承転結があり、その物語には仮想現実とはいえ素材と成就の物語が備わっているから。

    現実の世界では人生の物語はフィクションや先進国ドリームよりも見劣りがする。正当な報酬という点でも社会的な商人という点でも不当だという強烈な感情に縁取られた、一貫性なく分裂した感覚が助長される。

    文化本質主義における他者化のプロセスは根拠が階級であれ、ジェンダー、人種、ナショナリティ、宗教であれ、自己に由宇越的な存在論が与えられており、自己は他者との対比で価値を維持され確実性を与えられている。

    二つの様式の他者化。一つは保守的な悪魔化。他者に否定的な属性を投影し、そうすることによって自分自身に肯定的な属性を与える。もう一つは頻繁になされるが滅多にそれとは認識されないリベラルな他者化。それは他者をわれわれのような素質や美徳が不足しているとみなすこと。(不足は、保守バージョンのような本質的で質的な差異というより、物質的ないし文化的環境や資本の剥奪によって生じるとみなされる。)もちろんこれらの環境が改善されれば、かれらはわれわれのようになるのに、ということ。

    リベラルが他者化するのは貧困層。貧困層は同情され、助けられ、回避されるべき研究対象で、我々とは社会関係はない。貧困層は残余、余分、システムの機能不全。彼らの生活は物質的、あるいは道徳的決定論の産物であり、この決定論が彼らの生活の悲惨と不満足を悪化させている。かれらは創造性、喜び、表現を生み出す拠点でなく、主流世界で当たり前のようにある充足とは対照的な不毛なシナリオを生み出す拠点。圧倒的に「貧困層」から成るかれらはわれわれに比して異質というより物質的道徳的に不利な立場にあるから苦しんでいるのであってわれわれにあるものが不足している。彼らの犯罪はこうした不利な立場から生じているのであり、その立場の不足分を取り戻すための教育と就業機会を通じてそれは改善されるとみなされる。

    保守派は懲罰的、排除的な政策を重視するが、リベラルは教育と社会復帰という包摂的政策を重視する。

    二項対立的認識。

    必要なのはひび割れの政治学ではなく、結束の政治学。

    後期近代のめまいの原因ー社会的地位および経済的地位の不安定。

    不安と心配はどのようにして弱者への共感や一体感ではなく、不寛容とスケープゴートを生み出すか。

    ガルブレイス:「みちたりたマジョリティ」一方は上品で安寧にみちたりた世界、他方は犯罪と暴力に満ちた世界。

    問題を引き起こすのは仕事がないからではなく、働く意思がないからであり、貧困層の依存を引き起こす過剰な福祉国家。働く貧困層が働く富裕層の生活を支えている。それどころか、このような安価な「家事支援」が入手可能なことで初めて夫婦共働きを続けることができる。Gregson and Lowe, 1994

    別の階級の女性を服従させ続けることで、ある階級の女性を解放させる。富裕層のゲットーは貧困層の労働に依存していて、それなしでは存続し得ない。

    インナーシティではジェントリフィケーションが起きている一方で、郊外では逸脱行為が起きている。

    標準的キャリアのようなわかりやすい比較参照点がなく、互いに嫉妬し合う個人主義が亢進して足の引っ張り合いが激化する相対的剥奪感が生まれている。

    第三段階においては他者化され、本質化される人々は社会から受ける侮辱や排除に対抗するために自己を硬化せしめる。その最たるところが「男らしさ」への凝り固まり。他者化のプロセスには自己強化の循環構造。

    注目すべきはこのように他者を生み出し、相互に人間性を奪い合うプロセスが、どのように暴力を促し増長させるか、ということ。要素としては経済的不公平感と存在論的不安。

    格好の敵を作り出すには
    1、彼らは自分たちの問題の大半の原因である
    2、彼らは本質的に自分たちとは違い、生まれながらにして邪悪で、根っからの悪人であり、...

    このような実存的地盤を糧にして経済的な嫉妬や存在論的不安、義憤が肥大化することで、原理主義は活性化し、テロリズムは容易に根付く。

    所得格差の拡大→文化のグローバル化と相対的剥奪→グローバル化とアイデンティティの危機→相対的剥奪と存在論的不安→小異にこだわるナルシシズム(差異が作り出される)→アイデンティティ戦争

    人に罰を加えることに冷淡な傾向は下層中産階級、すなわちかなり厳しい制約を強いられ、自然な欲求を挫かれる条件下にある社会階級に際立つ特徴。自制とは以下のようなもの。
    ー労働時間を増やす
    ー労働を強化する
    ー通勤時間が増える
    ー共働き家族になる

    アンダークラスの悪魔化のプロセス
    経済的不公平感→アイデンティティの危機→自制を取り巻く状況

    貧困より「ちょっとまし」な状態でこそ転落の恐怖が起こり、貧困層への憎悪が深まる。

    社会の過剰包摂には主流社会の成功の価値観、消費主義的な成功とセレブリティの崇拝を伴う。まさにこの文化的統合こそが排除の侮辱という傷口に塩を塗りこめる。

    社会構造の底辺にいる人々にとっては仕事がないことがまるで怠惰かのように扱われる。セレブリティはわれわれに似ていて、才能があり、幸運であり、われわれに選ばれた存在であるという象徴化に頼る。なによりも重要なのはセレブリティは金や名誉を受けるにふさわしい存在であるということ。

    社会の底辺の人にとって安定的な所得とアイデンティティに関して得られるものはわずかしかない。むしろ低所得で不安定であることが周縁化の感覚を与えている。

  • 量・質ともに読み応え充分。
    テロリズムへの不安、移民、暴動、厳罰化。仕事やコミュニティや家族の急速な変化、これらに付随するリスク。ワーキングプアとセレブリティの二極化。そんな社会の副産物としての逸脱。

    ベックの危険社会、バウマンの液状化社会、ギデンズの後期近代、そういった「現代」が受胎するリスクについて特に「共同体」や「アイデンティティ」の視点から語っています。

    共同体が壊れるからこそ、自分を自分自身たらしめるのは所属ではなく能力、与件ではなく選択の所産になる。語られるのは陳腐で凡庸なないようだけれど、大抵のものごとがそうであるようにシンプルなものほど奥が深いというのはやはり真理だと思う。

  • 「われわれ」という言葉すら、此岸と彼岸を分けるということ。二分法への一撃。

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