「立入禁止」をゆく -都市の足下・頭上に広がる未開地-

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  • / ISBN・EAN: 9784791768264

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  • 「立入禁止」をゆく
    ~都市の足下・頭上に広がる未開地~

    ブラッドリー・L・ギャレット著
    東郷えりか訳
    青土社
    2014年11月29日発行

    「立入禁止」をゆくという誘惑的な日本版タイトルに、まずは座布団一枚かも。立入禁止の表示があるところに好奇心で入っていったら、こんなものがあった!という記録モノかと思って読むと、期待は裏切られる。

    著者はアメリカ人で、人類学を学び、考古学者として発掘調査にかかわったあと、本拠をロンドンに移し、ロンドン大学およびオックスフォード大学で民族誌学の研究を始めた。学者として、8カ国で30回以上にわたり100人以上の探検家との無断侵入に個人的にかかわってきた。主にロンドンの都市探検家集団と実行。建設中の超高層ビルの頂上、廃墟、電気、ガス、水道などのトンネル、下水道や地下鉄(廃止駅)を抜け、美しい写真を撮影し、時にそこに生活する人とコンタクトしながら、博士論文を書き上げた。

    もちろん、彼の行為は犯罪とされる部分もあるが、日本と違ってそうしたことへの嫌悪より、研究の成果がもたらせた功績を人々は評価する。彼の研究活動を支援し資金援助をしたのは、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校地理学部だった。

    著者は都市探検を「現場侵入=プレイス・ハッキング」と呼ぶ。彼は自身は都市探検家集団のメンバーとはならず、あくまで個人として一緒にプレイス・ハッキングをした。本の前半は、侵入しながら、その少ない描写の間に、なぜ都市探検をするのかという分析や他の研究者を引用しての考察、そして歴史などが語られている。アニメ「巨人の星」では、1球投げるのに30分かかると揶揄されていたが、タッチとしては似ているかもしれない。

    「今日、僕らはさまざまな方法で分断された都市に暮らしており、都市の大半はそこに住むほとんどの人びとにとっては『立入禁止区域』なのだ」
    この言葉には、はっとする。確かに、我々が暮らす都市の多くは、立入禁止である。個人の住宅はもちろん、ビルも工場も、たとえ公共施設だって使用者以外は入れない。この本も、最後になるとこの言葉を布石に、なぜ人は都市探険をするのか、そこに政治的なメッセージを込めるのか、だんだんと分かってきて、前半の退屈さを忘れ、最後まで読んだ喜びを味わえる。
    例えば、ロンドンの超高層高級マンションの工事現場に侵入したときのこと。こう語っている。
    「ザ・シャードには一般大衆用に展望台が設けられているが、それもこの特権のために三〇ポンドも支払おうという人びとのためのものだ。展望台には別個の入口があって、来場者が建物のほかの区画には入り込めないようになっている。行政発行の身分証明書を提示し、電子的全身スキャナーを通過し、荷物や身の回り品をすべてスキャンされる必要があるなど、ビル内に入るには一連の厳格な規則がある。これらの垂直的空間は、都市の景観の切り離せない一部ではあっても、僕ら大半の人間のものではない」

    後半、ロンドンとパリの下水道に入り込んだあたりから、この本のひとつのクライマックスを迎える。バッキンガム宮殿の下に行ったとき、女王とお茶はできないが彼女の糞の中には立った、と一言。
    下水道のハッキングでは「探検家は病気、危険、危機、それに当局と対時する可能性にみずからをさらさなければならない」と、急な洪水や病気感染という危険性があることを十分覚悟しつつ、「僕らもやはり地下の水流のなかで宝を探してうろつき回った。銅は見つからなかったが、クレジットカード、ナイフ、タンポン、プラスチック坑具のかけら、それに大量のトイレットペーパーは見つけた。細かくちぎられ、格子蓋から押し込まれた手書きの手紙を発見したこともあった。それをつなぎ合わせる作業に、僕らは何時間も夢中になった」と書いている。都市探検家たちは、そこにある文字を読もうとするらしい。
    また、仲間の一人が考案した手法を使い、すばらしい下水道内写真の撮影に成功。まさに、クソまみれになりながら美しい写真を残している。
    そして、ロンドンの都市探検家集団は次々と逮捕され(著者はされなかった)、それぞれ大学へと帰っていき、解散に追い込まれる。2008年-2012年に行われたその活動は、「国際的な評価を得た」。

    著者はその後、アメリカのプレイス・ハッキングを試みる。とくに印象的なのはラスベガスの地下排水路のハッキング。そこにはヨーロッパでは見かけない生活者と何度も出会う。一攫千金を夢見て、全財産をたった一度のカードにかけて失った人などもいるらしい。

    もちろん、立入禁止地域でのどきどきするような描写もあるにはあるし、警備員や警察に見つかって捕まった後の、ほほえましい“釈放劇”なんかもあって楽しめる。

    買えば4300円もするお高い本だけど、借りても二週間あれば十分読める内容でした。

    (メモ)

    ▼捕まった時に許してくれた警備員や警察官の行為
    僕の警護を任された婦人警官が、上から下まで僕を眺めた。そのとき初めて僕は、自分が股下まである長靴を履いていて、ヘッドライトはまだ点いたまま、三日間も洗っていない脂ぎったモップのような頭の上に乗っていて、ウイスキーと汗のにおいを発散させ、頭からつま先まで採石場の泥まみれになっていることに気づいた。
    最初の直感では、彼女が僕を都市の下に住むホームレスか放浪者だと思ったのは間違いない。しかし、どう見ても高価なビデオカメラの機材を首に掛けているのが、問題をややこしくしていた。最終的に警察は、家に帰って少し寝るんだなと言い渡し、歩きがてら吸うようにタバコを何本かくれ、僕らが泥だらけのごみ袋を引きずりながら歩み去ると、陽気に手を振ってくれた。(154)

    (メンバーの一人が工事現場のエレベーターに挟まれて身動きできなくなり、救出に行ったが無理だとわかり、捕まることを覚悟で消防に電話)
    僕が最初に電話をかけたときには、電話口にでた女性がそんな「話はおもしろくない」と言って切ってしまった。二度目には、「一団を派遣する」と言われた。二〇分ほどのちに一二台の車が現われた。警察は隣のビルに入っていって二四階にいる警備員と話をした。明らかに、僕らがでてゆくときに囲いを跳び越えるのを警備員が見ていたのだろう。警察は心配する市民からの電話は無視したが、企業内に住み込む警備員からの通報には対応したのだ。よくある話だ。僕はまた999に電話をして言ってやった。「あのですね、僕がいまいる周囲には、いたるところに警官がいるんですよ。そのうちの一人をミドルセックス一〇〇番地に送り込んでもらえませんか? これは冗談じゃありません。そこから動けない人間がいるんです」。電話にでた女性は、かならず連絡を入れるからと請け合った。僕らは警察に見つかる前にその場を立ち去った。
    その晩は、ダンからの連絡を待って、みな一睡もできなかった。ようやく朝の十時に彼が連絡してきた。彼によれば、消防隊も警察も彼の救助にはやってこず、朝の八時にエレベーターの電源が再び入り、大勢の作業員に迎えられたのだという。現場監督は「不用な書類」を作成したくないため、彼をそのまま帰したのだった。(183)

    (ロンドンの超高層ビルの工事現場で捕まった、BASEジャンパーだと勘違いされていた)
    「あの、いえ、僕らは都市探検家です。ただ、写真を撮りたかっただけなんです」
    彼は眉を吊りあげて言った。「なんだ、そうか。そりゃあいい。ジャンパーかと思ったんだ。こいよ、上に連れていってやる」ほかの警備員たちは迷惑そうな顔をしていたが、彼は従業員用エレベーターに僕らを案内して、キーカードを通し、全員でそれに乗り込んだ。
    彼はフォンテーヌブローの警備員長のトムだと、自己紹介をした。トムと一緒に屋上に座って写真を撮りながら、僕らは自分たちの探検物語を彼に語って聞かせた。そして、マルクはいわばこのビルに登るために、フランスからはるばるやってきたのだと説明した。トムはそれを光栄に思い、僕らにこう言った。「おまえらを捕まえるのにえらい苦労したぞ! 一二〇階の窓辺に双眼鏡をもった人間を配備してあったから、全地形万能車をすり抜けるところを見ていたんだ。ところが途中で階段を変えたから、すっかりしてやられたよ。唯一のチャンスは屋上で阻止することだと考えたんだ」
    一時間ほどいたあと、トムは自分のシフトが終わるのでもう降りなければだめだと告げた。彼はエレベーターで僕らを降ろし、正面玄関まで車で送り、僕らにたくさんの写真を保存したメモリーカードをもたせたまま、手を振って見送ってくれた。そして最後に一つだけ言い渡した。「誰かに聞かれたら、なんとかやり過ごしたとだけ言うんだ!」(235)

    *******

    ロンドンは多くの人によれば難攻不落の典型的な要塞都市。金融地区は「リング・オヴ・スティール」で周囲を守られている。これはロンドンのシティを取り巻く治安と監視のための警戒線で、一九九三年のIRAによるビショップゲート爆弾事件のあと構築されたものだ。NYの9.11とロンドン地下鉄爆破事件7.7でさらに強化された。(24-25)

    ウエストパーク精神病院は、一九八〇年代のサッチャー清見寺に、「地域でのケア」という脱施設化政策が導入されたために閉鎖された。精神病患者は施設から各家庭に移され、あとにはヴィクトリア朝時代からの施設を中心に、何軒もの病院が、器具も書類もカルテも遺したまま、驚くような状態で見捨てられた。(59)

    ドイツのノーラと呼ばれる放置されたソ連軍基地に立ち寄った際に、高さ2.5メートルほどのレーニン像にでくわした。僕は説明しようのない唱導を感じてその像によじ登りたくなり、本当に上ってみた。他の探検家たちは僕の行動を無理もないと思ったようだが、あとから自分の反応をふり返って、あれは冷戦史と現実にかかわりたかったのだと思い当たった。両親にとって冷戦は実に多くを意味したのに、僕にはほとんど意味のないものだった。僕らは大笑いし、レーニンを叩いて痛めつけ、写真を撮ってから、森のなかへ急いで逃げた。(73)

    <ゲイリー>はこう言った。「廃墟はすばらしいし、廃墟探検はつづけるけど、そうした場所はいわば都市の外側なんだ。建設現場に入るのが好きなのは、それが都市の内側だからさ」(93-94)
    〈ゲイリー〉はのちにこう言った。「ここで別に何もしていなくても構わない。クレーンの運転室に座っていれば、退屈なことだっておもしろいさ」。(101)

    シティのスカイラインのはるか上方で、放置された高層ビルのてっぺんで、あるいはロンドンの何百メートルも上空の、わずかな風が吹いても腕部分が誘惑するように揺れるクレーンの上で。そうした場所で雲のなかに浮かぶと、そこにはつねに軽い靄がかかっていて、カメラのオートフォーカスに支障がでる。(98)

    屋根の上のとくに見晴らしのよい位置から、一二階建てのホテル裏窓がすっかり見えることに気づいたのだ。宿泊客の多くは建設現場には誰もいないと考え、カーテンを開け放していたため、それぞれの窓辺でミニチュアの場面が展開していた。劇的な手振りで喧嘩をする夫婦、服を脱いで鏡に映った自分の姿にうっとりする女、裸の腹の上にあるスナックを食べながらテレビを見る男、服を脱ぎ合いっこしている二人の女。(124)

    「ブラックハット」、「グレーハット」、「ホワイトハット」はヨンピューター・ハツキングから拝借した用語で、プレイス・ハッカーにも適用される。ブラックハット・ハッカーは場所に入り込むために損害を与える可能性があり、探検家の「コミュニティ」に一日置くことはまずない。ホワイトハット・ハッカーは警備側と協力して、防犯上の欠点を改良させることがあり、グレーハットはその中間に位置する。(239)

    (カリフォルニア州、モハーヴェ砂漠で)
    この土地ならではの特徴の一つは、比較的乾燥した環境だという点にある。水がなければ錯は生じず、そのため物がすぐに崩壊することはない。その結果、モハーブェ砂漠は壊れた器具や電子機器を保管するにはもってこいの場所になっている。僕らは何百台もの「退役」飛行機でいっぱいの巨大な廃棄場を見つけた。ロサンゼルスから一六〇キロ離れたモハーヴェ秒漠の乾燥した空気のなかで、見事に保存されたものだ。なんとしてもそこに入り込んで、見て回りたかった。(240-242)
    廃棄場にはあらゆる種類の飛行機があった。リアジェット、フェデックスの貨物機、短距離飛行用の小型機、軍の巨大な貨物専用機などだ。そこは広大な遊園地で、夜は長かった。僕らは六機から七機の機内に入り込み、何十機も写真撮影した。(243)

    2012年のオリンピックの準備期間中に、実際、交通警察は何十人もの落書きアーティストの家の強制捜索を実施したが、そのうちの何人かは一〇年も前に落書きをやめた人びとだった。こうしたアーティストの一人、サーは、2012年のオリンピックのスポンサー、アディダスのための作品すら手がけている。(267)

    ▼下水道で危ない思いをしたある都市探検家の体験
    そこに四〇分くらいいたころ、右手の合流口のほうから轟音が聞こえ、水が急速に勢いを増してきた。初めは法面を上がってきて通路との境を越え、三〇秒後にはその上部まであふれて上を流れるようになった。僕らは大急ぎで荷物をまとめ、ほかの連中も右側の高台部分からこっちにやってきたが、流れは僕らのふくらはぎまで達し、そのうち膝まで上がってきた。僕らには選択肢が二つあった。高いところまで登ってやり過ごすか、僕らがやってきたトンネルを三〇〇メートルかそこら引き返して逃げるか。
    ネブの鞄は流されてしまった。僕らは腰に巻いた紐を使って、グループ全員の体重を合わせ、いちばん深みにいる人間の足元を支えながら流れを渡った。出口に向かって焦りながらよろよろと進んだが、その距離はやってきたときよりはるかに長く思えた。壁の影や色には何度も騙された。出口に到達したと思ったのに、ただコンクリート壁の汚れだったりするのだ。やがて、僕らは合流点に達したが、腰まである流れのなかを歩かなければならず、延ばした三脚を使って梯子までなんとか登りついた。僕らはそれを這いあがって外にでた。周囲で稲妻が走り雷鳴が轟くなか、下水道からでられたことを僕らは感謝した。(184-185)

  • barrack配架

  • ノンフィクション

  • 廃墟のホテル、閉鎖された地下鉄のトンネルなど「立入禁止」スポット満載な、司馬遼太郎の「街道をゆく」の裏バージョン的探検記。




    POPEYE 2015年JANUARY Issue813
    TO DO LIST より引用。

  • やってることはよくわからないが
    よくこれだけの文章を書くなと思う
    膨らませ方がすごいというか

    写真はとてもきれい

  • 「立入禁止」と書かれた場所、入ってはいけないけど入ってみたくなってしまう!そんな立入禁止の場所には私たちが想像もしていなかったような世界が広がっています。物語が始まりそうな場所やもう帰りたくなる場所などなど…。ぜひ読んでみて下さい!真似はしないように!(教育学部:社会専修)

  • 我々が暮らす都会には、通常人が立ち入らない場所が、数多く存在する。

    廃棄されたビル、建設中の建物、橋桁の上、橋の下、廃棄された地下鉄、使用されなかった幻の駅、放棄された軍事基地、使われなかったシェルター。そして、下水道や地下排水路など。
    本書はイギリスを拠点に、それら都会の秘境、道の世界に侵入するプレイス ハッカーの世界を描いたノンフィクション。

    実際にプレイスハッカーとして活動する筆者によって、描き出される彼らの生態。
    我々が知らない世界。

  • イギリスに本拠をおいて様々な「立入禁止区域」に都市探検をした民俗学者の自叙伝。彼が、彼や彼女らが侵入するのは、日本で言えば軍艦島、バブルの遺構といった廃墟だけではない。それはメトロの霞が関の側にあるとかないとか噂される防空壕や、お台場に建設される高層マンションの屋上、あるいは解体中の国立競技場か。
    人はなぜ都市探検に惹かれるのか、その高揚感、メディアから追いかけられた話など、なかなかボリュームはたっぷりだが、きちんと塗工紙に印刷された写真(それがどこなのかがわからないのが残念ですが)を見るだけでも楽しいのでは。
    Man on the wireのような映画になったらいいのになぁ。

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