よみがえるヴァンパイア――人はなぜ吸血鬼に惹かれつづけるのか――

制作 : 松田和也 
  • 青土社 (2016年5月26日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791769308

よみがえるヴァンパイア――人はなぜ吸血鬼に惹かれつづけるのか――の感想・レビュー・書評

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  • 吸血鬼とは何か、人は何故、それに魅せられるのか――
    を論じた、
    言語学教授による「ヴァンパイア幻想の300年史」。
    吸血鬼というアイコンを巡る考察は
    種村季弘『吸血鬼幻想』一冊があれば充分なのだが、
    些か古びてきたので、最近の話題を期待して購入。
    しかし、内容はオーソドックスな吸血鬼論。
    比較的新しいコンテンツ情報は
    アン・ライスのヴァンパイア・クロニクルズ、
    ステファニー・メイヤー『トワイライト』くらい。
    でも(私は未読の)それらのファンが、
    シリーズのどんな設定・性質に
    心のツボを刺激されているのかを察することが出来て、
    なるほどなぁ……と思った。

    以下、未読の方も斜め読みした気分になれる(?)
    まとめ。

    ■序:ヴァンパイアの謎と神秘
     ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』以後、
     人口に膾炙したヴァンパイアなる怪物について、
     我々は何がそれをヴァンパイア足らしめているのか
     正確に語ることが出来ない。
     vampaireという単語の登場は1725年、
     しかし、何語に由来するのか
     言語学者の間で一致を見ていない。
     18世紀を通じてほとんど人格を付与されなかった
     ヴァンパイアの運命が一変したのは1819年、
     詩人バイロンの主治医
     ジョン・ポリドリの短編「吸血鬼」の登場による。

    ■第1章:不死者の肖像画廊
     ステロタイプなヴァンパイアのイメージ、
     特有のヴィジュアル・スタイルの出自を検討。
     小説と戯曲に登場した
     シャルル・ノディエによる「ルスヴン卿」、
     作者不詳の「ヴァーニ」、
     ストーカーの「ドラキュラ」が持つ、
     それぞれの表と裏の顔=二面性。
     18-19世紀のヨーロッパ絵画において、
     襲われるか弱い存在から男を支配する側へ反転した
     女性たち。
     20世紀になると
     ヴァンパイアは映画のスクリーンから
     観客の心を眼力で掴むようになった。

    ■第2章:ジェネレーションV
     詩、小説、映画におけるヴァンパイア物語の
     エロティシズム、そのヴァリエーションと変遷。
     転換点は1976年、
     アン・ライス『夜明けのヴァンパイア』か。
     異質な存在が一般人の生活に侵入する
     過去のヴァンパイア・フィクションの対極を行く、
     そのシリーズ「ヴァンパイア・クロニクルズ」では、
     不死者たちは自律的に生きる倫理感の欠如した
     耽美主義者として描かれる。
     一方、
     ステファニー・メイヤー『トワイライト』では、
     性的描写を斥けながら、
     ヴァンパイアに従順な内気な少女の
     マゾヒズムの歓びが浮き彫りにされる。
     若い女性は家父長制社会から逃避し、
     蠱惑的な不死者の許に走る。

    ■第3章:純米国産ヴァンパイア(およびゾンビ)
     19世紀におけるヴァンパイア・フィクションの
     主たる舞台はロンドンとパリだったが、
     徐々に新大陸から旧大陸への「侵入」が
     仄めかされるようになった。
     アメリカにおいては
     人種の坩堝であるが故に「異物」が紛れ込むのも
     容易であると考えられるためか、
     ヴァンパイアはハリウッドに棲息し始め、
     映画の世界ではゾンビへの種族交代が進行した。

    ■第4章:吸血の音
     様々なメディアに進出したヴァンパイアも
     音楽とは相性が悪い、何故ならば、
     歌声で聴衆の心を掴めば彼(彼女)らの
     神秘性が薄れてしまうから。
     ヴァンパイアをテーマにしたオペラにも
     成功例はあるが、
     歌唱表現に求められる「誠実さ」が
     彼らの陰鬱な孤独とマッチしないため、
     音楽は怪物の呪詛を掻き消す。
     そして、20世紀半ばのアメリカでは
     吸血鬼を含むモンスターたちは
     コミカルな芝居に取り込まれた。

    ■第5章:不死への鍵
     ヴァンパイア・フィクションの(傑作の)構造は、
     この怪物が永遠に死なないことを確約する。
     作家や映画制作者は、いかにして
     ヴァンパイアに確実な復活手段を与えてきたか。
     掴みどころのない要素=
     雑多なテクストを“それらしく”配置する手法、
     あるいは、物語の主人公=語り手の多くが、
     事件を巻き起こした吸血鬼の記憶に固執し、
     それを他者と共有することで
     吸血鬼に新たな生命を授け続ける――
     という形式【※】によって。
     【※】https://plus.google.com/u/0/110286909350811062075/posts/BwNarBbpDSH
     自然の手段で生殖できないヴァンパイアは
     人間の欲望を糧にして生きる。
     文学や映画は
     不死者と共謀する芸術家の手で仕立てられた
     言葉や音、映像の特定の配置であり、
     彼らが売る「嘘」を人々が愛し、
     それに金を払い続ける限り、
     ヴァンパイアが死ぬことはない。

    ■結語:ヴァンパイア、その表と裏
     東欧の片隅で死者が蘇って
     村人を襲ったことから生まれた
     ヴァンパイア伝説だが、
     それが何だったのか明らかにされないまま
     急速に拡散され、影響力を持つようになった。
     文人たちはこの素材を用いて利益を得、
     自分らが提供する物語を実際の民間伝承に偽装し、
     20世紀には映画及びテレビがその謎を拡大した。
     現代においては、怪物は個人生活の中からも、
     巨視的な歴史状況からも生じる。
     大抵の場合、人は皆ヴァンパイアであり、
     シャルル・ボードレールの言う
     「我と我が身を罰する者」であって、
     怪物を殺そうとするとき、
     自分自身に致命傷を与える。

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