一緒にいてもスマホ ―SNSとFTF―

  • 青土社
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本棚登録 : 84
レビュー : 12
  • Amazon.co.jp ・本 (515ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784791769698

感想・レビュー・書評

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  • スマホの一番の問題は、「簡単に慰められる」ことです。
    その自分を慰めてくれる所謂「情報」達は、果たして、
    自分達の生活に必要なんでしょうか。

    私の場合、この本を以下のことを実行しました。

    ①ニュースアプリの削除

    →今まで起きたらニュースを見ていましたが、
    よくよく考えたら、「この時間って、本当に必要?無駄じゃん」と思い、
    ニュース系アプリをすべて削除しました。

    →一か月以上経ちますが、何も困りません。
     情報に疎くなるのではと思うかもしれませんが、
     電車にのったり、書店を歩いたりすれば、自然と今どうなっているのか、わかります。

    ②スマホで情報は受信しない、発信する

    →ニュースを見ないと同じ論理ですが、情報を見るという行為をやめました。
     やるのは、発信のみです。これだけでも、自分の本当に必要としている情報がわかります。

    ③YOUTUBE、視聴系サイトも一切みない

    →個人的には、視聴系サイトほど、依存症を引き起こし、無駄なものはないと思います。
    如何に、長くそのサイトを見てもらう(手の込んだ広告を大量に見さす)が主なので、
    人間の認知を知り尽くした技術をつかって、ダイレクトマーケティングを行っています。
    気づいたら、何か自然と買いたくなった、食べなくなったと感じた人は多いと思います。
    視聴系も、基本は、発信のみ。見ることは、よっぽどのことがない限り、見ない。

    この①~③でも、以前よく感じていた、
    何か集中できないなという感じや、あれ、いつの間にこんな時間たっているとか、
    慢性的な疲労感を感じなくなりました。

    スマホは言ってみれば、砂糖だと思います。
    チョコレートやケーキ、クッキーに使われ、大好きな人も多いですが、
    容易に砂糖依存に陥って、

    ① 日中に強い眠気を感じたり、集中力が落ちたと感じたり、急に不安に襲われたり、
    ② 体重の増減が激しかったり、
    ③ 体重が増えてきたと感じたり、以前と比べて痩せにくくなったり、
    ④ 頭にもやがかかったような感じがして、集中できないことがあったり、
    ⑤ 恒常的に疲れを感じてしまう、特に朝起きるのがつらい

    と感じるようになります。
    スマホも、全く同じです。
    容易に依存症になります。
    ただ、現代でも、仕事でもマストで使うので、それを、放り投げることは、やはり難しい。。。

  •  共感も阻害される。調査によると、ソーシャルメディアを最大限利用する人たちは、自分自身の感情も含めて、人間の感情をなかなか読み取れない。だが、その調査が楽観させてもくれる。私たちには復元力があるのだと。フェイス・トゥ・フェイスで会話をするうちに自尊心が高くなっていき、他者に接する能力が磨かれていくのだ。あらためて言うが、会話が解決してくれるのである。(p.37)

     だが私たちが避けている”退屈な場面”の価値は、再考してみなければならない。仕事、恋愛、友だちづきあいといった相互の人間関係では、話を聞かされるほうには退屈かもしれないが、相手にとっては、話に耳を傾けてもらえるかどうかという問題になる。会話をしていると”中だるみ”がいつのまにか何か別のものになっていくこともある。
     もっと広げて言えば、退屈な経験こそが創造性や革新に直接結びつく。すでに述べたように、不安と同様に退屈もまた、新たな学びのきざしとなるのだ。退屈に飽くことなく興味をもちつづければうしろへ下がって新たなつながりをつくる時間として活用できる。(pp.55-56)

     もっと感情を働かせるために、そしてもっと自分らしく感じるために、私たちは接続する。ところが、どんどん接続しながら、私たちは孤独から逃避している。そのうちに、隔絶して事故に意識を集中する能力が衰えていく。ひとりでいる時のありのままの自分を知らなければ、ほかの人に頼って自我意識を支えるようになる。すると、他者をありのままに知ることは不可能になるのだ。他者から断片的に自分が必要とするところだけをもらう。他者を、自分の脆い自我を支える予備の部品扱いしているようなものだ。
     ひとりきりで考える習慣がないと、自信をもって堂々と自分の考えを話題に上らせられなくなる。協調する力がつちかわれない。革新も生まれない。それは絶え間のない接続によって衰えていく、孤独を味わう能力を要するものだからだ。孤独と内省を愛することから、社交性が生まれる。(p.65)

     自分ひとりきりのときに何もせずにいることができる力を、つちかう必要がある。それはスマホが奪おうとしているものだ。ただじっと座っていられる能力。それこそが、ひとりの人間として存在することなんだ。……なぜなら、人生は無、永遠の無のうえに成り立っているからだ。(p.82)

    「部屋を出て行くまでもない。テーブルについたままで耳を澄ます。いや。耳を澄ます必要さえない。ただ待つ。心が平穏に、平成になっていくのに、孤独が訪れるのにじっと身をまかせる。やがてその世界がおのずと現れ、正体を現すだろう」(カフカ、p.91)

     確かに、メールというツールというツールは家族コミュニケーションの新しい路線を聞くものだ。だが、「話をするために目の前からいなくなろう」と子供やパートナーに言うわけだから、そこに含まれる意味自体に害があるのではないだろうか。(p.168)

     大学で”ライブの”講義に出席する価値は、フィールドワークをする価値にちょっと似たところがある。フィールドワークでは、ほとんど成果の上がらない期間もあるが、リアルタイムで人々を読み解くすべを学ぶ。自分のまわりの人々とわずかながら道のりをともにして、ある集団の考え方を理解するようになる。そして、根気が報われることを学ぶ。相手が少しズル明かしてくれる意見に、ずっと寄り添っていくのだ。(p.310)

     子供たちにひとりきりになることを教えなければ、彼らはやがて孤立することしか知らなくなる。従業員たちにひとりきりになることを教えなければ、彼らは孤立することしか知らないままだろう。それも、必死にそうなろうとする。(p.368)

     孤独は、新たな思考が始まる場となる創造性や協調と手を携えている。そう考えていることを、管理職ははっきりさせるといい。しかし、常時接続状態で育ってきたとしたら、孤独を味わう能力をはぐくむには支えが必要になる。”われシェアする、ゆえにわれあり”という世界で育ってきたとしたら、考えをシェアしないかぎり、自分に考えがあるということに自信が持てなくなっているかもしれない。(pp.369-370)

     孤独の共有は、私たちの基盤だ。その基盤あってこそ、私たちは自分自身にも他者にも立ち返ることができる。ソローにとっては、散歩が一種の孤独の共有であり、ときには他者を連れにして歩きながら、「村を振り切る」とともに自分自身を見いだす方法だった。(p.417)

     私たちは今、ロボットに仕事をしてもらうことは「ないよりまし」に決まっている、という前提で考えている。その前提に間違いがあるのだ。ケアや付き添いという問題があって、それをロボットで解決しようとすれば、友人や家族や地域の人たちと一緒に解決していくことにはならないだろう。
     本物”のような”ロボットの自我は、ロボットに対して演じている人”のような”自我を引き出していく。それは成長途上の子供たちのためにならない。本来的に生きていこうとする大人のためにもならないのだ。(p.459)

  • スマホの普及で面と向かった会話が減っていることに警鐘を鳴らす書。大学、職場などの事例をこれでもかと挙げ、とにかく会話を取り戻そうというのが主旨。事例集が多すぎて疲れてくる。もっとポイントを絞って要約してほしいとも思うが、これこそ共感力が低下している証拠だろうか。

  • タイトルだけ見るとスマホ全否定の本に見えますが、著者の主張は「会話を取り戻そう」ということです。
    さまざまな事例を紹介しながら、著者は直接顔を合わせて会話することの必要性を訴えます。
    そして失われている会話を取り戻すために、テクノロジーとの関わり方を見直しましょうという本です。

  • 事例が多く、それぞれに共感はするのですが、結局、フェイス トゥ フェイスで会話をしましょう!ということよね?と着地点が見えるためか、途中でダレてしまい、毎回、読み始めて数ページで寝てしまいました。
    趣旨には賛同するので、残念ですが、最後まで読めそうにないので、終了です…

  • スマホが当たり前の時代になり便利になった。
    なんでもすぐに調べる事ができ、自分の気持ちを整理して伝えれるようになった。
    しかし、果たしてそれでいいのだろうか。
    答えはすぐにわかるものばかりでなく、たくさん考えて考えて、それでも答えがわからないこともある。
    自分が今感じてる事をそのまま伝える事が人と心を通わせることに繋がるのではないだろうか。

    便利になる事が人を幸せにする事とは少し違う。
    きちんとテクノロジーと向き合う必要がある。

  • もはや体の一部と化したスマホの弊害を解説するもの。F2Fではなく、スマホを介してのコミュニケーションについて、上司と部下、友人、夫婦や恋人、親子関係における事例が多数あるが、どれも小説的というか、科学的な根拠が示されているわけではないのが残念。なんとなく雰囲気はわかる。一人でいることを「課題」や「困難」と捉えるのはやめて、空想したり自省したりする貴重な機会と考えれば良いし、子供や友人といる時間をレンズ越しに眺めるのはやめて直接会話を楽しむようにしたい。

  • スマートフォンやコンピュータを使ってメッセージをやりとりして,フェイストゥフェイスの会話を避けようとする傾向に警鐘を鳴らしています.

    前半では,学生やビジネスマンなどのインタビューを通じて,会話が避けられている現状を明らかにして,後半では,プライバシーが危険にさらされげいる状況での会話の問題や,人工知能やロボットとの会話の問題について検討するという構成です.

    テクノロジーのおかげでコミュニケーションが豊かになったという説明は多いですが,実は本当のコミュニケーションはまずしくなっているということなんでしょう.

    家庭内の会話の部分など,耳の痛いところも多い本でした.

  • 日本語タイトルが秀逸。
    スマホがもたらす弊害を多くの事例をあげて警鐘するが、その事例がホニャララメソッド的というか、あるあるネタ的というか、おもしろいはおもしろいの、ハーバードの講義ノートの話とか。ただ、あまり危機せまるものに感じられなくて。もしやその感覚でスルーしちゃう自体がオワッテルんですか……ね?
    章立てがおしゃれ。個人的にはひとつめの椅子、<孤独>の章が最も怖かった。キーワード:共感<感覚>

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