オウムからの帰還

著者 :
  • 草思社
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794206916

感想・レビュー・書評

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  • なんというか…オウムに入信する人の思いが知りたくて読んだんだけど全く共感も納得もできなかった。小難しい事ばっか考えないでもっと享楽的に生きたらいいよ。それか今日の労働の事だけ考えて生きたらいいよ。大学生活とかで無駄に時間があるから悪いんじゃないのかな。とにかく、自分にはこんな心の隙間みたいなのが生まれる余地はないなあとかえって感心して読んだ。オウムの内幕が見えたのは良かった。アンダーグラウンドと合わせて読みたい。

  • 考えに基づき行動し、その結果に責任を持たねばならない。なんらかの思想を不完全に信奉することは罪である。僕は『罪と罰』からこう読み取った。信念が不信に変わるとき、彼は罪の意識という罰を受ける。

    この手記はまるで『罪と罰』だ。

    著者は教条というよりも、出会った信者を信じた。間接的に、オウム真理教というシステムの中での「修行」という行為を信じていった。そして教祖をはじめ幹部たちの実体があきらかになるにつれ、彼は苦しむことになっていく。彼の信じようとした宗教は、まやかしであった。経緯がどうであれ、彼は死ぬまで守ることのできる信仰を持つことができなかった。それが彼の犯した罪だと僕は考える。
    著者はある女性信者と出会った。彼女の子供二人は出家をし、家庭崩壊。夫にも先立たれ、すべてを失ったのち、息子の信じた思想に少しでも触れたくて出家したという。やりきれない話だが、彼女もまた罪を犯したのだと僕は考える。
    それが不可避のものであったにせよ、罪を負うことになってしまったのなら、罰、すなわち罪の意識を背負って生きていかなければならない。そもそも世界は不条理だ。

    組織の行動は構成員銘々の行動の帰結だ。教祖や幹部たちに責任の端緒があるのは言うまでもないが、それを可能にしたのは信者たちだ。教祖を糾弾しても何も解決しない。組織の外部から内部へ与えることのできる影響は限られている。だから、ひとりひとりが自分の考えと行動に責任を持つしかない。
    そして、これはオウム真理教に限った話ではない。いくつもの組織に内包された僕ら自身も、自らが負うことのできる責任と、その帰結に対しての想像力を働かせなければならない。組織の行動が有益なものであるにせよ、巨悪であったにせよ、その構成員が罪の意識を感じるかどうかは、自分自身の思考と行動にかかっている。

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