インターネットはからっぽの洞窟

  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (405ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794207432

作品紹介・あらすじ

いまや世をあげてのインターネット大ブーム。猫も杓子もネットサーフィンできなきゃ時代に遅れると強迫観念まがいの狂乱ぶり。「ちょっと待ってほしい!」と異議をとなえるのがこの本。たしかにインターネットには素晴らしい面がある。だが、いま世間に喧伝されているのは、あまりにも誇張された物語ばかりだ。インターネットで仕事が変わり、社会が変わり、世界が変わる-でも、本当にそうなんだろうか?ネットワーク歴15年にもなる著者は、いまのブームに危険なものを感じている。このままでは、人と人との交流が薄まり、現実への関心がなくなって、社会の大切な部分が失われてしまう。インターネットは、理想の楽園という幻想で満たされた、からっぽの洞窟なのだ…。『カッコウはコンピュータに卵を産む』の著者がインターネット・ブームの危険な落とし穴を指摘。

感想・レビュー・書評

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  • 時代は大きく変わったので、ほとんどのことが当てはまらなくっているとも言える。
    一方、リテラシーやプログラミング教育、オンライン授業等もしかしたら当時から現在への警鐘だったかもと思えることも多数あって興味深い。

  • 20年ちょっと前に書かれた本。日本では20年前に刊行。その頃には今のような生活は想像しなかったろうし、スマホやKindleもまだなかった。今となっては昔の人の思い込みでぐちゃぐちゃに書かれた本、としか思えない。時間が経ってしまった、それだけなのかも。100年経ったら面白くなったりするかな?(笑)

  • ①パソコンは、マニュアルどうりにしかできない。
    マニュアルが、あまりにも複雑すぎる。

    ②パソコンの機能は、本当に必要なものだろうか?
    「処理速度」が重要というが・・

    ③Version Up は、誰のための Version Upか?

    ④リサイクル・ショップでも使えないパソコン。
    その上「ソフトウエアー」などは、もっと売れない。

    ⑤パソコンは、一体どこまで進化していくのか?
    パソコンの最終目標はどこにあるのか?

    プレゼンテーションのあり方
    グラフ表示のあり方
    「人間」は、どうやって、デジタル空間で表現できるのか?

    *コンピュータはマニュアルでしか動かない。
    *インテリジェントビルは、数年で、ぼっこになってしまう。
    パソコンがどこまで進展していくのか理解できないでいる。
    いまのパソコンの水準と将来的におこりうるだろう
    という水準がどのように展開するのかが重要になる。

    子どもの好奇心をいかに、沸き立たせるのか?
    インターネットは、情報収集は、すぐれているが、
    それをいかに分析し、次の方向を作り出すのか?

    パソコンは、「洞窟」探検みたいなもの。
    「パソコンゲームでは、あらかじめきめられた
    候補の中から正しい答えを選ばなければ先に進めない。
    だからコンピュータゲームにどっぴりは待ってしまうと、
    正解だけを絶対視するような子どもになりかねない。

    たしかにパソコンゲームは、目と手を酷使するので、
    そのへんの運動神経はよくなるだろうが、
    せいぜい眉間にしわをよせる筋肉や、
    視点をあわせる筋肉しか使わないから、
    たいした運動にはならない。

    僕がいい手をさしても表情一つかえない。
    コンピュータチェスでは、自分で自分をほめるしかない。
    コンピュータゲームの流行り廃りにくらべれば、
    ポーカー、囲碁、野球、モノポリーの方がはるかに息が長い。

    普通の会話なら意識されるはずの相手との距離感を
    あまり感じないので、ほんの少しのつきあっただけで
    とても親しい間柄になってしまったような気になる。

    全米をネットワーク化しようとしているのは、
    普通の人づきあいをさけ、メンタルなつながりだけを
    求めようとする傾向は、男性特有のもののようだ。ネ
    ットワークが普及するにつれて、
    コンピュータ未亡人は、増え続けている。

    プログラムを操作したりネットワークに
    接続したりしていると、なにか特別な技術や知識が
    身についたような錯覚におちいる。
    しかし、コンピュータにいくら時間をさいても
    普通の知識は身につかない。

    いつまでたっても、まとまりのある文章を書いたり、
    考えをまとめたり、豊富や語彙を駆使したり、
    思いついたアイデアをあれこれと展開したりはできない。」

    ネットワークは、仕事をするための道具にすぎない。
    だから、「何のための道具だろう。」

    コンピュータは、おいしいご褒美をたくさん用意して、
    厳格に定義された手順を正確に実行できる人々をとりこにする。
    とにかくコンピュータ的に思考しておれば、
    コンピュータがわかる人と言うことで、
    仕事も社会的地位も確保できる。
    ソフトウエアーやネットワークでご褒美に預かれるのは、
    絶対者に盲目的に従うロボット人間ばかりだ。

    インターネットというコミュニティは、
    モデムの接続を切ったとたん、
    目の前から消えてしまう。

    人間は、他人としての自分を経験することで、
    自己疎外から解放される。
    人間的交流の少ない家庭で育った子どもは、
    最初に親しくなった他人の考え方や行動を極端に
    模倣すると言われている。
    両親と同じ価値観を否定し、友達の影響を強くうけるとも
    言われている。
    コンピュータと過ごす時間の方が両親との時間よりも
    長いような子どもは、家族の接触という、
    成長期の子どもにとってもっとも大切なものを知らずに育ってしまう。

    パワー一辺倒の業界にとって、「パワフル」とは何を意味するのか?
    機能がたくさんあるということなのだろうか?
    プログラム言語が組み込まれているということなのだろうか?
    処理速度が速いということなのだろうか?
    パソコンのパワーとは、物理学でいうところの、
    仕事をする能力といった感じのものなのかもしれない。
    オンラインで情報収集している時間より、
    コマンドの使い方を習うのに費やす時間の方が長い。
    天文学に取り組んでいるときの僕は、
    いろんなことを考えたり書いたりしているが、
    コンピュータの処理速度が2倍になったって、
    僕の考えたり書いたりするスピードは結局同じだ。
    研究活動で一番大変なのは、デ-タをどう理解したらいいかだ。
    思考過程を通じて、観測結果から結論を導き出す作業だ。

    インターネットでの情報収集が無料であることは
    話題になるのに、ネットワーク・インフラの寿命の短さが
    少しも話題とならないのは変な話だ。
    単純で、信頼できて、簡単に覚えられる
    プログラムの方が好きだ。
    それを提供してもらえるのなら、機能性は少々犠牲になったっていい。

    ソフトウエアー市場は、15年間続いた狂乱の時代から
    成熟の時代に移行しつつあるのかもしれない。

    コンピュータ業界は、ハードウエアーのスピードと
    ソフトウエアーの機能は重視するが、
    それを使いこなすために、
    ユーザーがどれだけ苦労しなければならないかに
    ついては関心がない。

    新しいソフトを使いこなそうとしていらいらしているうちに、
    僕の貴重な時間がどれだけ費やされるかが。

    労は為すため、得るためにあらず。

    プレゼンテーションで重要なのは、
    自分の理解している内容をどれだけ効果的に伝えられるかであった、
    どれほど凝ったグラフを見せられるかではない。
    コンピュータにかかると、情報は神聖化されてしまう。
    それを100%うのみにしてしまい、たとえないように
    論理的な欠落があっても、見せかけの良さに幻惑されて、
    それに気がつかない人がいない。

    「殺菌された缶詰という感じ」
    でも僕が雇いたいのは、人間なのだ。
    つまりー気概とやる気のある生身の人間を僕は求めている。

    他人に見せるために描くのではなくて、
    自分の頭の中で考えていることを描いてくれたらいいのにと思った。
    必要なのは、オリジナリティ、個性そして、思い入れ。

    しかし倉庫に商品がないのにコンピュータで
    在庫管理しても仕方がない。
    提供するサービスがないのにネットワークがあっても仕方がない。
    つまりコンピュータやネットワークは、
    あくまでも本来のビジネス活動を支援するものにすぎないのだ。
    電子メールのやりとりやネットワーク上での情報収集、
    最新ニュースの配信といったものだけで
    成り立つような商売など、ビジネスとしては非常に希だ。

    インターネットには、お金儲けの魔法など存在しない。

    テレビやコンピュータの授業で
    生徒のやる気を引き出すことはできない。
    星空を見上げないで天文学を教えないような
    教育についてのコメントはさけるが、
    最近の学生諸君は、道具の使い方を習うのに時間をとられすぎて、
    天文学を習う暇がなっているようだ。

    社会科研究ってのはデータを収集すれば終わりなんだ、
    と生徒が思ってしまったんじゃないかということだ。
    調査研究において一番手がかからず、
    一番何もかんがえなくていい部分がデータ収集だというのに。
    →情報収集の目的は、・・

    子供は、好奇心があるから学習するのだと思う。
    だが、この好奇心というものを子供に
    植え付けるソフトウエアーは市販されていない。

    それは、断片的な知識をいくら寄せ集めても
    教育にはならないからだ。
    デ-タはいくらあっても、それだけでは意味を為さない。
    創造的に考え、いろいろな問題を解決するためには、
    デ-タや知識を文脈上で理解し、いろんな人と交流できっる
    環境がどうしても必要だ。
    学習には、こういう環境的な条件の方が、
    断片的な情報を寄せ集めることより重要なんじゃないか。
    物事の関係というものは、
    人間にしか教えられないものだと思う。

    コンピュータには、杉林を散策する時の感動は教えられない
    と言うことだ。
    人間の感動に取って代われるようなものなどない。

    デ-タと情報、知識、理解、そして知恵。
    これらの間には、複雑な関係があって、
    単純に一直線でつながるようなものではない。

    コンピュータには、洞察力がない。
    コンピュータの処理速度がどんなに速かろうと、
    人の発想力にとってかわることはできない。
    現実の生活や本物の経験を通じてえられるものは、
    モデム経由でえられるものよりはるかに意義がある。

    フォーラムのあり方;FRAME WAR
    「庭からアライグマを駆除する方法は?」
    といった単純な質問を投稿すると、その日のうちにも、
    「フェンスに電流を流せばいい。」
    「罠を仕掛ければいい。」
    「散水ホースで追い払えばいい。」
    とすると、それに対するフォローアップのかたちで
    別の投稿者が参加してきて、
    「電流フェンスは動物虐待だ。」
    「アライグマは罠にかかるほど馬鹿じゃない。」
    「散水ホースなんて水の使いすぎだ。」
    と始まる。そしてそうなってしまうと、
    新たな投稿に対するフォローアップが、
    「何の罪もない動物を虐待するなんて、
    あなたは何を考えているのですか?」
    「何を根拠に私が水を無駄使いしているというのですか?」
    「アライグマなんぞとっとと処分してしまえ。」
    といった感じで、次から次へと押し寄せてくる。

  • 「カッコウはコンピュータに卵を産む」の作者が書いた、インターネット批判書。出版は1997年だから・・・・かれこれ15年ほど前の本。

    たぶんきっと、作者はわざとくどいほどに、インターネットを批判しているんだと思う。コンサルタントと言われる人々が語る夢は、その時代には実現不可能な理想だし、一般人がそれに踊らされないように。

    それから15年。いろいろな試行錯誤と失敗を繰り返し、インターネットは重要なインフラとなった。広告媒体としてもTVに肩を並べるほどに成長している。作者が心配しているセキュリティ、その他技術的な問題点は解決されつつあり、ソフトウェア技術は進歩した。

    作者が心配していた未来は来なかったようだ。人類はすべてをデジタルデータに置き換えようとはせず、アナログ、デジタルの長所、短所をちゃんと理解して、生活に取り入れている。

    少なくともボクは、ネットの無い生活は考えられないし、紙の本がない生活も考えられない。

    400ページ弱をひたすら愚痴で埋められるのは、さすがアメリカ人だ。

  • カッコウ卵書いた人。

  • 2007/6 図書館から借りて読んだ。 褒めてるひとばっかりなので、mixiレビューでは心苦しい。こっちに書く。「カッコウ」の作者だと思わなければ読まなくてよかったと思った気がする。未来に関して、悲観的な予測をたてれば必ず当たる。問題は、それはわかった。わかったうえで何をすべきか、だ。これは、コンピュータを扱える人間が、うまく扱えなくて、価値がわかってなくて右往左往している人間を「そんないいもんじゃないって、つまんないよ」と言っているように聴こえる。あと、コンピュータを導入することで、時間は節約されていないじゃないか、使いこなすために面倒が増えただけで、仕事が阻害されている、とするくだりがあるのだけれど「使いこなすに必要な時間」が仕事とみなされるようになってきているのだと思う。
    全編とおして、言いたいことはわかるのだけれど、これなら「何用あって月世界へ」(山本夏彦)一言で足りている。

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著者プロフィール

クリフォード・ストール(Clifford Stoll)
1950年、ニューヨーク州バッファロー生まれ。ニューヨーク州立大学を経てアリゾナ大学で博士号取得。天体物理学者。ローレンス・バークレー研究所のシステム管理者だった1986年、同研究所のシステムを経由して軍関係のサーバへの侵入を繰り返すハッカー発見、追跡。この事件は世界的に報道され、自身の体験をまとめた本書はベストセラーとなった。のちにハーバード・スミソニアン天体物理学研究所に勤務、現在はバークレーに戻って家族と三匹の猫とともに静かな暮らしを愉しんでいる。著書に『インターネットはからっぽの洞窟』『コンピュータが子供たちをダメにする』(ともに草思社)。

「2017年 『文庫 カッコウはコンピュータに卵を産む 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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