渡り歩き

著者 :
  • 草思社
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感想 : 1
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  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794210326

感想・レビュー・書評

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  • あまり世に知られることのない、かといって、稀書という訳でもない、そんな本についての思い出話が大半を占めている。なかでも演劇について触れた文章が多いのだが、残念ながら、ほとんど見たことがない作品ばかりである。そんな中にチェーホフの『かもめ』について触れた一文がある。

    劇中劇の中に「人も、ライオンも、鷲も、雷鳥も、角をはやした鹿も‥‥」という科白がある。死に絶えた物を列挙するのに、なぜ、人間の後がライオンで、その次が鷲なのか、そこに何か意味があるのかと問いかけ、その理由を説明しているのは『ハムレット』の中に出てくる二人の従者を主人公にした『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』を書いた作家トム・ストッパードである。

    彼によれば、答えはロシア語原文の中にある。「人も、ライオンも」は「リュージ、リヴゥイ」となり、Lの頭韻を踏んでいるのだ。それなのに1996年にトムの翻訳が出るまで、英語でも日本語でも、そのことに注目した翻訳がなかったことを筆者は嘆いている。言葉が粗末にされていると。ちなみにストッパード訳では、次のようになっている。

     Mankind and monkeys, ostriches and partridges.......

    ライオンは猿に変わっているが、踏まれた韻から文学青年の客気が伝わってくるようだ。

    歯に衣着せぬ舌鋒で、日本の作家についても語っている。曰く、今の文章が駄目なわけではない。川端康成だって『浅草紅団』などは酷い物だ、と。これは、まったく同感である。初めて読んだときは、これが『雪国』の作家の文かと思ったものだ。しかし、なかなか、ここまで言う人は少ない。読後に爽やかなものが残る一冊である。読書好きにお勧めしたい。

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著者プロフィール

岩田 宏(いわた・ひろし)
1932年、北海道生まれ。2014年没。詩人、作家、翻訳家。「岩田宏詩集」で藤村記念歴程賞。著書『同志たち、ごはんですよ』『踊ろうぜ』『息切れのゆくたて』(いずれも草思社)、『アネネクイルコ村へ』(みすず書房)など。小笠原豊樹名義での翻訳書も多数。マヤコフスキー、ザミャーチン、ソルジェニーツィン、レイ・ブラッドベリなどのほか、アンリ・トロワイヤ『サトラップの息子』『クレモニエール事件』『石、紙、鋏』(草思社)、マルコム・カウリー『八十路から眺めれば』(草思社文庫)など。

「2019年 『文庫 渡り歩き』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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