からくり民主主義

著者 :
  • 草思社
3.49
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本棚登録 : 170
レビュー : 37
  • Amazon.co.jp ・本 (285ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794211361

作品紹介・あらすじ

さまざまな問題が噴出して右往左往の日本社会。いたるところで「権力」は悪行の限りを尽くし、「弱者」たる国民はつねに善良な犠牲者である。国民の怒りを背負ったマスコミは、悪いヤツらを鋭く追及する。沖縄米軍基地、若狭湾原発銀座、諌早湾干拓地、新興宗教団体…。ところが、問題の現場に実際に行って確かめてみると、ことはそれほど単純ではなかった。わかりやすい悪者は容易には見つからず、あちらを立てればこちらが立たず、ややこしく絡み合った利害関係は、絡み合ったままのほうが安定していたりする。どちらが悪いかという話だけでは、どうにも収まりがつかないのである。日本列島はどこもかしこも問題だらけ。どこかおかしな「戦後民主主義」に呪縛され、奇妙にひずんでしまった社会の、なまの姿をつぶさに記録したのが本書である。

感想・レビュー・書評

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  • 高橋秀実が続いてしまったが、偶然。『定年入門』は単なる老人インタビューといった赴きだったが、本書は世界遺産、原発、諫早湾、辺野古既知問題、横山ノック・セクハラ問題といった社会問題に鋭く(鈍く?)斬り込み、現地の人々の声を拾った秀逸なルポとなっている。一方で、真実や本質に関する考察はそっちのけで、とにかく問題を煽ることしか考えていないマスメディアの姿も浮き彫りにされる。

  • 福井の原発、沖縄米軍基地、諫早湾干拓を読んだ。

    諫早干拓事業は、1952年に諫早湾全体を水田化する「長崎大干拓構想」に始まったが、米の生産過剰が問題になると立ち消えになった。1970年に淡水湖をセットで造成する「長崎南部地域総合開発事業」として復活したが、これも打ち切られた。1982年に湾岸の洪水、高潮対策の防災を重視する現在の計画が打ち出され、89年に起工した。

    有明海の干満差は6mに及ぶため、潮受け堤防を造り、海の水位が低くなる干潮時に調整池に溜まった水を排水し、水位をマイナス1mに保持できるようにした。森山町は後背地に水源が乏しいため地下水に依存し、地盤沈下が進んでいたが、潮受け堤防によって淡水化された潮遊池からパイプラインで水を引くことができるようになった。

    有明海は反時計回りに潮が流れるため、熊本、福岡、佐賀の海に捨てられたノリ養殖の酸処理剤、工場排水、PCBなどの汚染物質が諫早湾にたどり着く。阿蘇の火山灰などの微粒子でできたガタ土も運ばれてくる。潮受け堤防ができるまで、農民たちはスコップでガタ土の除去作業をしていた。

  • ルポの鮮度は無関係に、見事に捉えられた奇妙にひずんだ日本社会の根っこ。
    http://blogs.yahoo.co.jp/rrqnn187/13529145.html

  • p.14「ピンク色でも強ければよいではないか。男女共同参画を訴えたいがためのこじつけのような気がしてくる。」

    いや、ピンク色がダメなんじゃなくて、「女にはピンク与えとけ!」ってのがダメなわけ。選択肢が奪われてることがダメなの。

  • 日本で起きている様々な問題。それらはどこかおかしな「戦後民主主義」に呪縛されたものなのだ。統一教会とマインドコントロール、沖縄米軍基地問題、若狭湾原発銀座を例にあげ実際にその場へ行って調査する。するとこれらの問題に、分かりやすい一人の悪者はいない。ややこしく複雑な問題が絡み合っているのである。「戦後民主主義」の呪縛による「からくり民主主義」の日本について、今一度考えさせられる一冊。

  • 全ての事象に2面性以上あり。マスコミには注意を。

  • 利害関係のあるところ損をしたくないと思うのは人情であります。本音を言えば大した事ではない事も世の中には「ごね得」というものもあるわけで、それなら馬鹿正直に生きるのなんぞやってられないという話も御座います。これはとあるお金の無い町の方から聞いた話なんですがね、ある発電施設のアンケートなぞは賛成がちょっと上回るくらいが良い塩梅だそうで、何でもそうしますと、反対派にも配慮して補償金などの予算が余計につき、どちらのメンツも守れ、無事建設もされる。だから賛成派も反対運動がないと困る。なんて話をとある軍事施設のある町の方に話しましたら、その通りと甚く共感されていましたよ。
    まさしく社会はこのように持ちつ持たれつ、なんと民主的でありましょう。

  •  雑誌などで見かける「大人向け」の記事が、どのくらい「大人」を対象にしているのか、考えたことはあるだろうか? 私はどっかで「12歳にわかるように書け」というという心得を目にしたことがある。これは文章表現としての話にとどまらない。「わかりやすい文章」というのは、わかりやすい論理展開と、わかりやすい結論の提示が必要なのだ。それこそ12歳でも理解できるくらいに。

     この本の著者は、その「わかりやすい結論」に、どうやら飽きが来た人らしい。もとテレビのADということが序で明らかにされるが、テレビの「わかりやすさ」指向は、雑誌の比じゃない。ストレスもたまろうというもんである。
     諫早湾、沖縄、上九一色村……流行から2歩も3歩も出遅れて、話題のニュースの現場を訪れる著者。ところが目の前には、まことにわかりにくい構図がでーんとのさばっている。明確な悪者はいないし、善意の正義の味方もいない。欲と勘違いと思考停止がのさばっているばかり。その「わかりにくさ」を、著者はなるべく手触りを残しながら、ユーモアで包んでそっと差し出すように書いていて、それが本書の最大の特徴になっている。
     たぶんテレビ・新聞・雑誌の記者にも同じように「わかりにくい現実」は現れたはずだ。しかし、報道の宿命として、彼らは目の前の現実を、12歳にもわかる構図にゆがめてしまう。昨日も今日も、そして明日も。

     著者の感じた結論のでない違和感を、そのまま味わうのが本書の醍醐味。なげっぱなしジャーマンを素直に楽しめたのは、著者の見事な文章のおかげ。結論がすっきりしない話を読ませるほうが、単純明快な話よりよほど芸が必要である。
     やっぱ、12歳じゃ大人とは言えないよな。このわかりにくい世界を、わかりにくいまま芸にした、著者にあっぱれである。

  • 友人たちと開いた勉強会を通じて読んだ本、日本国内に存在する社会問題(っぽいもの)を取り上げ、その問題の近縁でたまたま生きる人々の意識と、マスメディアによって醸成された現地のイメージの間に亀裂を入れてくれる一冊だと思いました。実際そこの地域の人たちはその問題で困ってる(もしくは、困ってて欲しい)と思っている自身の思考に対して、実はその問題によって儲かっている現地の人々がいたり、その問題に対し想像以上に無関心でまったりしていたり、社会問題化することによって対立が生まれていたりする現状は、固定観念で固められそうになっている自分の頭に軽いヒビを入れてくれると同時に、「あ、やっぱりメディアが報道するような偏った現状じゃなかったんだ」というちょっぴりの安心感も与えてくれました。

    本の取り上げている社会問題は多岐に渡り、倫理的に取り上げにくい内容もありますが、全体的にポップに、軽い笑いを交えて書かれているので、とても読みやすいです。あとがきにて、筆者が以下のように書いているのですが、私は以下の文章が本のメッセージそのものだと思いました。

    "表からは見えにくいのですが、理想を語るということは、同時に、それがかなえられていない「みんな」をつくります。例えば「平等」。事情は人それぞれ、と思っていれば関係ありませんが、「平等であるべき」とされた途端、そう思っていた人も「不平等」な存在になります。人は不平等だから平等を求めるのではなく、「平等であるべき」だから「不平等」になり、ひるがえって「平等」を追い求めるようになるのです。こうして理想から逆算されて、「みんな」はつくられてゆきます。"

    こうならないように配慮しながら、もしくはこういう状況になりそうになった際注意してくれる人と、何かしたり、生きていきたいし、誰かにとって自分もそうありたいと、思いました。

  • うつくしい理想の下で活動が行われていたり、対立や論争が起きている(起きていた)現場に高橋氏が出かけていったルポ集。
    といっても、問題の本質や真相に迫るといった一直線的なルポとはかなり様子が異なり、問題の構図からはみだしたり、タテマエにおさまらない部分にばかり注目してしまうのが、いかにもこの人らしい。少し間違えばかなり嫌味になりそうなところを、ユーモアある語り口でくすりと笑わせながら読ませる。
    そうした持ち味がよく発揮されるのは、「小さな親切運動」や世界遺産になった白川郷、統一教会、上九一色村、自殺名所の青木が原などを扱った章。全体に漂うなんともトホホな感じと、意外に鋭い指摘とのバランスがよく生きている。文献調査もよくされていて、小さな親切運動の主唱者が教育勅語を賛美していたり、熱心なクエーカー教徒だった新渡戸稲造が「武士道」とともに「郷土」をプロモーションしていたという話など、とても興味深った。
    一方、諫早湾干拓問題や沖縄の米軍基地、若狭湾の原発など、激しい対立が起きているテーマでは、いずれも、報道番組のように白黒はっきりつけられない、地域の中の複雑怪奇な関係が浮き彫りにされる。反対派がいてくれるからこそ利権が得られると推進派の人が堂々と言う、なんとも奇妙なもたれあい。だがこうした状況は、地域に対立を押し付けている巨大な国家権力があるからこそ起きていることだ。その点に注意して読まれなければ、「けっきょく、民主主義だとか人権なんてきれいごとを言っても、しょせん利権だろ」という、当該者ではないものたちの無責任さを上書きすることになってしまいかねないのではないか。その点にいささか危惧をおぼえなくもなく、さまざまなテーマを「からくり民主主義」とまとめてしまうことには、なんとなくすっきりしない感じも残る。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961年、横浜市生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科卒。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家に。開成高校野球部の奮闘を描いた近著『弱くても勝てます』がベストセラーに。
『ご先祖様はどちら様』で小林秀雄賞受賞。

「2015年 『損したくないニッポン人』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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