文庫 技術者たちの敗戦 (草思社文庫 ま 2-1)

著者 :
  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794219916

作品紹介・あらすじ

零戦の設計主務者である掘越二郎、新幹線の生みの親・島武雄など、昭和を代表する技術者6人を紹介。戦争や敗戦の体験がその後の人生にどのような影響を及ぼしたのか。事実を丹念に追うばかりでなく、取材ノート的な要素も盛り込まれ、エリート技術者であった彼らの素顔や性格までも垣間見える。戦後復興と技術大国への道を拓いた彼らの感動の物語。

感想・レビュー・書評

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  • ①堀越次郎
     堀越はかなりの年齢になってからも、航空機の一設計者として、自らが知らない新技術や新しい理論を目にすると強い興味を示した。空力や構造設計面での新しい理論的考え方などが学会誌に掲載されると、その論文の発表者に連絡して訪ね、さらに詳しい説明を求めて議論するなど、晩年まで最新技術に対する関心を失わなかった。
     航空技術者ならば、誰もが知る有名な零戦の設計者の堀越が、あまりにも熱心に根掘り葉掘り質問し、自らもそれを確認して納得しようと、難しい計算に取り組む姿には、論文を発表した若い技術者も頭が下がる思いであった。それと同時に、昔の設計主任はこれほどまでに航空機に対して情熱をもって取り組んでいたのかと驚きを覚えたという。
     先の鳥養は、一九九〇年代前半、日米の共同開発となった支援戦闘機FSX(F2)などの開発経過を踏まえながら、最近の航空技術者について次のように語っている。
    「…だから、航空機の設計は単に仕事として与えられた部分を一生懸命に設計しますとか、ただまじめにやりますではやはりだめであって、飛行機が好きでないとだめです。好きならば、興味があって、あれもこれも知りたいから、他人の担当のところまで、そして飛行機全体のことまで考えるし、気になってくるのです。…」
    ②島秀雄
    その一方で、島は決して天才肌ではなく、ひたすら努力を重ねる勤勉一筋の人であり、学級の徒であって、どんなに仕事が忙しくても、とにかくいつも勉強をしていた。つねに世界に目を向けていた。このため戦後のある時期、勉強のしすぎで目を悪くしたというほど諸外国の文献や本も含めて読み込んでいた。
    ③真藤恒
     このとき、旧三菱重工など造船業界が政治力を使い、政府を動かして、「戦犯工場はつぶすべきである」と画策した。その目的もあって、時の有力大臣で吉田茂首相の秘蔵っ子としてしられた池田勇人蔵相が、秘書官で選挙に立つ直前の宮沢喜一を連れ、視察を兼ねて旧呉工廠にやってきた。
     …このとき案内役となったのが、「度胸の据わった技術部次長」として通っていた真藤だった。造船所をひとまわりしてからのち、池田の視察の意図を嗅ぎ取った真藤は、開き直って喧嘩を売った。
    「あんた方は、ここをつぶすつもりで来たじゃないか」
    「そうだ、世間もGHQもやかましいから、しょうがないんだ」
     以外にも池田は正直で、政府の既定方針だからと言わんばかりだった。
    「あんたたち二人とも広島が選挙区だ。とくに池田さんは呉が大票田で影響はいちばん大きい。だから、あんた方が責任者としてここをつぶすんなら、こっちにも覚悟がある」
     名も知らぬ一介の技術次長の無礼な言葉に、池田は傲然として言った。
    「覚悟とはなんだ」
    「あんた方はもうすぐ選挙になる。もし、ここをつぶすというなら、わしだけじゃない。ここの幹部を含めて、死に物狂いで選挙の邪魔をする。いいですね」
     思いかけない挑戦的な言葉に、池田も宮沢も血相を変えた。
    「ここには四千五百人の従業員がいる。その下請けも入れるともっと多い人数になる。家族も含めるとさらに膨らむ。四千五百人が死に物狂いになったら、二万や三万の票は動きますよ。絶対に落とす。自信をもって落としてみせるから覚悟しときなさい」
    「おまえ、ほんとうにそこまでやるのか。あと先のことを考えているのか」
     池田は真顔だった。
    「わしらにはこわいものはない。うちの従業員にしてみれば、あんた方二人がここをつぶすことを決めたんだから、われわれの仇なんだ。呉の人間は昔から気骨がある。あいつを落とせと言えば、いっぺんでころりですよ」
     この選挙区で二万票が動いて対立候補に流れたら、差は倍の四万票になる。そのことを言われた池田は、急に冷静な口調に戻っていた。
    「そこまで言われたらきついなあ」
     お付きの大蔵官僚が口をはさんだ。「君、それは言いすぎだろう」
     「黙っとれ、そっちは役人で、ここがどうなろうと関係ないだろうが、こっちは四千五百人の従業員と、それより大勢の下請け、その家族の生活がかかっているんだ。死に物狂いなんだ」
     「生意気な、なにを言うか」
     まわりにいた会社の上層部の人間たちが息を呑み、真っ青になったやりとっりだった。

  • 502.1||Ma

  • 新幹線の生みの親・島秀雄,ホンダF1の中村良夫などの昭和を代表するエンジニアの物語.エンジニアとして様々な課題にどのように向き合ったか,落ち着いた文章で描いている.どの業界であれエンジニアが生業の人は読む価値あり.

  • 技術者たちの敗戦

  • 本書は、「三菱零戦設計チームの敗戦―堀越二郎・曾根嘉年の敗戦」、「新幹線のスタートは爆撃下の疎開先から―島秀雄の敗戦」、「戦犯工場の「ドクター合理化」―真藤恒の敗戦」、「なぜ日本の「電探」開発は遅れたのか―緒方研二の敗戦」、「翼をもぎとられた戦後―中村良夫の敗戦」の5章構成。

    戦前・戦中に軍事技術の開発に携わったエリート技術者たち。当時の日本の科学技術力や開発体制の特徴(多くの場合、技術に無理解な軍の統制下で合理的・効率的な開発ができず、欧米に立ち後れた)姿と、如何にして敗戦を乗り越えて戦後の技術開発をリードしていったか。丹念な取材でその実像を描き出した力作。ただし、第4章は、主に戦時中の電探(レーダー)開発の杜撰さを集中的に描いたもの。

    日本の優れたもの作りは、戦時中の杜撰な軍事技術開発の反省にたって、戦中派のエリート技術者たちが築き上げたもの、と言う風に解釈することもできるんだなあ。まあ、戦前・戦中・戦後一貫して、欧米の技術を真似して何とか追いつき追い越そうとした、そのスタンス自体はあまり変わらないようだが。

    同種の勤勉な民族で構成された日本は、精神論でも物事が動くし、質の高い仕事が出来てしまう。一方、特にアメリカは寄せ集めの国だし、性悪説と言うか、人はサボるしミスをする、ということを織り込んで、極めて合理的な社会システムを構築している。そう考えると、技術開発にしても、日本の立ち後れを軍の指導者たちの誤りだけに求めるのは適当でないような気もする。戦後70年以上が経過した現在でも、いいか悪いかは別として、同種の非合理性を抱えているような気がするから。

    何れにしても、本書によって、戦前・戦中に活躍した軍事技術者の戦後の生きざまをうかがい知ることができました。良書と思います。

  • ヒーロー化される技術者の数々。
    その実相に触れて、冷静に良い点悪い点を評した
    前間さんの筆跡は、まさに時代を超えて学べるテキストである。
    堀越二郎、島秀雄、中村良夫、真藤恒、緒方研二、曾根嘉年、
    全てアクがあるけど、部下に慕われていたんだろうなあと思わせるエピソード満載でした。
    是非、これからエンジニアになろうとする若者に読んでほしい一冊です。

  • 内容(「BOOK」データベースより)

    大戦中の技術開発研究は、二十代~三十代の若き技術者たちが担っていた。情報遮断と材料不足の厳しい状況下で多くの成果を上げるが、敗戦によって開発の断念を余儀なくされる。しかし、彼らは渾身の力を込めて立ち上がり、新しい産業に技術を転用させ、日本を技術大国へと導いた。零戦の設計主務者である堀越二郎、新幹線の生みの親・島秀雄、ホンダF1の中村良夫など、昭和を代表する技術者六人の不屈の物語。現在の日本の基盤を支えた、若くも一流の技術者であった彼らの哲学と情熱の軌跡をたどる。

  • 第二次世界大戦と敗戦。そして復興の中で卓越した能力で活躍した技術者たちの物語。必ずしも能力に見合う待遇を与えられたわけでないところが、今も変わらぬ日本の会社の人事力学らしい残念なところ。

  • 熟練したエンジニアとは、生きた宝物である。中には勘違いした御仁もあるが、企業が長く引き留めておきたい人材には、独特の味のある人間性、仕事への哲学を持った人が多い。これは、私個人の経験上の感覚であるが。

    本著は戦時から戦後に活躍した、個性ある日本のエンジニアを記録したノンフィクションだ。新幹線や電探、造船やエンジンなど、サラリーマンには身近に感じる分野も多い。そもそも、あれだけ悲惨な敗戦を迎えた日本が、戦後、何故あれだけの復活劇を成し得たか。そんな事に興味が向く人にはオススメである。数ある理由における、人材という側面。とりわけ、技術者に視点を当てた点が面白い。個人的に面白かったのは、造船に携わった真藤恒、海運王ラドウィックの話である。

  • 零戦、電探、造船……様々な技術の開発者たちの戦後を描いた書籍。戦後の日本経済を引っ張っていく彼らの姿は、今ですら色あせないのではと思うほどにカリスマ性を持っているように思える。

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著者プロフィール

前間 孝則(まえま・たかのり)
ノンフィクション作家。1946年生まれ。石川島播磨重工の航空宇宙事業本部技術開発事業部でジェットエンジンの設計に20余年従事。退職後、日本の近現代の産業・技術・文化史の執筆に取り組む。主な著書に『技術者たちの敗戦』『悲劇の発動機「誉」』『戦艦大和誕生』『日本のピアノ100年』(岩野裕一との共著)『満州航空の全貌』(いずれも草思社)、『YS-11』『マン・マシンの昭和伝説』(いずれも講談社)、『弾丸列車』(実業之日本社)、『新幹線を航空機に変えた男たち』『日本の名機をつくったサムライたち』(いずれもさくら舎)、『飛翔への挑戦』『ホンダジェット』(いずれも新潮社)など。

「2020年 『文庫 富嶽 下 幻の超大型米本土爆撃機』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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