文庫 悲劇の発動機「誉」 (草思社文庫 ま 2-2)

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  • Amazon.co.jp ・本 (570ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794221209

作品紹介・あらすじ

太平洋戦争の直前、中島飛行機の天才的設計者中川良一は世界トップクラスのエンジンの試作に成功。海軍はどよめき立ち、実用化を試みるがトラブルが続出する。その原因とは何だったのか。当時の史料、当事者への取材など徹底追及した労作。

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  • 第二次大戦で大日本帝国の主要兵器といえば戦艦大和と零戦だ。特に第二次大戦は大艦巨砲主義が終わりを告げ、日米の航空戦力が勝敗を決めたと言ってよい。
    零戦といえば開発したのは三菱だが、零戦の能力支えるエンジン「栄」を開発したのは中島飛行機だった。
    日本軍は零戦に次ぐ新戦力、大東亜決戦機とも呼ばれた戦闘機「疾風(はやて)」や「紫電改」、爆撃機「銀河」などを次々と開発させたが、これらの新戦力を支えたエンジンも中島飛行機が開発した「誉(ほまれ)」だった。
    「誉」はそれまでのエンジンと変わらぬ小型軽量でありながら、出力はこれまでのものを大きく能力上回る2000馬力としていた。
    しかし、誉は試験運転ではその計画通りの結果を出していたものの、いざ大量生産され、実戦に投入されると不調、トラブル続きで充分な能力を発揮できず、それを搭載した新兵器も大きな戦果を上げる事なく敗戦となった。
    誉のトラブルの原因はどこにあったのか?
    それについてはエンジン生産に必要な資源の不足、熟練工の不足、高オクタン価の燃料の不足など学院あげられがちだが、本書では更に突っ込んで、果たして誉は世界水準を超えた優れたエンジンだったのか?日本の技術力はどうだったのかという点を掘り下げる。
    特に元軍人でありながら中島飛行機という航空機製造会社を立ち上げ、海軍とも親密な関係にあった中島知久平の人柄や、三菱と中島飛行機の会社の気風、そこで開発に携わった設計者などにフォーカスしている。
    中島飛行機は三菱と異なり、航空機製造専業メーカーであったため、敗戦後は解体され、社員は富士重工やプリンス自動車「後に日産自動車に合併)に散って行った。よって中々当時の状況を調査するのも困難であったと想像するが、非常に丹念に調査、評価されている。

  • 本書で扱われる誉エンジンは、その前評判の高さとは裏腹に、量産性に関して多くの欠点を抱えていた。しかしながら、ある意味チャンピオンデータでしかなかったはずの高性能に惚れ込んだ旧日本軍は、早くから本エンジンを栄エンジンの後継に指名し、半ば一点突破的な形で開発を推進してしまう。最早、プロジェクトは、一企業の裁量を越えて、誰も方向転換出来ない。ところが、実現できるはずの高性能はいつまでたっても達成されない。そして事態は破局を迎える。

    大型プロジェクトが、順調との前評判を裏切って破綻に追い込まれる場合、その構図はだいたい同じなんだろう。正直なところ、私自身、身につまされるところが多数あった。

  • P124.「A8」成功の要因として、深尾の強力なリーダーシップに基づき、実質性を重んじる合理的な考え方で臨んだこと、世界よエンジンの長所を貪欲に取り入れたことなどが挙げられる。

    P151.最適で安定した信頼性の高い燃焼状態を得るためには、長い年月をかけての地道な努力に基づく改良や工夫を際限なく繰り返す必要がある。

    P165.これまで、数々のテストを経験して来たベテランだが、それでも、施策エンジンの性能試験の際はいつも新人のときと同じように緊張を強いられる。

  • 太平洋戦争開戦時には圧倒的な性能を誇った零戦は、その後継機種の開発が滞り、終戦間際にはアメリカの新鋭機に逆に圧倒される状況となりました。開発の遅れの主因とされるのが、発動機(エンジン)の開発の遅れでした。
    なぜ日本は高性能なエンジンを実用化できなかったのか。この疑問に対する答えを当時の関係者からの取材をもとに解説しています。
    使用する燃料品質の低下、熟練技術者の不足、部材に使用する材料の不足など、様々な要因が挙げられていきますが、著者が最も力説するのが、そもそも設計着手時に狙う性能を決定する段階で、当時の日本の技術レベルをきちんと把握して決定したのか(結果的には高望みとなっていました)という点です。陸海軍からの過剰な要望に対して、現実を見据えた議論がされず、開発や生産がすべて理想的に進む前提でプロジェクトが進められ、結果的に狙った性能が発揮されず、故障も多くて稼働率の低い完成度の低いエンジンとなってしまいました。
    著者があとがきにも記していますが、科学技術力が戦力に直結した太平洋戦争において、技術開発の方向性を見誤ることは国の運命まで見誤ることに至った事実は、現在の原発施策や東芝の経営悪化と本質的には同じ問題と考えることができる気がします。
    産業史に関する名著を多く執筆されている前間孝則氏の著作だけに、単なる戦記物ではなく、産業史としての貴重な資料のレベルにまでまとめ上げられているのはさすがです。

  •  70年以上たった今も、多くの開発プロジェクトがこの「誉」状態に(レベルが低くなって)陥っていたりして・・

  • トピックは興味深いし、内容も濃いようなのだが、いかんせん技術の話が難解かつ長い。飛ばし飛ばし読んでいたのだが、根気が尽きて読破できなかった。残念。

  • 太平洋戦争の戦闘機に搭載するための誉というエンジンを通じて、
    「中島飛行機と三菱重工の違い」
    「中島飛行機の成り立ち」
    「航空機・エンジンの歴史」
    「軍部と企業との関係」
    「日本と欧米の違い」等
    が丁寧に述べられ、充実した内容の名作。分厚い事に不平は、全くない。
    当事者の技術者達の年齢からすると、証言が採れた最後のチャンスだったと思う。この著者の着想や情熱に感謝の言葉がない。

  • 単行本で既読/文庫版あとがき読了。

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著者プロフィール

前間 孝則(まえま・たかのり)
ノンフィクション作家。1946年生まれ。石川島播磨重工の航空宇宙事業本部技術開発事業部でジェットエンジンの設計に20余年従事。退職後、日本の近現代の産業・技術・文化史の執筆に取り組む。主な著書に『技術者たちの敗戦』『悲劇の発動機「誉」』『戦艦大和誕生』『日本のピアノ100年』(岩野裕一との共著)『満州航空の全貌』(いずれも草思社)、『YS-11』『マン・マシンの昭和伝説』(いずれも講談社)、『弾丸列車』(実業之日本社)、『新幹線を航空機に変えた男たち』『日本の名機をつくったサムライたち』(いずれもさくら舎)、『飛翔への挑戦』『ホンダジェット』(いずれも新潮社)など。

「2020年 『文庫 富嶽 下 幻の超大型米本土爆撃機』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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