文庫 説得 エホバの証人と輸血拒否事件 (草思社文庫 お 3-1)

著者 :
  • 草思社
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  • Amazon.co.jp ・本 (414ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794222060

作品紹介・あらすじ

1985年、川崎市高津区。小学生の男の子の交通事故で信仰に忠実な両親が子どもへの輸血を拒否し子どもが死亡してしまう衝撃的な事件が起きた。関係者への詳細な取材でこの事件の全貌を追ったノンフィクション。第11回講談社ノンフィクション賞受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 中学2年の時、比較的仲のいいクラスメイトがいた。絵を描くのが
    上手だったので、好きな漫画の登場人物を描いてもらったりして
    いた。

    3年生になりクラスは違ったけれど、交流は続いた。そしてある日、
    彼女から「読んでみて」と冊子を渡された。タイトルは既に忘れて
    しまったが、聖書の内容を分かりやすく書いたものだった。

    それが私とエホバの証人との接触だった。月日は経ち、彼女との
    交流もなくなってエホバの証人のことも忘れていた頃に起きたの
    がこの事件だった。

    1985年11月、神奈川県川崎市。自転車に乗っていた10歳の男の
    子がダンプカーに轢かれた。両足複雑骨折。現場に駆け付けた
    救急隊によって、すぐさま聖マリアンナ医科大学病院の救急救命
    センターへ運び込まれた。

    医師によって全治2か月くらいだろうと言われた少年だったが、緊急
    手術を受けることなく、その日の夜に亡くなった。少年自身も、家族も
    エホバの証人であり、教義に従って輸血を拒否したからだ。

    私自身、この事件があった頃、若かったこともありエホバの証人の
    輸血拒否という教義に少なからぬショックを受けた。いつも穏やか
    だったあのクラスメイトが信じていたのはこんな宗教だったのか、と。

    著者は祖母と叔母がエホバの証人であり、ある時期までその教義に
    触れて育った。だから余計にこの事件が引っ掛かったのだろう。特に
    週刊誌が報じた、「生きたい」と言ったという少年の言葉が。

    閉鎖的な教団内部に入り、聖書の研究をし、信者たちと行動を共に
    し、教団内で何が行われているのかを綿密にレポートしている。そし
    て、亡くなった少年の家族との接触にも成功している。

    今ではこのような取材手法は難しいのかもしれないな。「あとがき」で
    少年の家族からの承諾は得られていないと書いてあるから。

    圧巻は第十一章「説得」だ。少年が事故に遭い、亡くなるまでを時系
    列で再現している。病院に駆け付けた家族と信者仲間の輸血拒否を、
    なんとか説得しようとする医師たち。若い医師からは「それでも親か」
    との怒声が飛ぶ。時間と共に少年の命の火が小さくなることに、本来
    は民事不介入の警察官さえ「お前ら皆告訴だ」と叫ぶ。

    どんな宗教を信じようと自由だと思う。ただ、命に優先する宗教があって
    いいのかと思う。百歩譲って、エホバの証人にとってはハルマゲドン後
    の世界での再会が大事だというならば、それもよしとしよう。

    だが、全治2か月だったはずの少年が治療を受けられず亡くなったこと
    で、「常務上過失傷害」が「業務上過失致死」になったダンプカーの運転
    手さんはどうなのだろう。信者以外の人間はどうなってもいいって事か。

    著者が拘った少年の「生きたい」との言葉。実際に少年の口から発せら
    れた事実はなかったようだ。だが、救命救急センターへ運ばれる救急車
    のなかで救急隊員に「死なないよね」と聞いた少年には、やはりハルマゲ
    ドン後の世界ではなく、現実の世界で「生きたい」との思いがあったので
    はないだろうか。

    著者も書いているように、やはり少年は死ぬべきではなかったのだと思う。
    輸血されたことで少年が「汚れた存在」になったとしても、教団から離れて
    生きて行くとの選択肢だってあったのだから。

    助かったはずの命を、みすみす殺すような宗教ならば、どんなに内部での
    居心地が良かろうと私は信じられない。

    文章と構成の妙、エホバの証人内部のみならず、医師たちへの綿密な
    取材を元にして書かれた優れたノンフィクションである。

  • kotobaノンフ特集号から。扱う内容はだいぶデリケートながら、文体が軽妙なこともあり、スラスラ読み通せる本書。といっても考察が浅いということではなく、自身のこととして問題に向き合うには、理解しやすく書かれていることが一番。そもそもの宗教と医療のデリケートな関係に対する理解なしに、本問題は語れない。信仰の自由が謳われているとはいえ、未成年という立場が制定されている以上、その判断には留保付きで対応するのが妥当と思えてしまう。作者も繰り返すように、大の心臓は止まるべきではなかったのだ。

  • エホバの証人の教えが分かりやすく、批判もなく書かれていてきちんと調べていることが分かる。大学生の頃に輸血の疑問を持ち、信条を探るべく関わりを持って細部にわたって事細かに描写しているのがすごい。
    信仰を全うする事で他人の人生を破滅に追いやった、殺人にしてしまった罪はあったのだろうか❓医師は本当に輸血に代わる代替え治療なるものが出来なかったのか❓❓

  • 1985年に発生した10歳の男児が交通事故に遭い、輸血による助かる状況であったのに関わらず、一家が信仰していたエホバの証人の教義に従う輸血拒否により、男児が死亡した輸血拒否事件。この事件を巡り、自身も複雑な新興宗教信仰の中で思春期を送った著者が、自ら9か月間に及び信者、そして男児の家族との信仰生活に潜入し、治療にあたった医師らへのインタビューも交えて、この事件の本質を描き出そうとした傑作。

    僕個人、幼年時代にエホバの証人の同級生が2人いたが、いずれにも良い印象がない(今であれば、「唯一神又吉イエスにより、貴様らは地獄の業火に投げ込まれるものである。詳しくは選挙公報を熟知すべし」と声高に宣告すべきであったが、あの時代に唯一神を知らなかったのが悔やまれるところである)。それはさておくとして、この事件では、男児の父親がメディアに対して、「息子は生きたいと言った」と発言したことで、世間からの批判に晒されることになり、自身が営む書店も閉業に追い込まれる。しかし、本書では緻密な取材により、実はその発言には一切裏がないことを明らかにし、むしろ父親は自らの信仰心を試すために、意図的にそうした発言を行ったのではないか、という大胆な仮説が提示される。

    この事件は、宗教、法律、生命倫理、子供の人権など様々な論点が絡まっており、一律の結論を出すのは非常に難しい。それでも、著者が最後に自分なりの結論として導出した最後の一文に、僕は強く同意する。

    「大の心臓の鼓動は、止まるべきではなかったのだ。たとえ何があったとしても」(本書p412)

  • すごくよかった。たくさん信者がいる宗教はそれなりに組織や教理がしっかりしてるんだなあ、とも思った。内容の構成もよかった。

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著者プロフィール

1961年東京都生まれ。デビュー作『説得』が講談社ノンフィクション賞を受賞。「水木原理主義者」を自称するほどの水木しげるファンで、代表作に『消えたマンガ家』などがある。

「2015年 『さらば、ヘイト本!』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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