- Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
- / ISBN・EAN: 9784794925251
感想・レビュー・書評
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聴覚障害者、その中でも先天的に耳が聞こえないろう者にとっての言語、コミュニケーション(手話)についてかかれた本である。
私は今まで生まれつき耳が聞こえないということを深く考えたことがなかった。しかしそのことは、成長過程において言葉を耳から覚えていくことができないことを意味し、語彙力や知的な遅れはもちろん、一年前や昨日と言った時の感覚を理解するのが難しくなる子も少なくないという。
本文の中には10代を迎えるまでなんの言語も持たずに育った子どもたちが何らかの形で言語に触れ、探究心の芽を開かせる様子などが描かれており、学ぶことには喜びがあるということを改めて気付かされた。
一般的に健聴者と言われる人々は、耳が不自由な人のことをかわいそうという類のマイナスな感情で見てしまうだろう。しかしこの一冊を通して、そう決めつけるのは違うかもしれないと思った。日本語、英語、中国語など様々な言語があるように、手話もひとつの立派な言語であると考えることができたからだ。マイノリティを普通じゃない、かわいそう、と考えるのではなく、それをひとつの文化として認めること、見つめる必要があると思った。このことは聴覚以外のことにも共通して言えることだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
20/5/21
ろう者11歳ジョーゼフ>精神が欠如していたのではない>精神が十分に活用されていなかったのである。
母親>A群子供と一緒に話し合って対話>子供の行動支援、支援できないときはその理由をきちんと説明する>B群子供に向かって話しかけようとする>子供の行動管理、理由の説明をしないことが多い。
ダイアローグ>月の裏側>未知の領域
「新しい理論の創造は、古い納屋を壊し、かわりに超高層ビルを建てるのと同じではない。それはむしろ、山に登って新たに広大な視野を手に入れるのと似ている」アインシュタイン
「事物の最重要の側面は、それが単純でありふれているという理由で、かえって見えにくくなる」ヴィトゲンシュタイン