壜の中の手記 晶文社ミステリ

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  • Amazon.co.jp ・本 (332ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794927323

作品紹介・あらすじ

アンブローズ・ビアスの失踪という米文学史上最大の謎を題材に、不気味なファンタジーを創造し、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞を受賞した名作「壜の中の手記」をはじめ、無人島で発見された白骨に秘められた哀しくも恐ろしい愛の物語「豚の島の女王」、贈られた者に災厄をもたらす呪いの指輪をめぐる逸話「破滅の種子」、18世紀英国の漁師の網にかかった極彩色の怪物の途方もない物語「ブライトンの怪物」、戦争を糧に強大な力を獲得していく死の商人サーレクの奇怪な生涯を描いた力作「死こそわが同志」他、思わず「そんなバカな!」と叫びたくなる、異色作家カーシュの奇想とねじれたユーモアにみちた傑作集。

感想・レビュー・書評

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  • 『彼の立場にもなってみたまえ。広島で床に就いたときは一九四五年の八月で、次の瞬間――ドーン! そして気がついたら一七四五年八月のブライトンにいたのだよ。あの不運な男が口がきけなくなったとしても何の不思議もなかろう。そんな衝撃を受ければ、だれだって舌が痺れてしまうにきまっているじゃないか。恐ろしいことだよ、カーシュ君』―『ブライトンの怪物』

    戦前戦後、英国及び米国を拠点に作家として活動したというジェラルド・カーシュの短篇は、どことなく星新一のショートショートを思い起こさせる。カーシュの短篇の舞台となるのは古き良き時代、あるいはほとんど全ての人々が等しく貧しく未来に対する期待が枯渇していた時代。そんな時代を背景に、時に空想科学的な物語の展開を用意し、最先端の科学技術をも越えた世界観を一瞬だけ垣間見せておいてどんでん返しのオチを付ける。しかも目の前でコインを何度も消したり取り出したりする奇術師のように、そんな掌返しを幾重にも重ねる。

    翻訳者の一人西崎憲によれば、本書に登場する主人公たちのように作家本人も中々に波乱万丈な人生を送った人のようだが、レスリングを嗜んだり、従軍記者として記事を書いたり、糊口を凌ぐ為に新聞・雑誌に雑文を書いたりしていたらしい。そんな経験が元となった(作家本人は自身の作品を「全くの創作という訳ではない」とも言っている)逸話や登場人物たちの会話が、本書の彼方此方に見え隠れする。そして何より特筆すべきなのは、その皮肉屋ぶりだ。

    『ピルグリムという男には、どこか黴臭いところがあった。人間に当てはめるなら、「みすぼらしい」という形容がぴったりだ。彼を見ると、自家製のジャムの壜の表面に黴がついているのをめざとく見つけた主婦のような気分にならずにはいられない。「味はいいけど、どうしたものかしら」と彼女は自問自答する。「でも捨てるのはもったいないから、貧乏な人にでもあげましょう」 ピルグリムも同様だと、私には思えた』―『黄金の河』

    さっと読み飛ばしてしまうと、何を言っているのか掴み取りかねるような言い回しで、カーシュは世の中を、そしてそんな世間を生きる人々を皮肉って止まない。ある意味、世捨て人のような立場を貫く人々が本書の短篇に多く登場するが、そこに作家本人の世の中に対する姿勢が投影されていると見ることも出来るように思う。作家としての成功を目指しつつ、数々の職を転々とした後、一定の成功を手に入れたものの、二度の離婚、転々と居住を変える生活、飲酒による健康悪化、そして五十七歳での死、と、破れかぶれのような生き様から絞り出された皮肉には、一方でユダヤ系として戦争を潜り抜けたが故の苦渋が透けて見えるようでもある。それは詰まるところ、善人と呼ばれる人たちへの不信であり、ユダヤ教の教えるところの救済に対する不信でもある、と読んでしまうのは読み過ぎだろうか。けれど、こんな文章にカーシュの抱く苦悩が見え隠れするように思えないだろうか。

    『ヒステリーにはほっぺたを平手打ちするのがだいたいの場合何よりの特効薬だが、一発で莫大な人数の顔を同時にひっぱたくなどという芸当がいったい誰にできよう。しかも我々が身を置いているのは、集団ヒステリーと盲信と妄想と、いつ暴走するかわからない危うい群衆の時代なのだ』―『狂える花』

    因みに、表題作である「壜の中の手記」は宮澤賢治の「注文の多い料理店」を、そして短篇集の最後に配置された「死こそわが同志」はスタンリー・キューブリックの「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」を思い出さずにいることは難しい。キューブリックがキューバ危機を背景にブラックユーモアによる風刺劇を描いて見せたように、カーシュもドイツによるポーランド侵攻の前年、欧州を覆う不穏な空気を風刺するようにこの作品を書いたのだ。そして賢治のブルジョア青年が主人公の童話もまた「糧に乏しい村のこどもらが都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない反感」から書かれたのだということは知っておいてよいことのように思う。

  • 面白かったです。Twitterて見た本が図書館にあったので借りてみたのですが、大好きな奇想でした。
    不思議さも爆発していますが、人のおかしみや悲哀もあって良かったです。
    「壜の中の手記」「ブライトンの怪物」「時計収集家の王」が特に好きでした。
    ブライトン~はまさかの!そうつながるの?となりました。かなしい。
    壜の中~と時計~は、わたしでは想像力足りないですが、がんばってみるとキレイなような紙一重のところがあってよいです。
    紹介してくださって出会えて良かった。楽しかったです。

  • (編集ノート)早川書房〈異色作家短篇集〉を勝手に受け継ぐつもりで送り出したジェラルド・カーシュ傑作集(このあと〈晶文社ミステリ〉ではイーリイ、スタージョン、A・H・Z・カーの異色短篇集を刊行)。ルキアノス『本当の話』以来のほら話の系譜を20世紀に甦らせた奇特な作家の、「御代は見てのお帰り」的な、いかがわしい魅力が一杯に詰まった作品集であり、そうした奇想が、ときに作者自身がおそらく予想もしていなかった高みへと突き抜けていく、奇跡のような瞬間に立ち会うこともできるでしょう。「豚の島の女王」「壜の中の手記」「骨のない人間」などは早くから紹介されてきたアンソロジー・ピースですが、実はカーシュの短篇は玉石混淆、というか石のほうが多く、夥しい未訳作のなかから「死はわが同志」のような強烈な傑作を見出した時の喜びは何物にも替えがたいものがあります。
    本書は、現在では若干収録作を増補変更して角川文庫から刊行されています。カーシュの短篇集は他に『廃墟の歌声』(晶文社)、『犯罪王カームジン』(角川書店)を編集しました。

  • 読み始めて、その話がどこへ向かうのかオチにわくわくする短編集でした。結末が破滅であれ円満であれ、そのどれもが後味の悪さを感じさせない不思議。次、次と話を読みたくなりました。ヒロシマの原爆を扱った話にはかなりびっくり。外国の方でもこういう風に話を書く方がいるなんて。ただ表題作の【壜の中の手記】がアンブローズ・ビアスの失踪の謎を題材とした不気味なファンタジーと紹介されていて、それに釣られて手に取ったのでほぼ「注文の多い料理店」だったときは思わず声だして突っ込んでしまいました。これはちょっとがっかり。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「これはちょっとがっかり。」
      そうですか?私はビアスっぽさ(あくまでイメージですが)が出て良かったですよ。
      「これはちょっとがっかり。」
      そうですか?私はビアスっぽさ(あくまでイメージですが)が出て良かったですよ。
      2012/12/18
  • 2018.03.07 図書館

  • 江戸川乱歩みたいなちょっといかがわしいというか、怪しげな感じの小説ってなかなか最近は出ないわねぇ、って思うけど、これ、半分くらいは差別がどうとか、そういうのに影響受けてんのかなぁ、と。奇形がどうとか、そういうのって、今はなかなか小説なんかにできんだろうし。そうなるとやっぱり昔の小説ってのは貴重で、何故か昔の小説の危険な表現も、尊重して云々で訂正されないので、まぁ全部ひっくるめて興奮してしまかもしれんなぁ。

  •  怪奇譚集。聞いたことのない著者だが、テンポよくそれぞれに工夫が凝らされていて楽しめる。アンブローズ・ビアスの失踪事件にからむ表題作から広島の原爆がらみの超時空ものとか異星人がでてくるSFまでバラエティにも富んでいる。もっと他のも読みたいが多作家というわりにはまとまった収載書がほとんどない。この晶文社のシリーズにはあと一冊あるので楽しみだ。冬の夜、一日の終わりに炉辺(のつもり)の安楽椅子で膝かけをかけてポートをちびちび舐めながらこういう短編を2,3編読むのはまさに至福のひととき。

  • 不気味な短篇の数々。自分には合わないのか、思っていたほど面白くなかった。でも、カーシュが奇想と奔放な想像力の持ち主であることはよくわかった。

  • 12/21 読了。
    再読。血の通ったエリック・マコーマック、新聞記者が書く久生十蘭。

  • 話の骨格自体はありふれたものも多いけど、なんだろう…個性的。見た目以上に優れた作家なのだと思う。

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著者プロフィール

イギリスの小説家。パン屋、ナイトクラブの用心棒、新聞記者などの職を転々としながら文筆生活に入り、幅広いジヤンルにまたがる夥しい作品を発表した。独創的なアイディアと特異なスタイルはエラリイ・クイーンやハーラン・エリスンなど目利き達も熱烈な賛辞を寄せている。

「2006年 『壜の中の手記』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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