ギリシャ語の時間 (韓国文学のオクリモノ)

著者 :
制作 : 斎藤 真理子 
  • 晶文社
3.70
  • (4)
  • (12)
  • (4)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 102
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794969774

作品紹介・あらすじ

ある日突然言葉を話せなくなった女。
すこしずつ視力を失っていく男。

女は失われた言葉を取り戻すため
古典ギリシャ語を習い始める。
ギリシャ語講師の男は
彼女の ”沈黙” に関心をよせていく。

ふたりの出会いと対話を通じて、
人間が失った本質とは何かを問いかける。

★『菜食主義者』でアジア人作家として初めて英国のブッカー国際賞を受賞したハン・ガンの長編小説

★「この本は、生きていくということに対する、私の最も明るい答え」――ハン・ガン

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 中動態を使ってみたくなる。

    はじめは小説を読んでいるつもりだったのに、古典ギリシャ語講師の男性の回想あたりで、気がついたら詩を読んでいた。

    現在パートの話がなかなか進まないのですが、『人と人が出会って影響しあって成長する物語』に慣れてしまっていて、
    または 現在からちょっと先の未来までを描く物語に慣れてしまっているから、そんな風に感じるんだと思う。

    登場する女性も、男性も、積み重ねた過去のなかを繰り返し生きている。知らない人と出会うということは、そのひとに連なるたくさんの、誰とも共有してない過去の先端(今の自分)だけが少し触れあうというだけで、何も分かりあってないし、互いのことを何も知り合っていない。

    そんな出会いかたをよく書いたなあ、と思いました。

  • 読みやすい物語ではない。語り手も時間も場面もあちこちにとぶ。散文詩とまでは言わないがそれに近いところもある。ただ、作者の語りたいことや思いは一貫しているので、それにのることができれば、読み心地は悪くない。
    ふたりの登場人物はどちらも、生々しい事物が言葉(不確かな意味)をまとった現実の世界との関わりに苦しんでいる。女は、生身の世界をゆがめながら増幅する自らの言葉を怖れている。心がハウリングを起こすことを怖れている。男は、形而上の言葉の世界に拠り所を求めるが、それと生身の世界との乖離に苦しむ。ふたりが抱える困難は、失明・失語症そのものというより、それを契機に向き合わざるをえなくなった、自分と他者、自分と世界との折り合いのつけ方だろう。
    その途上でふたりを結びつける役割を果たしているのが、今は誰も日常的に使うことのない、生身の世界をすでに失った、古典ギリシャ語だ。古典ギリシャ語とギリシャ哲学に関する挿話が、ふたりの世界との格闘の中に効果的に織り込まれている。

  • 分からない。。。

  • 久しぶりの読書。
    設定からもっと劇的な展開みたいなのを期待してしまったので、想像より淡々と進む物語にちょっと肩透かし感もあったけれど、良い読書だった。この人の書く世界観好きだなあ。
    韓国文学、やはりあなどれない。

  • 目が見えなくなっていく遺伝的な病気を抱えたギリシャ語講師の男性と、言葉を話せなくなり古代ギリシア語(死滅した言語)を習いに来た女性。それぞれの過去と、お互いなくしてきたものから少しずつ何かが生まれそうな気配。
    途中から夢中になって読みました。静かだけれど余韻の残る話。
    숲 スプ(森)主人公の好きな文字。
    ラストにまた出てきてその余韻を残す。
    そしてラストから話の始まりにつながる…そうしてゆったりと2人は少しずつ深いところから出られるようになるといいな…と思えるラストでした。

  • もやもやとくぐもった声で朗読するのがきこえてきそうな
    どんより曇り空がひろがっていそうなイメージがたえず続く

    最初は読みにくくなかなか読めずにいたけれど
    言葉を失った女、視力を失う男の世界にひきこまれる

  • 夢をみていた。〈かなしいゆき〉が瞼に、喉に、心に降る夢を。雪は音を吸いこむ。降り積もるほどに白い沈黙は深まり、行き場のない声は凍りつき、物の輪郭が崩れるみたいに言葉の意味が失われていった。感覚を閉ざした私は眠りの冬の住人だった。
    けれども、季節は必ずめぐるから、目覚めの春は訪れる。祈りにも似た小さなぬくもりが肌をつたう。夜明けの森のように開かれる瞳。吐きだす息は風になる。いま静止していた音が揺れた。こぼれ落ちるあなたのまなざしを受けとめよう。
    〈かなしいゆき〉は愛しい美しい雪。すべての色を集めた光の色だった。

  • 薄緑色のデザインが美しい装丁。
    読書会の課題本でした。

    ある日突然
    言葉を話せなくなった女。
    すこしずつ視力を失っていく男。

    詩的でとつとつと物語は紡がれる。
    わたしには最後まで2人の、顔が見えてこなかったけど、美しくなく汚い部分も読み取っていた人もいて。

    そんなに簡単なことではありませぬ。か。

  • ────────
    八年前に彼女が産み、今はもう育てることができなくなった子供が初めて言葉を覚えようとしていた頃、彼女は、人間のすべての言語が圧縮されたような一つの単語を夢に見たことがある。背中が汗でびっしょり濡れるほど生々しい悪夢だった。とてつもない密度と重量で堅く打ち固められた一つの単語。誰かが発音したらその瞬間に、太初の物質さながらに爆発し、膨張していくだろう。夜泣きのひどかった子供を寝かしつけながら一瞬うとうとするたび、途方もなく重いその言語の結晶が、彼女の熱い心臓に、脈打つ心室の真ん中に、冷え切った爆薬のように装填される夢を見た。


    小学生のころに作った万華鏡を彼女は思い出す。鏡屋が長方形に切って持ってきた三枚の鏡面板をつなぎ合わせて三角柱を作り、その中に小さく切った色とりどりの色紙を入れた。片方の目を当てて万華鏡を揺らすたびに広がる不思議な世界に、彼女はたちどころに魅了された。
    言葉をなくしてから、ときどき彼女の目の前にはあの世界が折り重なって浮かび上がることがある。今のようにくたくたになって、バスに身を任せて暗い、堅固な森のような夜の町を揺られていくとき。カルチャースクールの建物の暗く狭い階段を上がっていくとき。教室に続く長い廊下を歩いて行くとき。午後の日差しと静寂と樹木、葉ずれ、その間の黄色い模様を眺めているとき。今にも爆発しそうなネオンサインと色電球の下をとぼとぼと歩いて行くとき。
    言葉をなくしてみると、それらのすべての風景はばらばらの鮮やかな破片になった。万華鏡の中でついに黙り込んだままだった無数の冷たい花びらのように、いっせいに模様を変えてみせた、あの色紙のように。


    すべての事物は自らの内に自らを損なうものを持っていると論証する箇所でですね。目の炎症が目を破壊して見えなくさせ、錆が鉄を破壊して完全に粉々にしてしまうことを例にとって説明していますが、そうであれば人間の魂はなぜ、内なる愚かな、悪しき属性によって破壊されないのでしょうか?


    文学を読むなんて耐えられなかった。感覚とイメージが、感情と思索とがぶざまに手を組んで揺れている、そんな世界を決して信じたくなかった。


    暗闇にはイデアがない。ただの闇だ、マイナスだ。簡単にいえばゼロ以下の世界にはイデアがないんだよ。どんなに微弱でもいいから、光が必要だ。かすかな光でも存在しないところにイデアはない。ほんとうに、わからない?どんないにかすかな美しさでも崇高さでも、プラスの光がなくては成り立たないんだ。死と消滅のイデアなんて!君は今、丸い三角形について語っているんだぜ。


    人間の体は悲しいものだということ。へこんだところ、やわらかいところ、傷つきやすいところでいっぱいな人間の体は。腕は。脇の下は。胸は。股は。誰かを抱きしめるために、抱きしめたいと思うように生まれついている、あの、体というものは。
    あの季節が終わる前に君を、一度でいいから、壊れるぐらいに、真正面から抱きしめなくてはいけなかったのに。
    それは決して僕を傷つけはしなかったろうに。
    僕が倒れも、死にもしなかったろうに。

  • 書籍についてこういった公開の場に書くと、身近なところからクレームが入るので、読後記は控えさせていただきます。

    http://www.rockfield.net/wordpress/?p=10489

全10件中 1 - 10件を表示

ハン・ガンの作品

ギリシャ語の時間 (韓国文学のオクリモノ)を本棚に登録しているひと

ツイートする