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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784794970374

作品紹介・あらすじ

どうしてこんな時代になったのか?
「丈夫な頭」を持つ9名の論者による平成30年大総括

平成の30年は、日本の国運が「隆盛」から「衰退」へと切り替わる転換期だった。
なぜ30年前に期待されていた「あのこと」は起こらずに、
起きなくてもよかった「このこと」ばかり現実になったのか?
平成という時代の終わりに向けて、この間に生まれた絶望の面と希望の面を、
政治・社会・宗教・自然科学など9つの観点から回想するアンソロジー。

みんなの感想まとめ

平成という時代を多角的に振り返るエッセイ集で、内田樹をはじめとする多様な論客たちが、経済や社会の変遷を描き出しています。特に、平成元年のバブル経済の絶頂から、その後の経済停滞への道のりが鋭く考察され、...

感想・レビュー・書評

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  • 平成元年は1989年、「ベルリンの壁」の撤去が始まった年であり、その後の東西ドイツ統一、ソ連を含めた東側陣営の崩壊、東西冷戦の終結へと向かっていく最初の年であった。また、この年の12月29日には、日経平均株価が38,915円の最高値をつけ、バブル経済の絶頂を迎えている。この年が絶頂であったということは、平成の時代を通じて、日本の経済は停滞あるいは衰退を続けていったということだ。
    平成が終わったのは、平成31年、2019年のことだ。昭和が終わり平成が始まったのは、昭和天皇のご崩御によったわけであるが、平成が終わり、令和が始まったのは、平成天皇・明仁天皇が自ら退位の意思を示されたからであった。
    平成の30年間というのは、どういう時代だったのか、ということを、内田樹をはじめとする論客たち、白井聡・平田オリザ・鷲田清一・ブレイディみかこ、といった人たちが論じた文章を集めたものが本書である。
    内田樹が最初に書いていますが、平成が始まる時にはソ連が崩壊する等とは全く考えていなかったし、その後、プーチンが登場して、再度、強権的な国家に逆戻りする等ということは思いもよらなかった。また、日本の経済の強さが、ここまであっけなく崩壊してしまうとは全く思っていなかったし、それが30年間も現在進行形で続くとは、全く考えていなかった。
    読んでみての感想は、ことほどさように、未来を予測することは難しいということである。日本の未来に対しては、今のところ暗い予測しかないが、もしかしたら、それがはずれるかもしれない、という超ネガティブな期待を感じた。

  •  内田樹篇の平成を振り返るエッセイ集。最初に内田氏が言っているように、自由に書いてもらったので統一感はないが、それぞれの書き手の専門分野に応じて、いろいろな平成の断面が見える。中には内田氏ファンである読み手の存在を忘れているのではないかと思われるものもあったが、総じて興味深く読めた。面白かったのはブレイディ氏の英国的「ガールパワー」と日本的「女子力」が全く真逆の意味になるという指摘だった。前者は、女が、女たちの支持を得て女たちをインスパイアすることだったが、後者は、女が、男たちの支持を得て男たちに愛されてほかの女たちより上に立つことだという、なるほど、双方の国民性の一端を垣間見せてくれている。

  • ブレイディみかこ氏は「シスターフッドと原初の怒り」という一文を寄せている。

    1989年:平成元年の日本流行語大賞は「オバタリアン」、新語大賞は「セクシャル・ハラスメント」、そして2018年:平成30年のそれは「#Me Too」がランクインということで、”セクハラに始まりセクハラに終わる”との小見出し。氏個人的には1989年は24歳で英国とアイルランドにいて、アイルランドは男を追いかけて行った、とありそれはアイルランド人移民の夫のことか?またストーン・ローゼズに夢中になった年であった。また1990年にイギリスでは税制上、既婚女性が初めて配偶者から分離された独立した税務者とみなされるようになった、ともある。

    しばらく日本と英国を行ききし、1996年:平成8年に腰をおちつけるべく渡英した時はやっていたのが「スパイス・ガールズ」でスローガンは「ガール・パワー」。当時少女で現在活躍中の英国若手女性ライターたちがフェミニズムに目ざめた原点は子供の頃であった「スパイス・ガールズ」だという。それより上の世代は所詮作られたアイドル、と相手にもしなかったようだが、この「ガール・パワー」は女が女たちの支持を得て(たとえ小学生でも)、女たちをインスパイアして旋風を巻き起こした、のだという。対して日本にも2009年に流行語となった「女子力」はあるが、これは女が男たちの支持を得て男たちに愛されて、ほかの女たちより上に立つことで、「スパースガールズ」旋風は「ソーシャルな力」、「女子力」は「個人的な力」だという。

    怒りが社会を変える、という考え方は英国に根強くあり、それはセックス・ピストルズであったり、英国労働党などにみられるという。その怒りをいま日本で一番多く持っているのは女性たちではないか、という。来るべき変化は、どこかから(既成のものから?)犬の餌のごとく与えられるのではなく、女性たちが、女性たちの力で手に入れなくてはならない。「シスターフッドと原初の怒り」を持つ、ガール・パワーがこれからの日本を変え得るという。

    2019.3.30初版 図書館

  • 内田先生の編纂である『待場』シリーズでの平成論
    平田さんの日韓の関係の話。
    白井さんのポストヒストリー(歴史の終わり)について
    の2編が面白いと思いました。
    釈さんの宗教論。宗教の多様化、多元化についても面白い
    と思いましたが、論としてはちょっと疑義があるというか
    そんなことできるのかなあとの思いに駆られます。
    鷲田先生の小さな肯定の積み重ねについては、いつものように難解でちょっとわかりづらいところがあります。

  • 昭和天皇が崩御したのは、ぼくが中3、15歳のころ。
    家庭科の実習でうどんを作っていたのを、なぜか記憶しています。
    それから平成が始まりました。
    馬齢を重ねて45歳となり、時代は平成から令和へと変わりました。
    15~45歳は、人生の黄金期と言っていいでしょう。
    感慨深いものがあります。
    というわけで、いずれ劣らぬ名うての書き手たちの論考で、平成を振り返ろうと図書館で借りたのが本書。
    贔屓はやはり小田嶋隆さん。
    「個人から『群れ』へと進化した日本人」
    と題して論考を寄せています。
    「スマホを装備しインターネットにぶら下がることになったわれわれは、脳を外部化し複数のネットワークでつながることを通じて、一つの巨大な群れになった。」
    というのは、鋭い指摘と思いました。
    平成は言うまでもなく低成長時代。
    ちなみに私は大学時代にバブルを謳歌した口です(最も後から振り返れば、私の大学時代にはすでにバブルは弾けていましたが、タイムラグがあります)。
    ですから、就職活動は困難を極めました。
    就職してからも、景気回復を実感しないまま今に至ります。
    学生時代はDCブランド(メルローズの5万8千円のジャケットを普通に着ていました)に身を固めましたが、今はもっぱらユニクロやGU(ジャケットはせいぜい5千800円)。
    小田嶋氏の「(群れだ)とすれば、多少貧しくても将来に夢がなくても特段に不満はない」との指摘にドキリとしました。
    編者の内田樹さんの「戦後史五段階区分説」、白井聡さんの「ポスト・ヒストリーとしての平成時代」も興味深かった。
    あと、トリを飾った鷲田清一さんの「小さな肯定」ね。
    特に、先日亡くなった橋本治さんの次の言葉を引用しており、強く印象に残りました。
    「AIの導入も外国人労働者の受け入れも経済的側面からの要請です。経済の問題は数字の帳尻合わせで、数字で計れない人の心の問題はどこかへ行ってしまいます。『失ってしまったものはどこかから持ってきて、辻褄合わせをすればなんとかなる』と思っているようですが、それは『失われたものの数をかぞえる』という後ろ向きのことで、我々が考えなければいけないのは、『失われていないもの、残されているものの数をかぞえる』ということではないでしょうか。」
    うむ。
    令和時代も「小さな肯定」を積み重ねて生きたいものです。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/721423

  • 内田が、編集した各界の有識者による平成論集。

    日本がアメリカの属国であるということをモチーフに戦後のステージを整理し、かつ平成を総括した内田の洞察には恐れ入った。そして、自分なりの平成論を書いてみたいと思った。

    一通り読み終わり、いろいろな視点があるものだと思う。
    中でも面白いのは、
    日韓平成史
    ポストヒストリー
    消費者主権国家
    個人から群れへ
    といったあたりか

  • 有り 210.7/ウ/19 棚:4〜5

  • ☆☆☆2019年8月レビュー☆☆☆


    内田樹を編者として、稀代の論客が「平成」をテーマに持論を展開する。共感できるところもあれば、できないところもある。

  • それぞれの先生の平成論を読み、自分自身が個人的にあまりにも暗いので、なんだかますます暗くなった。
    そして、そんなつもりはなかったのに、私にとっての平成を振り返り、「なぜこんなことになってしまったのか」「30年前にはまさかこんなことになるとは思わなかった」と同じことを感じて暗くなった。
    救いは、鷲田清一さんが引用されている橋本治さんの、失われたものを数えるのではなく、失われてれていないもの、残されているものの数を数える、というところだろうか。同じことを別の本で内田先生がおっしゃっていたのも思い出す。
    私と日本と世界と…

  • 東2法経図・6F開架:210.77A/U14m//K

  • 限られたページ
    限られた枠組み
    の中で語られる「平成論」で
    あるがゆえに

    もうちょっと 読み進めてみたいな感
    もうちょっと 論考を進めて欲しいな感
    が 出てきてしまう

    それでも
    鷲田清一さんの
    「小さな肯定」論は
    かなり面白く読ませてもらいました

  • いろいろな観点から「平成」を振り返る論集。30年間の変化の大きさに愕然とする。もっとも改元が時代の変化を表さないことは言うまでもないが。

  • 平成論とあるが、平成というより、それを話の起点に各論者が持論を語っている。
    但し、選定された論者は分野は多岐にわたり、優れた視点を持った方たちばかりである。
    通り一遍に平成という歴史を俯瞰するのでなく、こういったアクのある視点から平成を見るのは面白い。

    私たちは「どう生きるか」より「他人からどう見えるか」に意識をおいてしまう。でもそれはまさにsnsというバーチャルな世界の中で人と繋がっているものの定めなのかもしれない。

  • 19/04/12。

  • 9人の識者により、各テーマについて「平成」をまとめたもの。
    編者が冒頭に指摘したように、統一的理論があるわけではなく、読後感はもやもやとしたものであるが、個々の論考は短く読みやすい。

  • 街場の平成論のまえがき - 内田樹の研究室
    http://blog.tatsuru.com/2019/03/16_1045.html

    晶文社のPR
    どうしてこんな時代になったのか?
    「丈夫な頭」を持つ9名の論者による平成30年大総括
    平成の30年は、日本の国運が「隆盛」から「衰退」へと切り替わる転換期だった。なぜ30年前に期待されていた「あのこと」は起こらずに、起きなくてもよかった「このこと」ばかり現実になったのか? 平成という時代の終わりに向けて、この間に生まれた絶望の面と希望の面を、 政治・社会・宗教・自然科学など9つの観点から回想するアンソロジー。
    http://blog.tatsuru.com/2019/03/16_1045.html

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著者プロフィール

1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授、神戸市で武道と哲学研究のための学塾凱風館を主催、合気道凱風館師範(合気道七段)。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。専門は20世紀フランス文学・哲学、武道論、教育論。 主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『寝ながら学べる構造主義』、『先生はえらい』など。第六回小林秀雄賞(『私家版・ユダヤ文化論』)、2010年度新書大賞(『日本辺境論』)、第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『日本型コミューン主義の擁護と顕彰──権藤成卿の人と思想』、『沈む祖国を救うには』、『知性について』など。

「2025年 『新版 映画の構造分析』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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