急に具合が悪くなる

  • 晶文社
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本棚登録 : 1361
感想 : 99
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784794971562

作品紹介・あらすじ

もし明日、急に重い病気になったら――
見えない未来に立ち向かうすべての人に。

哲学者と人類学者の間で交わされる
「病」をめぐる言葉の全力投球。
共に人生の軌跡を刻んで生きることへの覚悟とは。
信頼と約束とそして勇気の物語。

もし、あなたが重病に罹り、残り僅かの命言われたら、どのよう
に死と向き合い、人生を歩みますか? もし、あなたが死に向き
合う人と出会ったら、あなたはその人と何を語り、どんな関係を
築きますか?

がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場の調査を
積み重ねた人類学者が、死と生、別れと出会い、そして出会いを
新たな始まりに変えることを巡り、20年の学問キャリアと互いの
人生を賭けて交わした20通の往復書簡。

感想・レビュー・書評

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  • この本の概要を見て、単純に興味を持った。
    読んでみて驚いた。
    凄かった。ただ凄い。

    終始、哲学者・宮野真生子さんのパワーに圧倒される。癌を患い思うようにいかない体を抱えながらそれでも本を執筆したり講演に出かけたり、自分のやりたいことを諦めない。
    そんな宮野さんと手紙のやりとりをするのは人類学者・磯野真穂さん。
    宮野さんの話を自然に引き出し、豊富な知識量で「こういう文献があって、今の状態はこれで説明すると分かりやすいよ」と会話を膨らませてくれる。
    主な内容は、病を宣告されると起こる「正しく選択する」事へのプレッシャー。
    「お大事に」という定型分が使えない重苦しさ。そんな中で、病者とどんな関係を築いていくべきなのか。などなど。

    ただ、私には内容が難しく、もちろん一度読んだだけでは到底理解できず、何度も読み直し付箋を貼ったところをノートに書き出してやっと話の輪郭が見えてきた。
    本の内容がほぼ「二人の間だけで交わされた手紙」であることに驚く。病を抱えた人とその周囲の人との間に起こる色々な出来事・感情をリアルに、見事に説明している。

    宮野さんの強さをよく表している、と感じる一文を引用。
    【癌になった不運に怒りつつ、何とかその不運から自分の人生を取り返し、形作ろうともがいている/
    しかし分からないものと対峙するのはしんどいし、怒り続けることも難しい/
    でも、分かる必要などないのです。分からなさの前で、自分を取り返すために私達は問わねばならない。これは何なのだ、と。
    分からないことに怒り、それを問う力を、自分の人生を取り返す強さを、哲学は私に与えてくれたのです。】

    普通は癌になった時点で絶望して諦めて、100%患者モードで治療された方が楽に決まってる。
    その楽な運命に抗い続ける強さ。
    【死は間違いなく来ている】と感じる毎日の中で、その強さを保ち続けることがどれだけ難しいか。
    真に生きると書いて真生子さん。
    これほど名前を体現している人はいないんじゃないか。

    この先私にも起こるであろう様々な事。
    自分の死期は分かるかもしれないし、分からないかもしれない。
    どっちになったとしても、最期まで自分を貫けるような大好きな事に出会いたい。
    そして自分がここにいた、という踏み跡を一個でも世に残したい。
    そんな風に強く思いました。

  • 誰もが「急に具合が悪くなる」かもしれない。そんな時、私ならどうするか。
    本書は、がんが転移し余命を意識せざるを得なくなった哲学者の宮野さんと、拒食症などの研究で知られる医療文化人類学者の磯野さんの、真剣勝負、魂のやり取りである。

    感動、という言葉が適切かわからない。でも、やはり私は心から感動し、勇気づけられたのだ。宮野さん、凄い。磯野さん、凄い。人間、凄い。

    書簡のやり取りの体裁をとる本書では、まず磯野さんがボールを投げる。それに対し、宮野さんが自身の奥底から汲み出すように言葉を返す。おそらく、宮野さんは磯野さんの背後にいるその他大勢の我々読者に対しても語っている。
    読んでいるこちらは宮野さんの文章に何度もうなづき、あっという間に、本が付箋でいっぱいになっていく。ところが、磯野さんは、その回答では納得しないのだ。「宮野、そんなもんじゃないよね」と言わんばかりの返信を返し、宮野さんはそれに応えるかのように次便でさらに一歩、また一歩と自分の哲学を深めていく。まさに点と点だった2人が、共同で深いラインを刻み込んでいくかのよう。その過程は心揺さぶられずにはいられない。

    宮野さんが偶然性を思弁した九鬼周造の研究者であったことも、磯野さんという最良の友人に会えたことも、「にもかかわらず」にあったこと。

    もし本書をまだ読んでいなかったら、万難を排して手にしてほしい。おもしろい本はたくさんある。けれど、凄い本はそうはない。

  • とてもいい本でした。

    最後の方は涙ぐんでしまう、それは死んでしまう悲しみでもあるが勇気と覚悟によって偶然性を引き受けて、約束を果たそうとする2人の姿勢によるものなのだろう。

    ラインと連結器の話に関して何かしっくり来る自分の中のそれに当たる事柄がうまく出てこない。しかし、今までの自分とこれからの自分に対して、これからの自分が網の目の中に生きて行くことを自覚するために必要な言葉だと思う。
    網の目とは、本書214頁の「人は自らが紡ぎ出した意味の網の目の中で生きる動物である」、意味の網の目=webs of significance。

    この言葉とその文脈も指している意味も違うが、以前、人間関係網目の法則という言葉に「君たちはどう生きるか」を読んで出会った。そのシーンでは、コペル君が眺める銀座とそこから広がる世界を想像し、影響を受けたが、またこうした形で網の目という表現に出会うとは。

  • がんを患う哲学者・宮野真生子さんと、友人の人類学者・磯野真穂さんとの往復書簡を書籍にしたもの。
    7便まではうなずけるところが多かったけれど、8便あたりから話がより一層難しくなり、読むのに時間がかかりました。

    お互いを思いやりながらも、考えたことは言葉を選びつつはっきり述べる。
    それは一見、ケンカのようにも見えハラハラするのですが、本当の語らいってこういうものだよなとも思いました。

  • 読み応えあった。
    あぁ、
    読んでしまった。
    進むうち、読みたい気持ちと、読みたくない気持ちが入り混じる。けど、また、読む。

  • 哲学者 宮野真生子さんと、人類学者 磯野真穂さんの往復書簡。
    はじめはまだ遠くにあった「死」が、急激に身近なものになってきて、読み進めるにつれて、どんどんぐいぐい引き込まれました。

    2人で話すこと。お互いを知ること。2人の中から生まれてくること。

    出会うとは。生きるとは。

    読みながら、自己との対話も深まる一冊でした。

  • 愛の本より、愛の本だし、友情の本より友情の本だし、哲学の本より、哲学の本だ。
    言葉を通じて、知性というものが、人生にもたらす素朴で深くて美しい意味を持つことを教えてくれる。
    堅苦しい学問の壁を軽々と超えて、出会い、ほとばしる。
    誰かと出会い、誰かと生きるって、最高だな。

  • 『急に具合が悪くなる』
    偶然を受け止め、選ぶことで自分を見つける。
    宮野さんと磯野さんが出会い、「共に踏み跡を刻んで生きる覚悟」を持って向き合い、今を言葉にしていくことで新しい始まりに満ちた世界が開かれていく。
    人生を賭けた往復書簡を読むことで世界が違って見えてくる

    本書を読み進めていくということが、宮野さんの死が近づいていることも意味していると考えると、死の手ざわりを感じながら、生き方を考えさせられる緊張感のある読書であった。

    #読了 #君羅文庫

  • もしこれから自分や自分の大切な人が急に具合が悪くなったら、もう一度この本を読み返すだろうと思う。

    生きることはすばらしいというより、生きることを全力でこねくりまわして尾ひれも背びれもつけて、ハチャメチャに面白いものにしていく、その営みが愛おしい。

  • 一気に読んでしまった。
    落ち着かない。
    乳がんで「急に具合が悪くなるかもしれない」と主治医に言われた哲学者宮野氏とたまたま意気投合した人類学者磯野氏。宮野氏の最後の時を見据えながらの往復書簡という。
    ほぼわたしと同世代の女性二人。
    「死はたしかにやってくる。しかし今ではないのだ」と思っていたら、死の手触りを感じる様になる。
    書簡のやりとりは時間の進行。
    「患者」となった人にどう接するのが良いのか。傾聴は専門家がやったらいい。ここでは、「患者」と「そうでない人」という構図ではなくて、もっと別な関係性を提示されている気がした。「患者」の気持ちを害するかもしれないことに関係性で踏み込む。この関係性は”深さ”がないと難しいなと思う。ほんのちょっと知っているくらいの人には出来ないな。
    本来人間というのはひとり対ひとりであって、属性やカテゴリでひとくくりに出来るものでもないなと思う。「がん患者」と「がんじゃない人」、「先生」と「生徒」、「親」と「子」。本当は「個」と「個」。それぞれの”深さ”があるはず。そして「がん患者」であるけれども、「患者」としての生きる可能線の選択肢ではなく、「患者」ではない部分の自分で選択していく宮野氏。
    わたしは「患者」がいる家族の方に対して、失敗したなあと思うことがあった。自分で思っているだけでそうでないかもしれないけど。慰める必要なんてなかったんだ。心がざわざわした。
    迷惑を掛けないで死にたいという思い。わたしもそうだ。読んで思ったが、どうにもならない爪痕というか、中途半端なものを遺していくことだって悪くないのかもしれない。わたしの中に新しい気持ちが芽生えた。
    ”他者と出会って動かされることのなかにこそ自分という存在が立ち上がること、この出会いを引き受けるところにこそ、自分たちがいる。”
    この書簡がまさにそう。
    本当の最後の最後、なぜかちょっと消化不良になった。実は感情移入が激しいタイプのわたしは、自分の死のイメージが湧いてきてものすごく落ち着かなかったのだが、このお二人が互いに感じられていることにちょっと共感できないというか、多分自分ならこうだというものがあって、それとちょっとずれていたのかもしれない。本当に最期の最期って、人それぞれなのだなと感じた。これはこのお二人の物語だ。それでいいのだ。わたしは本を通してのぞいているだけ。
    死を目の前にした哲学者の「書く」ことへの執念。それを受けとめる人。ただ受けとめるのではなく、もっと!と投げ返す。なにが正解とかあれがよくないとかそういう問題ではない。とにかく自分の死のイメージに落ち着かない。ざわざわする。感動とか崇高とかそういうのではない。二人を通して自分のことを考えているだけだ。

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著者プロフィール

1977年大阪府に生まれ,その後和歌山県で育つ。京都大学大学院文学研究科博士課程(後期)単位取得退学ののち,福岡大学人文学部准教授。2019年,大阪大学より博士(人間科学)。著書に,『なぜ,私たちは恋をして生きるのか――「出会い」と「恋愛」の近代日本精神史』(ナカニシヤ出版,2014 年),『出逢いのあわい――九鬼周造における存在論理学と邂逅の倫理』(堀之内出版,2019年),『急に具合が悪くなる』〔共著〕(晶文社,2019年)など。2019年逝去。

「2022年 『言葉に出会う現在』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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