それでも、安楽死の話をするのなら

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  • 晶文社 (2025年2月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784794974600

作品紹介・あらすじ

<わたしは安らかな死を迎えられるだろうか>
臨床経験から導き出された15の論点から、「安楽死」「終末期医療」「緩和ケア」について問い直す。
「日本人は生きる/死ぬをどう考えるべきなのか」という社会的な問題である安楽死制度をわかりやすく、かつ、徹底的に考える。

もし、未来に安楽死制度を作るならば、考えなければならないこととは――。
安楽死制度に対する反対派も賛成派も、どちらもが納得できる議論はどのように可能か。制度の設立・実施に慎重な立場を取る現役の緩和ケア医が、臨床経験と詳細な分析により、錯綜する問題の論点を整理し誰にでもわかりやすく解説する。

いずれは死を迎える、すべての人へ。

【目次】
はじめに:苦しみのすべてをゼロにできるのか
1:「死を選ぶ生き方」は正しい生き方か?
2:安楽死制度を求めていくために必要な3つの要素
3:安楽死と余命の関係
4:安楽死を行うのは誰か
5:個人的信条を安楽死制度の議論に持ち込まない
6:逆算で考える
7:子どもの安楽死は認められるか
8:緩和的鎮静は安楽死の代替となり得るか
9:間接的安楽死と終末期の鎮静
10:人生会議をすれば患者の尊厳は守られるのか
11:認知症と安楽死
12:すべり坂は止められるのか
13:それは実質安楽死の容認なのでは
14:分母を増やすのは無駄にならない
15:安楽死報道のあり方

感想・レビュー・書評

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  • だから、もう眠らせてほしい 西智弘氏 安楽死と向き合い悩む医師 - 日本経済新聞(2020年9月5日 会員限定記事)
    https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63449850U0A900C2MY5000/

    【識者の眼】「緩和ケア医として『安楽死を求める人が世界からほとんどいなくなること』が目標のひとつ」西 智弘|Web医事新報|日本医事新報社(No.5052 2021年02月20日発行)
    https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=16458

    「私はどう生きたらいい?」を、一人で抱えない社会へ。医師・西智弘さんに聞く、地域活動と“ケア“の文化づくり | こここ(2022.04.12)
    https://co-coco.jp/series/study/pluscare/

    西 智弘(川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長/一般社団法人 プラスケア 代表理事)|キャリアコラム|医師の求人・転職・アルバイト情報なら【民間医局】
    https://www.doctor-agent.com/service/career-column/2023/202304

    それでも、安楽死の話をするのなら | 晶文社
    https://www.shobunsha.co.jp/?p=8745

  • 自分の中では明確になっている安楽死制度。
    定期的に知識のアップデートをと思い手に取りました。

    内容については、筆者の言わんとする事は理解できますが、筆者自身が「個人レベルから社会レベルへの議論を」と言いながら、やはり個人レベルの問題に収斂されるのが気にはなります。

    私自身は、法制度化に反対。理由を列挙する。(ただし、安楽死自体否定するのではなく、何らかの形でこれを可能とするスキームには期待したい。)

    ・安楽死を望む患者本人が、空気に流され安楽死を選択してしまう可能性が排除できないこと。
    ・患者本人が、わざわざ生か死の選択の余地を与えられてしまうこと。
    ・法制度を悪用する犯罪が発生する可能性のあること。
    ・人の命を支える医師が、真逆の行為に及ぶことに違和感があること。
    ・医療の責任を問う訴追案件が発生する可能性のあること

    皆さんも考えてみましょう!

  • 【目次】

    はじめに――苦しみのすべてをゼロにできるのか

    1 「死を選ぶ生き方」は正しい生き方か?

    2 安楽死制度を求めていくために必要な三つの課題

    3 安楽死と余命の関係

    4 安楽死を行うのは誰か

    5 個人的信条を安楽死制度の議論に持ち込まない

    6 逆算で考える

    7 子どもの安楽死は認められるか

    8 緩和的鎮静は安楽死の代替となり得るか

    9 間接的安楽死と終末期の鎮静

    10 人生会議をすれば患者の尊厳は守られるのか

    11 認知症と安楽死

    12 すべり坂は止められるのか

    13 それは実質安楽死の容認なのでは

    14 分母を増やすのは無駄にならない

    15 安楽死報道のあり方

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000077273

  • 490-N
    閲覧

  • 安楽死という制度について、論理をある一定仮決めをしながら、どのようにすれば実現可能かを論じている。

    私の中では死を自分で選べることは幸福であることだとなんとなく考えていた。生きることを選ぶように死も選べるのがよいと。

    現時点の自分は健康であり、死という解決策はあまりにも単純で分かりやすく、確かに甘美でもある。

    しかし、当事者となった時、本当に死という選択肢が生と同様に選べると提示されても、当惑しそうな気もする。正直その時にならないとわからない。

    そんなふうに、ぐるぐる考えた一冊だった。
    私個人としてはどちらかというと賛成の立場だが(死は自身で選べるべきと考える)、当事者の実態に即したものとする必要があると、強く思った。

  • 6月新着
    東京大学医学図書館の所蔵情報
    https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003733344

  • 前提として、著者は安楽死「反対」派の医師である。
    その上で、日本において制度を整備するためにはどのような手段が必要なのか、順を追って丁寧に議論を深めていく論調。
    私個人、介護に関わってきた身としては、医療的に手の施しようがない人というのはおり、「死」がその人を救う手段の一つである事に疑いの余地はないと信じている。
    そもそも、「生」「医師」に対して神格化しすぎではないか?生物は生まれた瞬間から「死」に向かっていくものであり、人も同じである。とかく簡単に延命が持て囃されているが、コロナの時に高齢者の命が優先され、救われる命が失われた事、本人の意思と関係なく延命をされた人たちがいた事を忘れてはならない。
    この本が安楽死議論の一助となることを願う。

  • 自死する人とは、不幸の具合はグラデーションでつながっている。死を選ぶことは正しいのか。
    安楽死制度の適切な運用には、緩和ケアの発展と均てん化(格差の是正)が必要。
    死とはなにか=肉体的な死、精神的な死、社会的な死。
    緩和ケアの到達点はないが、安楽死制度に対応したレベルはあるはず。

    日本社会は安楽死制度を運用できるほど成熟していないのではないか。
    患者の自己決定権は保護されているか。
    オランダでは、医療契約法で、医師の行為に対する要望は拒むことができるが、医師の行為をしない要望には答えなければいけない。
    余命要件と疾病要件は必要か。この制限を設けることで、対象者を少なくすることができる。諸外国では余命要件は設けていない事が多い。
    安楽死ができる医師制度を設けることも一案。安楽死に反対な主治医を救うことになる。安楽死に裁判所の許可を必要とする方法もある。
    終末期医療の医療費は、全体の1割り程度しかない。

    生きる権利があるのと同様に死の権利もあるのではないか。幸福追求権の一種ではないか。夫婦別姓や同性婚制度の行く末が、安楽死制度の第一歩になっていいだろうか。
    未成年に対する安楽死制度は、オランダ、ベルギー双方とも緩和が効かない余命が限られた患者に限る。
    緩和的鎮痛は、安楽死の代替になりうるか。
    「VSED」(自発的な飲食中止)を選択したうえで緩和的鎮痛を行えるか。
    緩和的鎮痛は医療行為だから医師に決定権がある。安楽死は患者に専決権がある。したがって違う制度である。緩和的鎮痛は間接的安楽死だが、終末期では違法性を問われない。
    判決では精神的苦痛による安楽死は許容されないが、緩和ケアでは痛みの定義の中に全人的苦痛がある。
    肉体的苦痛を鎮静の条件とすると、精神的苦痛はどうなるのか。全人的苦痛を条件とするほうがいいのではないか。
    人は自分が死ぬとは思っていない。その人間が安楽死のことを話すから重みがない。
    オランダでは、認知症患者が意思表示ができなくなった場合でも、事前に書面があれば安楽死は合法である。

    すべり坂を予防することは可能か。
    精神的苦痛の場合や、子供、終末期でない人、に拡大していく現象。
    その原因は、死による問題解決の甘美さ、にある。宗教は死を超越することを目的としている。一方で自死は禁じている。医療に対する怨嗟と悲嘆の声を聞くことを簡単に解決できるのが、死による問題解決。
    安楽死制度に対して、議論をする人を増やす=母数を増やす、ことで、議論が深まる。

  • 安楽死制度の議論における前提

    - 議論の進め方:
    - 安楽死制度に関する議論は、「もし未来に安楽死制度を作るならば」という前提からスタートすべきである。
    - 現状の日本で「安楽死制度は必要がない」という主張は、必要としている人が存在する事実によって否定される。

    - 反対派の視点:
    - 反対派は、現状の日本において安楽死制度が実現可能であるかを論じる必要がある。
    - 現状の制度設計のために具体性のある提案を行うことが重要である。

    社会全体への影響

    - 社会レベルの議論:
    - 安楽死制度を公的に肯定することの社会的影響について考慮する必要がある。
    - 個人の死生観を超えた国民的な議論が求められる。

    - 生きる価値の再考:
    - 大人は「生きていることが素晴らしい」と考えることが多いが、現実には様々な苦しみが存在することを理解すべきである。

    緩和ケアの重要性

    - 緩和ケアの充実:
    - 安楽死制度を運用するためには、緩和ケアの発展と均てん化が欠かせない。
    - 緩和ケアは、安楽死制度の導入に伴って進化する可能性がある。

    - 具体的な目標:
    - 緩和ケアが必要な人が、いつでもどこでもアクセスできる状態を目指すべきである。

    医療の民主化と患者の権利

    - 医療の民主化:
    - 生老病死に関わる問題を医療者から地域住民の手に取り戻す動きが重要である。

    - 患者の権利の保障:
    - 安楽死制度を実現するためには、患者の意思を尊重する法的枠組みが必要である。
    - 認知症患者の意思表示についても考慮が必要である。

    経済的側面と倫理的考察

    - 経済的議論:
    - 安楽死制度の導入に際し、経済的負担の軽減についての議論が必要であるが、それが優生思想につながる危険性を考慮する必要がある。

    - 倫理の視点:
    - 安楽死についての議論には、個人の生き方や価値の尊重が求められる。

    結論と未来への提言

    - 国民的議論の促進:
    - 安楽死制度に関する国民的議論を促進するため、情報提供や報道戦略が重要である。
    - 社会全体での理解と合意形成が必要である。

    - 今後の方向性:
    - 安楽死制度の是非を問う前に、現行の緩和ケアや医療制度の改善に注力すべきである。

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著者プロフィール

川崎市立井田病院 医師/一般社団法人プラスケア代表理事。2005年、
北海道大学卒。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、川
崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木
県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。
現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。
一方で、一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に就任。
「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を中心に、「病気
になっても安心して暮らせるまち」をつくるために活動。日本臨床腫
瘍学会がん薬物療法専門医。
著書に『だから、もう眠らせて欲しい』(晶文社)、『社会的処方』
『みんなの社会的処方』(学芸出版社)、『がんになった人のそばで、
わたしたちにできること』(中央法規出版)他多数。

「2025年 『それでも、安楽死の話をするのなら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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