日本最初の珈琲店―『可否茶館』の歴史 (珈琲文化研究選書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (139ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784795262348

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  • ◆日本ではじめてコーヒーを味わう「喫茶店」を明確に志向た可否茶館(かひちゃかん? かひーさかん?)が上野に開いたのは明治21年のことである。本書では、可否茶館の開店と衰退、そして可否茶館をひらいた鄭永慶の生涯をつづりつつ、鄭永慶や可否茶館にまつわる誤解を明らかにしている(これは本書の感想とは関わらないことだが、面白いとおもったので最後の余談で述べる)。

    ◆鹿鳴館が上流階級中心の欧化主義を象徴していたのに対して、可否茶館は一般大衆(青年など)のための欧化主義とでもいうべき立場をとった。この背景には、彼自身がエリートとして渡米を果たしながらも、病のために学業半ばで帰国し、官吏の道を閉ざされたという経験が深く関わっているのではないか。

    ◆設立者である鄭永慶が可否茶館に託した願い、すなわち知識の交流のための場というコンセプトは、当時の日本社会にはあまりにも早すぎた。一般大衆にはコーヒーを飲む文化もなければ、コーヒーに対してかけそばよりも高い代金を支払うことはなかった。経営破綻。その失敗からアメリカのシアトルへ渡るまでの経緯も悲痛なものがある。彼は、どのような最期を遂げたのであろうか。

    (なんだこの文体)


    * 余談 *

    ◆具体的には、永慶を中国人とするとんちんかんな説は論外だが、可否茶館の開店日や住所を誤ったり、牛乳(牛乳は売っていたのか?)と牛乳入りコーヒーの価格を混同するケースなどがあったのだが、これらはいずれも孫引きによって生じた誤解であった。一般に、資料としてインターネットを参照することはよろしくないという人は多いが、インターネットではこうした誤解はすぐに訂正されるのに対して、「インターネットは資料としてよろしくない」という彼らが真っ先に参照するような事典に載せられたままの誤解のほうがなかなか訂正されないというのは何とも複雑な思いのすることである(更新にかかるコストが違う)。

  • 「御徒町で「日本最初の喫茶店発祥の地 可否茶館跡地」の碑、見ました。」と言うTwitterを見て、、、

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    「「もか」店主・標交紀氏が2007年12月24日に逝去された。本誌「珈琲と文化」創刊の発案、「日本コーヒー文化学会」の構想は、すべてこの「もか」の営業終了後の話の中から出発したと言ってもよい。標氏、矢島文夫先生、椚山義次氏との出会いがなかったら、実現していなかったであろう。標氏には、記事のほか、表紙を飾った各国の珈琲ポストカードも何枚もご提供いただいた。そうした意味では、本誌第一の恩人だった。(「珈琲と文化」 No.69より)」
    珈琲と文化
    http://homepage2.nifty.com/inahoshobo/

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