メディア・プラクティス―媒体を創って世界を変える (せりかクリティク)

制作 : 水越 伸  吉見 俊哉 
  • せりか書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784796702515

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  • 【メディア・プラクティスの多層的意義】p10
    ①文字通りメディアに媒介された社会的、身体的実践のこと。
    →グローバル情報化のもとで精緻に体系化され、管理されることで巧妙に環境化したメディア状況を積極的に組み替える、編み直す、デザインするといった志向性を持った活動全般を指している。
    ②メディア論的実践、あるいはメディア実践研究とでも呼ぶべき、新たな知の展開をも企図した意味合いを含んでいる。
    →理論と実践、歴史と現在を連結させ、その共犯的関係に覚醒したメディア論のあり方として、メディア・プラクティスを捉えていこうとする考え方。

    【遊び・リテラシー・社会実践の三次元】p14

    《1. メディア・プラクティスの地平 by 水越伸》p20~
    「GII(global information infrastructure:グローバル情報基盤」
    Cf. ジョセフ・ナイ「ソフトパワー」核の傘→情報の傘

    グローバル情報化は、私たちの日常生活にも貫徹し、巨大資本はそれらを使って人々に「パンとサーカス」を与えてくれたのである。
    Cf. 桂敬一

    「トロント学派」:マーシャル・マクルーハン、ハロルド・イニス、エリック・ハヴロックなど p23

    歴史社会的学的なパースペクティブからのメディア研究(マクルーハンを参照しながら):ヴァルター・オング、フリードリヒ・キットラー、ダニエル・チトロム、キャロライン・マーヴィンなど p23

    90年代以降のメディア論は、ハバーマスらの公共性をめぐる議論、CMU(コンピュータに媒介されたコミュニケーション)研究、レジス・ドブレのメディオロジーなどと相関しつつ、勢いを持って拡がりはじめた。p23

    【マイケル・ギボンズの「モード論」】p25
    モード1:ディシプリンの内部的な規範や論理で進められる研究活動
    モード2:社会に開かれた研究活動
    →モード2では単一の専門家集団っではなく、市民、産業界の現場の人々、行政担当者、そして異なる領域の専門家など、多様な領域の人々が関わり、学際的、越境的な問題枠組みの設定をしていくことが前提とされる。
    ⇒メディア論は明らかにモード2にカテゴライズされる。
    Cf. 吉見俊哉「パブリックな知」

    [環境化し、内部侵入するデジタル・メディア]p34
    携帯電話、インターネットに象徴されるデジタル・メディアは、私たちから切り離された情報の発生装置としてではなく、私たちを環境として取り囲むと同時に、私たち自身の内面を規定するようなかたちで関わっている。

    [能動的実践と批判的記述の循環]p39
    山口祐平「『表現―受容ループ』を何回も回転させ、らせん型に上昇させることで、徐々に高度な内容、例えば、文化・社会・経済などの要因を考慮して分析したり表現したりできるようになる。
    これにより、具体的な表現活動に裏打ちされた深い批評的思考と、批評的思考に支えられた高度で力強いメディア表現が可能となる。p40

    [歴史の中の可能的様態の再生]p42

    [メディア論の再構成へ向けて]p44
    ①メディアの実証研究において、メディア表現、生産についての研究、人類学的手法の深化が必要。
    ②新たにメディアの実践研究という次元を切り開く可能性。

    [メディアの実践研究、メディア・プラクティスの射程]p45
    ①メディアの実践研究は理論研究などと対立的な関係に位置づけられるべきでも、それらのたんなる応用として下位に位置づけられるべきでもない。
    批判的協働とでもいうべき研究のための仕組を、状況に応じてデザインしていくことが必要。
    ②メディアの実践研究は、実践の成功を第一義的な目的にするのではなく、実践の過程から双方向的な学びが生じることを目的としている。

    《5. カナダにおけるメディア・リテラシーのデザイン by バリー・ダンカン》p114~
    マクルーハン「カナダ人の計算されたアンビヴァレンスこそが、他人の空想を受け入れるために必要な態度を維持するためのもっとも効果的な方法である」p116

    《媒体素養(メディア・リテラシー)の誕生―台湾におけるメディア教育の展開 by 呉翠珍、劉雪雁》p133~

    媒体素養教育の目的は、民主主義社会の中で、いたるところに存在する情報に対し、批判的思考とアクセスする能力を持つ能動的な」「メディア市民」を育て上げることである。その目標は、大きく分けて「解放」と「賦権」という二つの内容によって構成される。
    ①「解放」(liberating):メディア組織、政治的、経済的な枠組や制約から市民を解放すること。
    ②「賦権」(empowerment):理性的な思考と対話を通じて、メディアに影響を与え、その内容改善を促すこと。さらにパブリック・アクセスを通じて、メディアとともに新しいスタンダードを構築し、社会全体の文化水準を向上させることを指している。p137

    台湾の媒体素養教育は「解放」と「賦権」を通じて、市民本位(citizen-based)の「ヘルシーメディア・コミュニティ(Healthy Media Community)」の構築を目指しているが「ヘルシーメディア・コミュニティ」にはいくつかの条件がある。
    ①「ヘルシーメディア・コミュニティ」の主体は、市民(人間)であり、メディア・システム(組織)ではない。コミュニティのメディア文化を変えるには、まず人間の意識を変革することから着手しなければならないが、人間の能動力は媒体素養教育から獲得されることになる。
    ②市民の文化が健全か否かは、個人の要因によるものだけでなく、コミュニティ全体の文化、環境や、コミュニティ住民の社会的つながりなどにも影響される。
    ③健全な文化を持つコミュニティにおいてこそ、市民は健全な文化を持つことができる。
    ④市民は、健全なメディア知識を持つだけではなく、情報を獲得する能力と発信する能力も併せ持つ必要がある。メディア・リテラシーがあり、健全なメディア文化を伝える行動力を持ってはじめて、コミュニティで新たな雰囲気を作り出し、他人に影響を与え、自らの行動で「ヘルシーメディア・コミュニティ」という目標を達成することができる。p137

    《8. メルプロジェクトのパースペクティブ―メディア表現、学びとリテラシー》p170
    メルプロジェクト(MELL Project: Media Expression, Learning and Literacy Project)は、メディアに媒介された「表現」と「学び」、そしてメディアリテラシーについての実践的な研究を目的とした、ゆるやかなネットワーク型の研究プロジェクトである。
    ①表現と受容が循環するメディア・リテラシー p174
    ②メディア・リテラシーの基層としてのメディア遊び
    ③メディア・リテラシーの志向性としてのメディア実践(プラクティス)

    【メディア・ビオトープ作りへ―今後の課題と展望】p182
    ①表現と受容のループを何度も回す
    ②ジャーナリスト教育との接続
    ③メディアと学習共同体の多様化
    ⇒現在分断されているメディアの送り手と受け手を、多様な文化の中で共存するメディア実践者・メディア表現者としてとらえなおし、その間に循環性をつくることによって、一種の「メディア・ビオトープ(Media Biotope)」をかたち作る。
    ビオトープとは、人工的に作られた小さな生態系であり、このビオトープの循環原理の一つとして、メディア・リテラシーを学ぶことが位置づけられるのである。p184

    《9. デジタル時代と新たなジャーナリズムの創出 by 野中章弘》p186
    テレビのなかったロバート・キャパの時代はともかく、速報性、迫真力、情報量、影響力(視聴者の数など)、どれをとってもテレビは写真メディアを凌駕していた。p188
    Cf. 英米系メディアCNNとBBCの国際ニュースにおける支配的な地位
    API:いかなる資本や権力にも隷属せず、自立した表現を可能とする潮流を生みだすことを目指す。そのために国境を越えて、広くアジアのジャーナリストの協働を計ることとする。

    《11. 「小さなマスメディア」のおもしろさとむずかしさ―ドイツ日刊紙『タッツ』というメディア by 林香里》p218
    『タッツ』における「自己の対象化と観察」という作業は、ドイツの社会学者N・ルーマンが論ずるように、概念装置の抽象性を高め、概念の稜線を現出させる。p219

    [「ラディカル」で「オルタナティブ」な『タッツ』のジャーナリズム] p220

    [まとめ―メディア実践とマスメディア制度との連関] p232

    《12. インターネットとNPOのエンパワー―JCAFEの軌跡と未来 by 対談=浜田忠久、吉見俊哉》p235

    [インターネットによる市民運動の変化]p239
    時間、空間を越えたコミュニケーションにより、運動に広がりが生まれ、地域だけに限定されていた運動の間で連携ができるようになりました。また、マスメディアに替わりうる公共的な言論空間をわずかなコストで作れることで、可能性がひろがっていると思います。
    課題としてはデジタルデバイド。
    Cf. 地雷廃絶国際キャンペーン、最貧国の債務帳消しを求める「Jubilee 2000 国際キャンペーン」

    [国家によるメディア規制の強化]p242
    吉見「プライベートなものとパブリックなものの関係が組み替えられつつあるのではないかと思いますね。ネットワークの発達によって、これまでマスメディアや国家によって一方的に提示されてきた公共性とは違う次元の公共性への回路が、この日本でも可能になり始めている。
    浜田「いわゆる情報というものは、人々がつながったり、何かを共有したりする道具として、いわば市民社会の通貨としてあると思います。それと同時に、吉見さんがおっしゃったように、権力や富が集中するのを加速させる面も持っています。

    [情報ネットワークと民主主義]p245
    インターネットは、市民社会を新たに作っていく可能性を持ったメディアだと思うのですが、それにも増して、既存のメディアや権力をがこのメディアをうまく使い始めています。また規制についても、犯罪防止など誰もが反対しにくい名目で制度化が進んでいます。p249

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